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出発、そして決意

 「おいおい、リシュア。一体どういうつもりなんだ? 急に皇都行きから海を渡る船旅に予定を変えるなんてさ……」


 トリネコを出発してすぐ、ライナが不思議そうな顔でリシュアに尋ねた。


「あら、ライナ。船旅は嫌いかしら?」


 彼女にしてみれば至極当然な質問に、先頭を歩くリシュアは妙に皮肉っぽい口調で答えつつ、ぎゅっと両の拳を握りしめる。


(……ライナはいいわよね……どんな攻撃も防げるし、スライムを爆散させるくらいのパンチは打てるし……)


「いや、嫌いじゃねぇけどさ。……むしろ外海の国への旅なんて初めてだから、私としては賛成なんだが…………今まで魔王のいる場所を目指して旅していると思ってたのに、どうして急にその目的地から大きく外れるようなことをすんのかなって」

 

 リシュアの密かな悩みなど知るはずもないライナは、言葉とは裏腹に、どこか東方への旅のワクワクを隠し切れないといった様子だ。


「それは私達が………………」


 そんなライナの率直な質問に、途中まで返事をしかけたリシュアは突然口籠った。心の内に潜むもう一人の自分が、残りの言葉、僅か十にも満たない文字の羅列を喉の奥で引き留めて離さない。それが、今なお捨て切れずにいるくだらないプライドだと気付きつつも、今のリシュアにはそれをどうすれば完全に消し去ることができるのか、わからないでいた。


「……?」


 まったく悪気の無い、ライナの「どうしたんだ?」という表情が、余計に心の内のくだらないものをは鮮明に浮き上がらせ、強固な物にさせていく。


(素直になりなさいよ私! ……分かってるはずでしょう! 今の私達は……!)


「……弱いから。そうだろ、リシュア」


 ふいに、彼女の喉元に繋ぎ止められた言葉を、リシュアの後方を歩くレイトが言った。


「あ……」


 そのたった五文字の言葉、言おうとして言えなかった言葉に、自分の中の干からび、固まったプライドが打ち砕かれていく、そんなある種のすがすがしさともいえる感情がリシュアの中を吹き抜けていった。


「ライナとレミィはともかく、俺はまだまだ弱い。今のままじゃガルアスはどころか、魔王軍の幹部にすら勝てるかわからない。それを今までの旅で、特にあの洞窟での戦闘で思い知ったよ。そして、それはきっとリシュアも同じ。そうなんだろ?」


 レイトの言う通りだった。


「……うん…………」


「だから、四帝達がいて、尚且つ親父さんの知人が治める東方の国で力を付ける。そういうこと、だろ?」


「うん……」


 情けない表情で、リシュアは呟くしかなかった。レイトは自らの弱さを受け入れて、前を向いているというのに、自分ときたら弱いうえに最後までプライドにしがみついている。分かっていながらもどうしようもない自分が、あの洞窟の時以上に情けなくて仕方がなかった。


 だが、ライナはリシュアを責める事なく笑う。


「……そういうことか……でも、レイトもリシュアも一つ間違ってるぜ」


「……え?」


「自分を弱いと思っているのが二人だけじゃねぇってことだ。な、レミィ」


「えぇ、その通りですリシュアさん、レイトさん。私だってもっと強くなりたいんです。ライナさんも同じ気持ちですよ。「カイザースライムをも一撃で爆散させられるくらいには強くなりたい」って、言ってましたから。東方にはこの大陸とは異なる魔法や武術が多く存在すると聞きますし、私達も付き合いますよ!」


 そう言ってニッコリと笑うレミィを前に、リシュアは顔をくしゃっと歪ませて、両の目からぼろぼろと滝の様な涙がこぼしながらその場にへたり込み、わんわん大声で泣き叫び始めた。


びんだぁ(みんなぁ)……あじがどぅ……(ありがとう)!!! あぁぁぁぁー……!!」


「ちょ、リシュアさん!? 足にしがみつかれても困っ……あぁっ! 私のマントで鼻水つけないでください!!」


 泣きわめきながらマントに顔を埋めるリシュアを押しのけるレミィ。そんな二人の前で、レイトとライナは顔を見合わせた。


「……なんていうか、リシュアが魔王だなんて考えられねぇよな?」


「あぁ、俺もそう思うよ。子供の頃に読んだ御伽噺の中の魔王とは真逆の性格だもんな。でもまぁ……今のリシュアを見てると、やっぱりソルムで助けて正解だったと思う。リシュアなら、新時代の魔王になれるような、そんな気がするよ」


 『他種族同士が手を取り合える世界』。彼女がかつて語った理想は案外すぐそばまでやって来ているのではないか。ライナと話しながら、レイトはふとそんなことを考えていた。


「新時代の魔王……か、それがどういう世界になるのかは私には予想もつかねぇけど、その世界を見るためにも、ガルアスとかいう偽魔王をぶっ倒せるように強くならねぇとな」


 そこまで言って、ライナは唐突に右の手を差し出した。これからの決意表明を込めた握手のつもりらしい。


 少し筋肉質なライナの掌、その表面は、目には見えないものの、ほぼ全ての攻撃を防ぎ切る最強の魔力の鎧で覆われている。


 もし、彼女がこの防御力に加えて、攻撃面までもを強化したらどうなるのだろう、とレイトは思った。そして、自分も彼女に並ぶ……いや、彼女を超えるまでに強くならなければならない。


 そんな新たな決意を胸に、


「あぁ。そうだな」


 レイトはライナの右手をぎゅっと握って笑い返した。


 二人の前で、リシュアはまだレミィに泣きついているようだった。


 


 




 


 


  




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