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旅立ちは晴れた日に

 翌朝、トリネコの村を出発するレイト達一行は、入り口の門の前で村長のグリューダを始め、十数人の村人たちから手厚い見送りを受けた。


「それじゃあ、グリューダさん、村の皆さん。短い間でしたけど、いろいろとお世話になりました」


 四人を代表して、人間態の姿に変身したリシュアがグリューダ達に深々と頭を下げた。


「いやいや。むしろ礼を言いたいのはこちらの方だよ。顔を上げてくれ、リシュアさん。あなた方はこの村を救ってくれた、いわば私達にとっての英雄だ。あなた方のおかげで今もこの村はここにあるし、ゴブリン達とも無用な争いをせずに済んだ。本当にありがとう」


 リシュアの礼の言葉に、グリューダは一瞬ポカンとした表情を見せた後、ハハと小さく笑って、リシュア以上に深々と頭を下げて言った。彼の行動に、後ろに集まっていた村人たちも続く。


 村にやってきて直ぐは、リシュア達を見かけるたび、怪訝そうな表情を浮かべる者もいたが、今日、この場では、そんな彼らも、皆、心の底からの感謝の眼差しで四人を見つめ、頭を下げていた。


「ところで、話は変わるが、あなた方はこれから何処へ向かうんだい? あのグリーズベルの森を越えて来たということは、やはり皇都フラムローザに?」


「……いえ、いずれは皇都を目指すでしょうが、とりあえずはこの大陸を離れて、東方へ向かおうと考えてます」


 リシュアの発言に、後ろに立つライナとレミィが「初耳なんだけど!?」という表情を浮かべるが、彼女達の間に立つレイトだけはあまり驚きはしていなかった。むしろ「あぁ、そういうことか」と、リシュアの考えに凡その予想はついていた。


 なにしろレイトは、その予想へ至る理由を、これまでの戦いで嫌という程その身に刻んでいるのだから。

 

「……ほぅ。東方へ。あの国はいろいろとこの大陸とは違った世界だという噂をよく耳にするが…………。まぁ、理由はどうあれ、海を渡るのなら急いだほうがいいよ。近く皇国の第三皇女のラウラ様が大規模な軍勢を率いて外海視察へ赴くらしく、その出航の為の式典か何かで、しばらく皇都周辺の港は一般の大型船の利用ができなくなるそうだからね。それにもうじき訪れる春は、東方周辺の海域に化け物が出るって話だよ」


「…………第三皇女自らが外海遠征を?」


 「化け物」の話にレイト達三人がうんざりした表情を浮かべる中、リシュアだけは少し反応が違った。むしろ彼女にとっては皇国の軍が大陸を離れるという事実の方が圧倒的に重要なようであった。


「あぁ、皇都周辺じゃ赤ん坊でも知っているとさえ云われるお方でね。ラウラ様と、ラウラ様の率いる軍勢は皇国軍でも最大最強なんだそうだ」


「最強の軍勢が揃って外海へ…………か……」


「? どうかしたのかい?」


 突然思案顔になって指で唇をなぞり始めたリシュアに、グリューダが少し訝しげな表情を浮かべて尋ねた。


「え? あぁ、いえ、大丈夫です。本当、いろいろとありがとうございました」


 無意識に一瞬浮かんだ「しまった」という表情を即座にさっきまでの笑顔で上から塗りつぶしたリシュアは、傍から見れば至極不自然な今の言動を深く追及されないうちに、もう一度グリューダ達に深々と頭を下げてからレイト達の方へと振り返り、「そろそろ出発するわよ」と目で合図した。


 その彼女の後ろで、グリューダは少し目を閉じ、何かを納得したように小さく頷き、ニッコリと笑った。


「うん。道中気を付けて。君たちの旅路が良きものであるように祈っておくよ」  


 その言葉に、リシュアは一度、小さく振り返って笑みを返し、三人の先に立って門の向こうへ歩き出した。レイト達もグリューダ達にそれぞれがそれぞれの感謝の言葉を伝え、リシュアの後に続いて歩き出した。


 少しずつ遠ざかっていく四人を、グリューダは他の村人が家に戻ってもなお、彼らの背中が木々の影に消えるまで見送り続けた。


 やがて小さく溜息をついて村の中へ戻る彼の顔には、一抹の懐古の表情が浮かんでいた。


 「……本当によかったんですか? グリューダさん。彼らを普通に見送ったりしてしまっても」


 村の中心に建てられた、他の家々より一回りほど大きな自宅の玄関の扉を開けようとしたグリューダを、後ろから一人の村人が呼び止めた。


「良かったのかって、いったい何がだい? ラグド」


 少し伸び始めた顎髭を指でなぞり、グリューダはラグドという名のその村人に思わせぶりな口調で聞き返した。


「とぼけないでくださいよグリューダさん……。あなただって気づいていたんじゃないんですか? あのリシュアって名前の女が人間じゃないってことぐらい」


「ほぅ。ラグド、君も知っていたのかい?」


 わざとらしく驚いた表情でグリューダは言う。


「当たり前でしょう。今や村中で噂になってますよ。「占いババのところの水晶が彼女からとてつもない暗黒属性の魔力の反応を映し出した」って。だいたい、あの女のおいていった兜。喋る魔法のランタンとかなんとか言ってましたけど、誰がどう見たってデュラハンあたりの首じゃないですか。それをあなたは笑って受け取ってしまうんだから……」


 占いババが暮らしている村はずれの苔生した石造りのドーム型の家、その軒先に吊り下げられた龍の顎を模した兜を指差してラグドが呆れ顔で言い返す。リシュアが村を出発する直前に「村を守ってくれる魔法のランタン」みたいなことを言ってグリューダに渡したものだった。


「ハハ、ま、確かに初めて彼女と話した時から、何かただものじゃあない雰囲気は出ていたよ。噂通り、魔族かもしれないなぁ……」


 開けかけていた扉の扉をパタンと占めて、グリューダは玄関先の階段に腰を下ろし、ラグドも座るように促した。


「……魔族の情報を冒険者ギルドに送らなくていいんですか? ババ様曰く、魔王にも匹敵するほどの反応だと……」


「ラグド」


 目を閉じたグリューダはやんわりとラグドの言葉を遮って問いかけた。


「君は、どう思うんだい? 一週間以上も同じ村の中で生活して、君は彼女達についてどんな印象を持ったんだい?」


「…………印象、ですか。そうですね…………あの女……いえ、彼女の本心までは分かりませんが、僕もあなたと同じで、少なくとも悪人、というような雰囲気は感じませんでしたが……」


「うん。だったら、そういうことだよラグド。だいたい、彼女達に敵意があったなら、そもそもこの村にやってきた時点で本性を露にしていたはずだからね。でも、実際僕たちは一週間たっても生きて、こうしてのんびりと話すことができてる。繰り返し言うけど、要するにそういうことなんだよ」


 そこまで言って、グリューダは懐から年季の入ったパイプを取り出して火をつけた。


 晴れ渡った青空にゆらゆらと白い煙が昇っていく。


「……なるほど……ですが、一体どうして魔族と人間と、さらにエルフまでが一緒に旅をしているんですかね。エルフとも人間とも、魔族は相性最悪のはずなのに……」


「……さぁ。それも結局「そういうこと」の一つなんだと思うよ。これは私の直感でしかないけど、彼女達には、何か、新しい時代を開く鍵にもなりうる力がある、そんな気がするよ。……さて、それじゃあ、彼女達の旅の成功を祈りつつ、私達は私達の生活をしようじゃないか」


 大きく伸びをし、太陽の光を全身に浴びてグリューダは立ち上がり、朝の仕事に動き始めた村の様子を眺めながら、満足げに言った。


 そんな村長の姿に、何とも言えない尊敬の気持ちを膨らませ、ラグドも立ち上がり、階段を下りる。


「ですね。あなたの言葉、僕は信じます。それに、きっと他の村の皆も同じ考えのはずですよ」


 ニッコリと笑って牛小屋へと走り去っていくラグド。その彼の背中に小さく頷いて、グリューダは家の扉を開けた。そして、家の中に入る直前、一度澄み切った空を見上げて呟いた。


「ブラン。君の息子は立派に冒険者をやっているみたいだよ」


 誰に言うでもない優しい言葉は、ゆっくりと冬のすがすがしい空気の中へと溶けていった。





 


 


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