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デュラハン八分の一(後編)

「……さて、これで俺の話は終わりだ。どうだ? 俺があの洞窟にいた理由、分かってくれた――――あだぁッ!?」


 事の真相を全て語り終え、満足そうな口調で話を閉じようとしたユークを、見るからに苛立ちを募らせた様子のリシュアが横から殴った。


「ちょっ、いきなり何するんだよ……って、転がって……落ち、落ちるっ……おわぁっ!?」


 殴られたユークの首は横転してテーブルの上をコロコロ転がり、そのままガシャンと音を立てて床に落下した。落下してなお床を転がり、壁にぶつかって止まった兜のスリットから「どうして殴んの……?」と訴えんばかりの怯える子犬の様な眼が覗いていた。


「長いのよ! 話が! 一体ここ数日の話を簡単に説明するのに何時間かけるのよ。外を見てみなさいよ! もうすぐ日が暮れるんだけど!!」


 落ちたユークを持ち上げ、窓の外へと彼の顔を向けて、リシュアが怒鳴り気味に言う。確かに、この空き家に戻って来た時には頭上高くから温かな光を燦燦と振りまいていたはずの太陽も、今は既に遠くに聳える山々の間に半分ほど飲み込まれながら、眩いオレンジの光を窓へと投げ込んでおり、とっくに帰ってきていたライナと、ベッドから這い出てきたレミィが仲良くキッチンで夕飯の支度をしている。


 およそ四時間にわたるデュラハンの日記の朗読。これにはリシュアの文句も尤もである。


「ちょ、眩しい……眩しすぎて目が染みる…………。だいたい、この数日の出来事を話せって言ったのはリシュア、お前の方じゃない――――あ痛ぁ!? だからなぜ殴るんだ!?」


「……えぇ、確かに言ったわ。ここ数日であなたの身に起こった出来事を教えてってね。……でも、一体どこの誰が、食べた食事の感想とか、知り合いと交わした雑談の内容まで教えろって言ったのよ! あなたがあの洞窟で極太のビームをぶっ放すことになった原因と関係することだけ話せばいいのよ!」


「あぁ、なるほど……」


 「そこまで思いつかなかった!」とでも言いたげにカタカタと首を揺らすユークに、リシュアはじっとりとした視線を送りながら深く溜息をついた。


「……ったく、あなたって本当にバカよね……。せっかく八頭身で抜群のスタイルと顔だったっていうのに、そこだけどうにかならないの?」


「……そこ治したら、付き合いを考え直してくれる――「却下よ」」


 ユークの半分告白の意味を込めた台詞を容赦なくピシャリと遮って、リシュアは彼を再び椅子の上に置いた。そうこうしているうちに、太陽はほぼ完全に山々に飲み込まれ、最後の力を振り絞るように空を微かに青紫に染めている。


「え……えぇ……なんで!? 俺の欠点はそこなんじゃないのか!?」


 絶望に満ちた表情で嘆くユーク。その彼に、リシュアはとどめを刺した。


「……だって、タイプじゃないし」


「!?…………!?!?!?」


 空気が凍るというのはまさにこういうことなのだろうと、二人のやり取りを傍から眺めながら、レイトは思った。実際、リシュアの今の言葉でユークは完全に撃沈してしまったらしい。兜の中からは声にならない呻きが聞こえてきた。


「はぁ……。うんざりするくらい長い話になってしまったけど……要約すると……ガルアスの魔王軍から味方に付くように脅されて、それをきっぱり断ったこいつはガルアス軍の幹部から攻撃されて、最終的に首と胴体を分離させられて、おまけに魔法で強制的に転移させられてしまった、と」


「……おっしゃる通りで……」


 まだ撃沈したままのユークが兜の奥からか細い声で言った。


「はぁ……そりゃ、あなたほどの実力がある一般兵なら、スカウトの一つや二つ、来るでしょうね……。それでもあっちに転がらなかった点、そこは褒めてあげるわ」


「本当に!?」


「えぇ、もちろん。あ、あと、教えてほしいんだけど。あなたが首を刎ねられることを許すほどの幹部って、一体向どんな奴だったのかしら。今後の為にも情報が欲しいんだけど」


「え……それは……まあ……」


 リシュアの言葉に、少し彼にとっての絶望から復活しつつあったユークが突然、ギクリとした様子で口籠り始めた。


「? なによ、敵の情報を教えてって言ってるだけよ? まさか寝てる間に襲われて、敵の姿を見ていないっていうわけじゃないでしょうに」


「……いや、確かに敵の姿は…………見た……」


「だから、それを言いなさいってのに。何を隠す必要があるのよ」


「…………」


リシュアの催促に、ユークはしばらくもごもごと口の中で何か言葉を転がし続け、一分ほどしてようやく、蚊の鳴くような声が口から零れだした。


「……その……何というか……スカウトに来たのは一人のサキュバス、たぶん純血種のサキュバスだったよ…………それで……あぁ、もう! 後は想像つくだろう!?」


 レイトにはわからなかったが、リシュアはユークの言わんとすることが理解できたようで、溜息混じりに小さく頷いている。


「……あぁ、うん。それはあなたにとっては厳しいわね。というか無理よね。胴体的に…………って、レイトにはわからない話ばかりよね。……簡単に説明すると、こいつの胴体部分、なぜか魅了と催眠に対する耐性だけ、ほぼ皆無なのよ。で、首から上は逆に最強レベルの耐性を持っているっていうね」


「へぇ……」


 なるほど、と、レイトは少しユークの口籠った理由が分かった気がした。要は、ガルアス軍の幹部らしきサキュバスの魅了攻撃の前に、胴体部分だけが簡単に服従してしまったのだろう。そして、正気を保ったままの頭から上は邪魔者扱いされて転移させられてしまったと。


「……うぅ、我ながら情けない話だ……あぁ恥ずかしい恥ずかしい……」


「うん…………。昔っから、私のどれだけ微弱な魅了の魔力でも、首から下は一瞬で腰砕けだったもんね……」


 リシュアの口調が今までの高飛車なものから心の底から哀れみに満ちたものに変わっているあたり、相当に深刻なものらしかった。


「ま、仕方ないじゃないの。体質なんだから。正常な首だけでも残っていてよかったと思うべきね、ここは。それに、ガルアスがサキュバスを仲間に引き入れてるってことも分かったからね……」


 同じ淫魔の血を引く者としてなのか、顔も知らないガルアス軍のサキュバスへの対抗心の炎を瞳の奥で小さく灯しながらリシュアは言う。


「リシュア……やっぱりお前ってやつは……なんだかんだ言って優しいよなぁ…………「ぐぅ」」


 なんでもないリシュアの哀れみの言葉に声を震わせるユーク。丁度その時、彼の首の付け根あたりから、どう考えても本来腹からなるべき音が響いた。


「……すまん。考えたら昨日から何も食ってなかった…………」


 今度は恥ずかしさから声を震わせるユーク。その様子に、リシュアはフフと笑みを溢した。


「……あなた、首だけでもお腹が空くのね。仕組みが全く想像できないけど……」


「あぁ。首と胴は分離していても、異空間を通じて繋がってるからな。分離状態だとしても、俺が飲み食いしたものはその異空間を通して胴体で消化されて、その栄養やらエネルギーの一部も、異空間からこっちに流れてくるってわけだ。ま、結局のところ、胴体の空腹は首側の俺にも届くのさ」


「……うん、とりあえずデュラハンの肉体が神秘に満ち溢れてるってのは分かったわ。と、まぁそんなことは置いておいて、丁度いい時間だし、夕飯にしましょうか。こんな美味しそうな匂いに包まれてたら、誰だってお腹は減るものね」


 ふと気づくと、いつの間にか部屋の中は竈の火に掛けられた鍋の中から溢れ出たシチューの匂いで満たされていた。リシュア達の話に集中するあまり、気が付いていなかったレイトだったが、ひとたび意識をした瞬間、口の中に唾が溢れ、腹の奥から心地のいい空腹感が全身へと広がっていく気がした。


「レミィ、ライナ。あとどれくらいで料理は完成しそう?」


 同じく食欲に囚われてしまったのであろうリシュアがゴクリと喉を鳴らしながら聞く。


「ん。丁度今終わったところだ。後は盛り付けるだけだぜ」


 そう答えながら、ライナはレミィから手渡された皿に、少しドロリとした肉とジャガイモたっぷりのシチューを注いでいく。


 そして、一分と経たずに、テーブルには五人分のシチューと黒パンが並び、にぎやかな夕食が始まったのだった。


 温かな空気に満ちた部屋の外では柔らかな雪がふわふわと舞い降り始めていた。









 


   


  



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