デュラハン八分の一(前編)
「……あの……ユーク? もしかして今あなた……首だけなの……?」
「……あぁ、情けない話だけどな……」
再びユークの魔法で洞窟内を光球が淡く照らす。そして、その光に照らされながら地面の上に鎮座する兜。少しばかり落ち込んだ様子のユーク=アルフレドの声は、やはりその兜から発せられていた。
よくよく見てみれば青みがかった黒の兜の前面、真横に入れられた一本のスリットから、透き通るような青い瞳がキラリと覗いている。
「……はぁ。あなたにもいろいろと事情がありそうね。でもまぁ、今は一つだけ聞かせて。……さっき私達が入ってきた坑道の穴。あれ開けたの、あなたよね?」
ヒョイっと兜を両手で持ち上げながらリシュアがニッコリと笑みを浮かべて聞いた。
「……あぁ、そうだ。突然バカでかいスライムが飛び跳ねて来たんでな。……こんな首だけじゃ逃げることも出来なかったから、ぶち込んでやったのさ。俺の持つ最強の我流光属性魔法、超強い光の奔流をな。……いやぁ、まさかアレだけ吹き飛ぶとは思わなかったよ……ハハハ……ぐえっ!?」
「なにを呑気そうに言ってんのよ、このバカ! こちとらあなたが開けた穴のせいで、そのバカでかいスライム相手にもう少しで仲間一人失うところだったのよ!! このバカ!」
「うぐっ……わかっ、わかったから! わかったから揺するのをやめてくれリシュア!? うぇっ……」
「…………はぁ……。これくらいで許してあげるわよ。結果的には全員無事だったし。……とりあえず、こんな暗くて狭い場所じゃ気が滅入るから、とっとと外へ出ましょう。だいたいユーク、あなた、こんな狭苦しい場所、大嫌いだったでしょ」
兜の奥で瞳がハッと見開かれた。
「り、リシュア……お前……俺のため……あ」
ユークの今にも泣きそうな声が終わる前に、リシュアはジト目で彼を睨みつけ、兜ごとポイと宙に放った。そのまま回転しながら宙を舞ったユークの首は見事にレイトの腕の中へと着地する。
「はいはい。そういうのはいいからいいから。レイト。ちょっとそいつの首持っててもらえるかしら?」
「え!? ……あ、どうも……」
淡い光の中で思わず受け止めてしまった首とリシュアの有無を言わせぬ笑みを見比べてから、ユークの返却を諦めたレイトは引きつった笑顔を作って、目の前の首にスッと小さく頭を下げた。むしろそれ以外の行動が思いつかなかった。そして、レイトの挨拶もどきの行動にユークも
「あ、あぁ……俺の元上司がお世話になってます……」
と、腕の中から上目遣いでレイトを見上げながら、やたらと丁寧な口ぶりで返してきた。
「……お、おぅ……こちらこそ……」
そして流れる沈黙。青年と首が互いに気まずそうに見つめ合うという奇妙な状況がそこにはあった。
レイトにしてみれば、いきなり投げ渡された初対面の性格も知らない首だけのデュラハンとの会話など、簡単な挨拶くらいしか思いつくはずもなく、ユークにとっても、いくら魔族の中では相当なおしゃべりではある彼とはいえ、他種族、それも遥か昔から険悪な関係でのみ繋がる人間と話したことなど生まれてこの方一度もない。
そもそも、ユークは自分を両手に抱えている、この人間の青年の名前をまず知らないのである。
そんな二人を他所に、この微妙な空気を作った当の本人はランタンを片手に坑道への出口に向かって歩き始めていた。
「あなた達、なーに見つめ合ってるのよ。早く来ないと置いていくわよ?」
「「…………」」
いったい誰のせいだよ……。とレイトもユークもほぼ同時に心の中で叫んでいた。
「……とりあえず……ここから出ようか……」
「……あ、あぁ……よろしく頼む……」
少しずつ遠ざかっていくリシュア達三人の背中を眺めること約十五秒。ようやく成り立った会話がこれだった。
* * *
「……なるほどな。しかし、よくもまぁここまで生き延びていたもんだよ、リシュアは……」
あれから四、五回ほど迷いつつも、どうにか廃坑の外へと帰還した四人は、ユークの存在をどうにか隠しながらトリネコの村へと戻ってきたレイト達は、ゴブリンへの報告に向かったライナと、病み上がりの魔力使用で疲れて眠りに行ったレミィ以外の三人でリビングのテーブルを囲み、情報の交換をすることになった。
「まぁ、どうにか……。と言っても、私一人じゃ、きっとどうにもならなかった。仲間達がいてこその、このレイトが助けてくれたからこその今の私なのよ…………ちょっと臭い台詞だけどね……」
「ハハ、その様子だと、そこの人間ともうまくやってるみたいだな」
リシュア達のこれまでの行動を一通り聞いたユークは関心した様子で兜の奥で溜息交じりに笑い、器用に首だけで跳ねてレイトの方を向くと、一つ深呼吸をしてから口を開いた。
「えーっと、レイトって言ったっけ、胴体が無いせいで握手も何もできやしないが、とりあえず礼は言わせてくれ。……本当にありがとな、こいつを救ってくれて」
胴体があったなら、握手どころかきっと土下座でもしていただろう。丁寧に感謝の言葉を述べるユークの兜の下には、そう思えてしまう程に真剣でまっすぐな眼があった。
「あ、あぁ、いや……俺の方こそ……リシュアにはいろいろと助けられてるし……」
目の前のデュラハンは、きっとリシュアや四帝と同じ側の魔族なのだ。
ユークの突然の感謝に、どうにかそれらしい返事を呟くように言いながら、ふとレイトはそんなことを思っていた。
「ほぉ。そりゃあ良かった。何しろそういう助け合える関係ってのは、先代やこいつの理想だからな。……できればこれからも、こいつの理想に付き合ってやってくれ。結構面倒くさい性かっぐふぇ!? なんだ!? 急に叩くなよ。せっかく俺にしちゃあ珍しく真面目に話してるんだからよ……」
「一言多いのよ。バカ。……で? 一通りこっちの事情は話したんだから、今度はそっちの番よ。どうして首だけなのか、なぜあんな洞窟にいたのか。しっかりと教えてもらうわよ」
「へいへい。まったく、俺にだけはSっ気を前面に押し出してくるんだから困ったもんだ。レイトも気をつけといたほうがいグヘェッ」
再び飛んできたリシュアの拳が兜をガァンッと鳴らす。
「言ったそばから一言多いのよ……だいたい、一番最初に殴られて喜んでいたのはあなたのほうだったんじゃないかしら? ……と、いい加減に話を始めなさいよ」
「……はいはい。……それじゃあ冗談はここら辺にして、本題に入るとしよう。そうだな…………あれは、丁度二日前の夜の事だった…………」
ふぅーっという長い長い溜息の後、ついにユークは自身に起こった事件の真相を明かし始めるのだった。