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おわらないさぶくえすと(後編)

 「ここよ。この穴の先から魔力の反応が出ているわ」


 見事なまでの綺麗な円形に開けられた穴の奥をランタンを掲げて覗き込みながら、リシュアは「予想通りね」とでも言いたげな表情で言った。


「へぇ……それにしても、この穴の奥の空間はいったい何なんだ……?」


「……坑道の近くに洞窟があったっていうこと……でしょうか……?」


「なんかよくわからねぇけど、とりあえずこのジトジトした坑道から出られるんなら、早く向こうへ行ってみようぜ? 冷たくて気持ちのいい空気も流れ込んできているようだし!」


 皆が口々にいう中、一人だけ場違いな程、リシュア以上に緊張感を捨てたライナが真っ先に飛び込んだ。


「あ!? ちょ、ちょっと待ちなさいよライナ!!」


 慌てて引き留めようとするリシュアの言葉も聞こえていないのか「おぉ! 冷たくて気持ちいっ!」などとはしゃぎながら軽やかなステップで洞窟を進んで行くライナと共に、彼女の手にしたランタンの光が暗闇の奥へと小さくなっていく。


 そんな彼女の背中を呆れた顔で見送りながら、リシュアは大きく溜息をついた。


「……ったく……本当猪みたいなんだから……。まぁ、ライナなら、もしあいつの攻撃を喰らっても大丈夫でしょうけど…………って、言った傍から! 避けなさい二人とも!!!」


 溜息をつき終わらないうちに、突如何かを感知したらしいリシュアが血相を変えて隣で穴を覗き込むレイトとレミィを横に突き飛ばした。


 直後、穴の奥で豆粒ほどの光が弾けたと思った次の瞬間には、二人が立っていた場所を眩いばかりの極太の光のレーザーが通過し、それと共に穴の外へ押し出されたのであろうライナが、盛大に後ろの土壁に身体をめり込ませていた。


「ちょ、ちょ、ちょ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 と、一瞬遅れて彼女の悲鳴が聞こえてきたあたり、ライナの吹っ飛んできた速度は音のそれを超えていたらしい。


「……あー、びっくりしたぁ…………」


 ライナは相変わらずの無傷で、他人事のように言いながらめり込んだ身体を壁から引き剥がす。その横でリシュアは今しがたのレーザーで少し広がった穴の淵を眺め、一人ため息混じりに頷いて三人に言う。


「……今ので完璧に確信したわ。この先にいるのは私の昔の知り合い、デュラハンのユーク=アルフレド。かれで間違いはないわ…………」


 まぁ任せて頂戴、と後ろの三人に掌をヒラヒラ振りながら穴の向こうへと身を乗り出すリシュア。


 そしてそのまま大きく息を吸い込んで、穴の奥、暗闇の先にいるであろうかつての知り合い、ユークに向けて、彼女は叫ぶ。


「ユーク!!! いるんでしょう!? いるなら五秒以内に返事をしなさい!!! じゃないと、ここからありったけの魅了魔法を投入するわよ!!!!」


 イマイチ脅しになっているのかいないのかが分からないリシュアの声が洞窟の奥へと反響しながら走っていき、五秒どころか一秒もかからずに、闇の向こうから若い男のはしゃいだ声が返ってきた。


「その声はリシュア!? 本当に!? いやぁ、久しぶりすぎるぞ!!」


 再会に相当の喜びを感じているらしいユークと言う名のデュラハンの声。だが、当のリシュア本人は、心底うんざりした表情を浮かべていた。


 ね? 面倒くさいでしょう? と、後ろの三人に目で語りながら、ユークへと言葉を投げる。


「はいはい、久しぶり久しぶり。とりあえずその洞窟からこっちに出てきなさいよ。色々と聞きたいことがあるんだから」


「…………ん、あぁ……」


 どういうわけか、ユークの声のトーンが一気に落ちた。ついさっきのはしゃいだ声から一転、疲れ切ったような返事と一緒に大きな溜息が聞こえてくる。


「? なによ。姿を見せたくない理由でもあるの?」


 リシュアの挑発にも似た声に、ユークはハハッと残念そうな笑い声を返してきた。


「……相っ変わらず、その高飛車な口ぶりは健在みたいだな……。あのガルなんとかが反乱を起こしたって聞いた時はお前のことが心配だったが……その様子なら大丈夫そうだ。…………俺はもう動けないけどな。今の俺にできるのは魔法と、こうして喋るくらいだ……」


「…………あんたもしかして……あぁ、いや、いいわ。今からそっちに行くから、せめて道くらいは照らしてもらえるかしら?」


「あぁ、もちろんだ。…………導きは星の彼方(ヘルメス・スターレイ)


 暗闇の向こうから静かに響く魔法名。その声と同時に、小さな光球が洞窟の奥にポッと灯り、ふわふわと揺れながら四人の目の前へと飛んできた。


「わぁ……なんて綺麗な魔法…………」


 目の前に浮かぶ光球に、レミィが思わずそんな言葉を溢した。ブラックロータスの面々が使うオリジン・アーツの発動時に生まれる光球とは違う、温かく、淡く輝く光の球。その光が、四人を発動者たるユークの下へと案内するかのように、四人の目の前を照らしている。


「……行きましょう三人とも」


 そう言ってリシュアは洞窟の内部へと一歩足を踏み入れた。レイト、レミィ、ライナの三人も彼女に続く。光はそんな四人の動きに合わせ、ゆっくりと洞窟の奥へと進んで行く。


「それにしても、一体どうしてユークがこんな洞窟にいるのかしら……狭いところが嫌いなはずなのに…………」


「向こうにも何かかなりの理由がありそうだな……。それはそうと、ユークってデュラハンはリシュアとどういう関係だったんだ? ひょっとして魔王軍の幹部だったとか?」


 光球を頼りに慎重に洞窟を進みながら、レイトはふと思ったことをリシュアに聞いた。さっきのあの極太のレーザー攻撃からして、少なくとも魔法に関しては相当の手練れであることは間違いない。


「んー? そうね、あいつは確かに父の時代の魔王軍の幹部にも匹敵するくらいは強いわね。実際、軍の中では「光帝」とかいう二つ名で呼ばれることもあったみたいだし。……でも、あいつはずっと一般兵のままだったの。「偉くなると色々縛られるから嫌だ!」なんて言って、父の勧めをずっと断り続けてたらしいわ」


「へぇ……そうだったんですね。……あれ? でも、一般兵にしてはやけにリシュアさんと親しいみたいでしたけど……」


 と、彼女の横を歩くレミィが聞いた。光に照らされた彼女の顔は素直に疑問の表情を浮かべていた。


「あぁ! もしかしてこいび……むぐぅ」


 ニヤニヤしながら話に突入してきたライナの口を押え、リシュアは照れることもなく、心底うんざりした様子で首を振る。


「恋人なんてそんなロマンティックな関係じゃないわよ…………まぁ確かに? あいつは私の事を好きだったみたいだけど……」


「……それじゃあリシュアさんがユークさんを振ったってことですか……?」


 リシュアの代わりにレミィが頬を赤らめて聞いた。


「……そもそも付き合ってすらいないけどね? …………仮に私がユークに対して少し気があったとしても、毎日毎日恋心がびっしり綴られた便箋が五枚も届いたら、流石に胸やけの一つや二つ覚えるでしょ……?」


「へぇ……」「ほう……」「はあ……」


 恋愛経験などほぼない三人のイマイチ分かっているのかいないのか微妙な返事に、リシュアは苦笑するしかなかった。


「……ま、まぁ、とにかく。私はあいつのことを別に嫌いではなかったけど、好きでもないわ。……さすがに城の壁を登って私の部屋の窓から顔を出した時は頭おかしいんじゃないかと思ったけど……」


 リシュアの言葉に光球が一瞬ブオンと大きく歪み、左右に大きく揺れ始めながら、速度を増して洞窟の奥へと飛んでいく。そして、四人から二十メートル程先の空間で進むのを止め、ふわふわと浮遊し始めた。


「あの光の動揺具合からして、今の話、あいつも聞いてたみたいね」


「……結構な精神攻撃だったんじゃないか? 今の話……」


「知らないわよ。勝手に聞いてた向こうが悪いのよ。ま、とりあえず、早いところあいつの顔を拝みに行きましょう。光の動きが止まったってことは、あの付近にあいつはいるはず……って、あれ……」


 浮遊し続けている光球を指差して言うリシュア。だが、その指の先に人影はなく、代わりにドラゴンの顎を模った、頭部を全て会おう形の兜がポツンと置かれているのみだった。


「……誰もいねぇよ……? だいたい、さっき私が突っ込んでいった時も、人の気配なんてしなかったぜ?」


「……おかしいわね……この辺りは一本道みたいだし、身長二メートル近いあいつが隠れられそうな岩陰もないみたいだし…………おーい、ユークぅ。さっきの話を恥ずかしがって隠れているんなら、諦めて出てきなさいよ! まだまだその手の話なら持ってるわよ! まずは――――」


 ユークが諦めて出て来たとしても話は止めなさそうな、そんなニヤニヤした顔でリシュアは大声で言う。その直後 

 

「はっ!? ちょ、やめろ! というかやめて!! だいたいあれ何十年前の話!? ただの若気の至りだったから!! 思い出すだけで恥ずかしいからやめてくれぇ!!」


 慌てるユークの声が響き渡り、同時に光球がさっき以上に大きく揺らぐと、そのままブツンっと、音を立てて弾け、暗闇に霧散してしまった。


「あ、悪い……動揺しすぎて集中が解けちまった……」


 ランタンの光の届かない闇の向こうから聞こえてくるユークの声。


「ねぇ……今のって……」


「あぁ、間違いない……」


「私も確かにあそこから聞こえました」


「私も私も!」


 淡い光に照らされ中、四人は顔を見合わせて口々に言う。


 光が消える直前、ユーク=アルフレドの叫び声は、確かにあの騎士の兜から聞こえてきていた。


 


 








 

 

  

 

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