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おわらないさぶくえすと(前編)

 坑道内を反響しながら走り回る轟音が落ち着いてから一分ほどして、広場を満たしていた水蒸気の煙幕が晴れ始めるのを合図に、レミィはどうやら強力な障壁効果も備えていたらしい深紅の魔法陣を宙に霧散させた。


「……うわぁ、すっごい……」


 ゆっくりと明らかになる広場の様子に、リシュアが真っ先に感嘆の声を上げた。


 蒸気の晴れた広場には、カイザースライムの肉片の一欠片も残ってはおらず、散らばっていた家具の残骸達と共に、跡形もなく消し飛んでしまったようだった。今広場に残っているのはレイト達四人と、あらゆるものが燃えた後の嫌な焦げ臭さだけだった。


「レミィ、お疲れさんっ! ……いやぁ、やっぱりすげぇよ。今ほど魔法を使えたらって思いが強くなった時はなかったぜ?」


「あはは……私も、ライナさんのその心と体の両方の強さが羨ましいです…………」


「またまたぁー!」


 冗談を言いながらバシバシとレミィの肩を叩くライナと、心の底から楽しそうなレミィの笑顔。そんな二人の様子を見れば見る程、レイトは自分自身が小さく縮んでいくような感覚を覚えていた。


 そんなレイトの様子に、隣にいたリシュアがフフッと笑みをこぼしながらそっと肩に手を触れて、はしゃぐ二人には聞こえないような小さな声で言う。


「情けないんでしょ? ……自分が何もできなかったってことが」


「え?」


 唐突な図星を突く発言に、驚いてリシュアの顔を見た。そう言うリシュア自体、どことなく情けない表情をしているような気がした。


「……その表情を見ればわかるわよ。それに、きっと今の私もあなたと同じ表情をしてるでしょ?」


「あ、あぁ……。確かにそんな顔してるな……でも、どうしてリシュアまでそんな表じ、むぐぅ」


「はいはい、それ以上言わないの。あなたと同じ理由。それだけで全部通じるでしょ」


 レイトの言葉に、一瞬で顔から情けなさを掻き消したリシュアが掌を口に軽く押し当てて、もう一方の手の人差し指で自分の唇に触れた。


 ……リシュアにも、俺と同じ悩みがあるんだな……


 リシュアの掌の温度を感じながらさっきの彼女の表情を脳裏に浮かべ、レイトはそう思った。自殺行為にも等しい強化魔法を使わなければろくに戦えもしない自分と違って、魔王の血を引く彼女ならば、暗黒魔法に留まらず、全属性の魔力適正すら持つ彼女なら、そんな自分の実力を情けなく感じることなどないのだろうと、初めて彼女の魔法を目にしたときから、レイトは密かに羨ましささえ感じていたのだ。


 もっと強くならなければと、レイトは改めて決心を胸に深く刻み込む。


 魔法も使えず、無敵の防御力も持ちえない自分に唯一与えられた剣術。せめてそれだけは極めよう。そもそもそこまで辿り着けなければ、きっと魔王の下に行きつく前に道半ばで倒れることは間違いのだから。


「? どうしたんだ二人とも見つめ合って」


 いつの間にレミィとのじゃれ合いを止めていたのか、レイトとリシュアの間を流れるしんみりとした空気を吹き飛ばすように、二人の会話を知らないライナが少しにやけた顔で言った。


「な、何でもないわよ。ね? レイト」


「お、おぅ。そうそう。ちょっと髪に埃がついてたんで、とってもらってただけだからさ」


「あ、そういうことね。そういや私もさっきの爆発で結構髪に砂埃かぶってんなぁ……」


 演技なのか本当なのか、ぱっぱっぱと髪の毛を掃うライナ。そんな彼女の姿にレイトとリシュアは目を見合わせてプッと小さく笑った。そして、笑顔のまま、リシュアは衝撃の一言を言い放った。

 

「さて、休憩は終わり! 早いとここの騒動の元凶に会いに行きましょうか」


「「「!?」」」


 リシュアの言葉に三人は声にならない声を出して、耳を疑った。あのカイザースライムが今回の事件の犯人だったのではないのか。三人の頭の上にクエスチョンマークが踊る。


「……あの、リシュアさん? さっきの大きなスライムを倒して終わりじゃないんですか?」


「えぇ、たぶんね」


 レミィの当然の質問に、リシュアは苦笑交じりに頷く。


「……でもまぁ。私の感知が正しければ、戦闘にはならないと思うから。おまけ程度の気持ちで行きましょ」


 ますます三人の頭の上にクエスチョンマークを増産させながら、リシュアは広場の一番奥、カイザースライムのコアが飛び出してきた坑道へと、三人の前に立ってスタスタと歩き始めた。彼女の表情はどう見てもこれから敵と対峙するという時にするものではなく、まるで散歩でもするかのようなゆったりとしていた。


「なぁ、リシュア。さっき言っていた意味ってどういうことなんだ? あのカイザースライムがすべての元凶じゃないなら、一体この先に何がいるってんだ? それに、戦闘にはならないだろうって……」


 ランタンを片手に三人の先頭をズンズン進んで行くリシュアに追いつきながらレイトは聞く。分岐だらけの坑道をどういうわけか迷いのない足取りで坑道を進む彼女の様子は、まるで頭の中に地図がすべて入っているかのようで、それもまたレイト達の頭の上のクエスチョンマークの生みの親でもあるのだ。


「はいはい。それじゃあ一つずつ説明するわ」


 緊張感のない声で、リシュアは歩みを止めずに説明を始めた。


「まず元凶があのスライムじゃないって話だけどね。……普通のスライムはともかく、カイザースライムってのは本来、坑道みたいな人の手の入った場所には生息しないのよ。もっとこう、人里離れた洞窟の奥にいるはずなの。だから、あれがこんな場所にいるってことは、何かしらの敵から逃げ出してきたとしか考えられないのよ」


「なるほど…………でも、もしそれが正しいとして、これから向かう先にはあのカイザースライムが逃げ出すほどのヤバい奴がいるってことになるんじゃないのか……」


「そこで、二つ目の答えってわけよ」


 リシュアはクスクスともったいぶった様子で笑う。


「確かにこれから出会うはずの奴はカイザースライムをも楽に倒せるくらいに強いわよ。でも、そいつが私の知り合いなら、何の問題もないでしょ?」


「「「……はい?」」」


 再び揃う三人の声。皆が息を揃えて首を傾げる。


「うん。驚くのも分かるわ。私だってなんであいつがこんな場所にいるのか不思議でたまらないもの」


「……いや、それもそうなんだけど、お前の感知能力って、個人の特定まで出来るのか……」


「誰でもってわけじゃないけど、流石に父が魔王だったころから数十年以上も近くにいた奴の魔力の特徴くらいは分かるのよ」


「リシュアさんの知人って、どんな人なんですか?」


「……あー、何というか。いい奴だけどとっても面倒くさい奴ね。いろんな意味で……。まぁ、あってからのお楽しみってことにしましょう。少なくとも敵ってことは無いはずだから」


 少しばかりワクワクした様子で答えながらリシュアは未だクエスチョンマークを消化しきれていない三人を引き連れて、まだまだ遠い魔力の反応を辿って坑道の奥へ奥へと進んで行くのだった。


*   *   *


 「なぁ……まだその知り合いってのとは会えねぇのか……?」


 あれから坑道をさらに十五分ほど進んだ頃、ライナがうんざりした様子で聞いた。


 ライナの言葉も無理はない。


 なにしろ外はまだ冬だというのに、湿気のせいで体に張り付いたような汗が少しずつ四人の精神を削り、行けども行けども変わらない景色は時間と距離の感覚を曖昧にし始めているのだ。


「もう少しだけ我慢しなさいよ…………多分あともう少しだから……」


 額に滲む汗を拭いながら、リシュアは溜息交じりに言う。彼女もまた、否、彼女とライナのみならず、レイトとレミィの二人も実際、できる事なら早いところ外の冷たい冬の空気に当たりたいというのが本音なのだ。


 一体いつになれば目的地である「リシュアの知り合い」のいる場所に辿り着くのか。それは魔力を辿るリシュアも正確には分からないでいた。


 だが、幸いにもその「あともう少し」は案外直ぐにやってきた。


「え……」


 あれからさらに歩くこと数分。直角に近い曲がり角を曲がったところで唐突にリシュアは歩みを止めた。


 ランタンの光に照らされた十メートル先に坑道は無かった。代わりに存在したのは、本来行き止まりであったはずの壁に穿たれた、坑道とは全く別の洞窟に繋がる巨大な真円の穴だった。 




 


 

 







 


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