復活は原初の炎
「……リシュアさん、レイトさん。それにライナさん。ご心配かけました……! 私はもう大丈夫です!!」
レイト達三人が祈る気持ちで待ち侘びていた瞬間だった。どこか覚悟を秘めたような元気の良い声と共に、フード付きの黒マントを羽織ったレミィが広場へと踏み入れて、三人に少しばかりの申し訳なさを秘めた微笑を見せた。
「ふふっ、お帰り、レミィ」
「目を覚ましてくれて本当によかった…………」
「ったく、めちゃくちゃ心配してたんだぜ? ……泣いてもいいかな、私」
彼女に駆け寄ったレイト達三人は、背後で防御態勢を固めるカイザースライムをよそに、それぞれ思い思いの言葉を掛けた。
崩れた精神が作り出した、いつ目覚めるともわからない暗く冷たい意識の底。そこから自力で這い上り、今目の前に立っているということに、今、三人は安堵と嬉しさを爆発させている。ライナに至っては、レミィとの付き合いは一番短いというのに、既に涙と鼻水でグチャグチャの顔で笑っている。
「あはは…………本当にありがとうございます……いろいろと話したいこともありますけど、まずはあのカイザースライムをどうにかしなきゃ、ですね」
そんな三人を前に、レミィはもう一度にっこりと笑ってから、後ろに鎮座する討伐すべき敵へと両の腕を向ける。
「一応言っておくけれど、……あいつを完全に倒すには、何重にも張られた防御陣を越えて、あの中心のコアを一片も残さずに消さなきゃならないわ。大丈夫? いけそう?」
「えぇ、きっと。ここ数日休んでいた分、この仕事はお任せください!!」
自信満々に、されど慢心の気配は見せずに宣言し、レミィは魔力を変換し、収束させ始めた。直ぐにそれは彼女の翳す両腕の前に美しい深紅の魔法陣となって展開され、徐々にその半径を増していく。
途端、今まで防御に徹していたカイザースライムが攻勢に転じた。体表を幾重にも覆う銀の防御陣の下から触手状に変形させたゼリー体を十数本を、矢の如き速度で一斉にレミィへと伸ばしはじめた。
「「「!!!!」」」
瞬間、三人が、ほぼ同時に動いた。
「やらせるわけないでしょうが!!」
レミィへ向けて正面から襲い掛かる数本の触手をリシュアが防御陣でピンポイントに弾き返し、
「ハァァァァッ!!!」
「ウオォォォォッ!!!」
気合の籠ったレイトの剣とライナの手刀がそれぞれ左右から回り込むように伸びてくる触手を叩き落とす。今この瞬間この場所で、主役は間違いなくレミィなのだ。その主役を守り、映えさせるための名脇役として、三人の動きは無意識下で一切の無駄なく繋がっていく。
弾かれた触手を引き戻し、欠損部位を再生し、今度は先の倍以上の触手をくねらせるカイザースライムを前に、三人にはさっきまでの弱気な表情は無い。
レミィならやってくれる。その瞬間まで、敵の攻撃は一切通すものか。そんな気迫と共に、三人はレミィを囲むように布陣する。
周囲を満たすどこか心地よい一体感。それは自然とレミィにも伝わっていく。
「……皆さん。ありがとうございます。そしてごめんなさい……。あともう少し、私の魔法が完成するまで……もう少しだけ守っていただけませんか?」
三人に向けたレミィの言葉。その言葉に、三人はほぼ同時に、同じ言葉を叫んだ。
「「「合点承知!!!!」」」
ツゥと、レミィの両の頬を一筋の涙が伝う。
あぁ、なんてあったかいんだろう。
出来損ないとして捨てられた私。そんな過去を怯え続けた私。そして、あげく三人を身内同士の戦いに巻き込みさえしてしまった。それなのに、三人私をずっと待っていてくれた。私の魔法に期待を寄せてくれた。……それなら…………
私の全身全霊を込めて、三人の思いに答えなきゃ。
魔法陣を描く深紅の光のラインが激しく輝く。同時に、カイザースライムが触手の数をさらに増やしていく。だが、レミィはもう恐れない。だって三人が守ってくれるから。そう信じ、レミィは自分の知る中で最強の部類に入る魔法。かつて幼心に憧れた兄に追いつこうと、幾度の失敗の上に編み出したその魔法をゆっくりと紡ぎ始めた。
「万物を創造せし始まりの神炎。赤より紅い原初の炎よ。太陽を超えて輝き、全ての混沌を永劫の果てへと祓い給え……」
既にレミィの身長ほどの直径までに成長した魔法陣の前に、巨大な深紅の火球が練り上げられていく。その様子は、規模こそ違えど、あの森の中で彼女を死の淵に追いやった実兄ミュラーのオリジンアーツ、原初の大神炎そのものだ。
「……之は我が夢の具現なれど、その炎に一切の偽り無し。今ここに新たなる種を撒かん。紅き衝撃、我らが道を貫き通せ。……皆さん! もう大丈夫です。私の後ろに隠れてください!」
詠唱終了と同時にレミィは目の前で触手と格闘している三人を呼ぶ。
「「「あーい!!」」」
きっと今の触手との戦闘で疲れているだろうに、三人は三人とも、気持ちのいい笑顔で足取りも軽く、レミィのすぐ後ろへ回り込んだ。
直後、妨げるものが無くなった触手達が、魔法は撃たせまいと勢いよくレミィへと宙を走る。だが、レミィは魔法陣の向こうから迫る触手を見ながら、ニッと笑った。
……やっぱり私の居場所はここなんだ。
今まで感じたことのない、心が弾むような感情。新しい旅の始まりを心の奥で予感しながら、レミィは思い切り魔法のトリガーを引いた。
「擬似再現・原初の極大神炎ッ!!!!!!」
撃ち出された灼熱の深紅が迫る触手を瞬時に蒸発させる。
その圧倒的な熱量たるや、スライム本体を守る銀の防御陣すら、紙を燃やすがごとく勢いで燃やし尽くすほどで、当然本体のゼリーの層が耐えられるはずもなく、ほんの一瞬、ジュオッ、と音を立てて消滅する。
それでもなお、深紅は衰えることを知らず、むしろより紅くより熱く燃え上がりながら、むき出しとなったコアへと到達する。
刹那、太陽と見まごうほどに眩い閃光が広場を満たした。轟音、振動、衝撃、熱風。これらすべてが広場内部を吹き荒れ、暴れまわった。