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伝説はいまここに(後編)

 魔法名を紡ぐ凛とした声は、ゼリーの壁を軽々とすり抜け、囚われたレイトの耳にもはっきりと届いた。


 ……この声は、レミィだ……!!


 魔法陣から放出され続ける極寒の水は既に顎の下あたりにまでにかさを増し、あと一分もすれば完全に頭のてっぺんまでが水中に沈むという絶望的な状況の中で、レミィの声は圧倒的な希望の光となって、半ば脱出を諦めかけていたレイトを照らした。


 弱さを一切感じられない力強いレミィの声。それは彼女の完全な復活を意味している。


 声とほぼ同時に、ビュオォォォッという鋭い風切り音が鳴り響く。


 直後、激しい炸裂音と共に、ゼリー越しにレイトの視界いっぱいに紅蓮が広がった。


*   *   *


 「……すごい。私のフレイム・バレットなんかじゃあ比べ物にならないわ……」

 

 ゼリーの肉壁を挟んで一縷の希望を見出したレイトの反対側から、燃え盛る炎をまじまじと見つめながら、リシュアは口をポカンと開けたままそんなことを独り言のように零す。それほどに目の前で燃え盛る炎、もといレミィの魔法は凄まじいものだった。


着弾と同時にカイザースライムの表面の三分の一ほどを覆うまでに一気に拡散した紅蓮の炎は、一切勢いの弱まる気配を見せず、ゴゥと激しい熱風をまき散らしながらゼリーの肉を溶かしていく。その圧倒的な火力は、何よりカイザースライムの動きを見れば明らかだ。


 自信の身体に巨大な穴を穿ち、コアにヒビを入れるまでの拳打にも、「フレイム・バレット」の無数の炎弾にも微動だにせず、その体躯と能力を見せつけるかのように広場の真ん中に鎮座していたカイザースライムは、今や地響きを起こす勢いで飛び跳ね、身体を波打たせながら、目まぐるしく身体の形状を変化させていく。


「なんなんだ!? さっきまで全く動かなかったってのに、今度はまるでゴム毬みたいに暴れ出したぞ!?」


「……きっと、こいつにとって私達は防御する必要も、反撃する必要もない、せいぜい頭上をブンブン飛び回る羽虫程度の存在でしかなかったのよ……。……それが今、レミィの魔法に対して初めて生命の危機を感じて動き始めたんだわ……」


 実際、リシュアの言う通り、カイザースライムは目の前に佇む彼女たち二人には目もくれず、必死で自身の防衛と再生に尽力しているようだった。


 先ずは今なお再生速度を上回る勢いで身体を焼いては溶かし続ける炎を鎮火しようと、体内でレイトに向けて展開、発動しているものと同じ水属性の魔法陣を今度は自身の体表を覆うように無数に展開し、間髪いれずに発動する。


 氷の如く冷たい水のシャワーが紅蓮の炎へと一斉に降り注ぎ、激しく水蒸気を上げた。


 だが、魔法名の「不鎮」は名ばかりではなく、紅蓮の炎は水蒸気の向こうでより一層激しく燃えながら確実にスライムの体表を溶かしていく。

 

 時を同じくして、スライムの体内でも、大きな変化が生じ始めていた。


 「い……一体何が起こってるんだ!? ……ってか気持ち悪ぅ……」


 スライムの激しい動きに合わせて右に左に前に後ろに揺れに揺れる水の中で、半ば溺れかけの状態のレイトは、船酔いにも似た吐き気を催しながらも、背後のコアの周囲を無数のあの銀の魔法陣が幾重にも展開され、コアの姿を隠していく様子をはっきりと見た。


 銀の魔法陣の展開に合わせて、レイトを溺死させるべく水を放出し続けていた魔法陣が一斉に薄れ、光の粒子となって霧散していく。おそらくは持ち得るすべての魔力をコアの防御に回すつもりなのだろう。ふと足元に意識を向ければ、両足に纏わりついていたゼリーの床の拘束も解かれているようだった。


 そして、ジュオォォォッと激しい蒸発音を伴いながら、ついに紅蓮の炎はリシュア達とレイトの間を阻むゼリーの肉壁を食い破った。


 「う、うぉぉ!?」


 突如として空いた穴から、スライムの体内空間に満ちていた大量の水がレイトを巻き込みながら一気に流れ出していく。


「うげっ!? げほっ……がはっ…………」


 そのまま流れに乗せられるままに壁に勢いよく激突し、カエルが潰れたような声を出して水を吐き出しながら水浸しの地面に仰向けに転がるレイトと、それを覗き込むリシュアの視線がぶつかった。


「……おかえり、レイト。……それにしてもひどい格好ね」


「やかましいわ…………」


 からかいながらも回復用の魔法陣を翳してくれるリシュアに、苦笑交じりに言い返しつつ、レイトは今しがた脱出してきたばかりのカイザースライムの方へ振り返った。


 体内に溜まっていた大量の水を浴び、炎は勢いこそ弱まったものの完全に鎮火されることはなく、未だにジリジリとスライムの表面を溶かしている。


 とはいえ、流石にカイザースライムの再生速度には敵わないようで、溶け落ちて減っていた体積は目に見える勢いで急速に元のサイズへと戻り、戻るだけではなく、例の銀の魔法陣を体表にまで展開し始めていた。


「……こいつは、もう俺達三人じゃあどうにもならないな……」


「あぁ、悔しいが、私もレイトと同意見だ」


「えぇ、あとはもう、彼女の到着を待つしかないわね」


 銀の魔法陣で体表を覆いつくしたカイザースライムは、それだけでは足りないと判断したのか、魔法陣の上に、二回りほど大きい銀の魔法陣を重ね始めた。こうなればおそらくレイトの斬撃はもちろん、ライナの拳打をもってしてもまともにダメージが通るかどうかは怪しい。


(ま、守りを固めたくもなるわよね……)

 

 ひたすらに守りを固めるカイザースライムを見て、リシュアはフフっと悪そうな笑みを浮かべる。カイザースライムが感知しているように、リシュアもまた、近づいてくるレミィの魔力反応を感知しているのだ。


 まったく、レミィが味方でよかったと。リシュアは一人密かに胸を撫で下ろしていた。自分がカイザースライム側の立場なら、間違いなく白旗を上げるか、尻尾を巻いて逃げ出すに違いない。そう確信するほどの圧倒的で威圧的な魔力の反応が、一歩ずつ確実にこの広場へと近づいてきている。

 

(本当、あの子は凄いわ。……でも、いずれは私だって……!!)


 頬を伝う冷や汗を感じながら、リシュアは大きく息を吸い込む。


 今は潔く負けを認めよう、と。レミィは私よりも強い、と。そんな尊敬の念と悔しさを込めて、廃坑の隅々まで響き渡る声で彼女を呼んだ。


「さて、と。レイトも無事に脱出できたわけだし、これで心置きなくどでかい魔法をぶっ放せるわよ。レミィ!!」


 


 

 



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