宿とギルドと異世界転生
ランドーラの街は二人の予想以上に冒険者達で賑わっていた。
冬晴れのもと、いたるところにパーティーメンバー募集の張り紙が張られ、バザールでは雑貨屋に武具屋、果てはわけのわからない骨とう品を扱う店までが揃って新米冒険者達に商品を売りつけようと声を張り上げている。
「おっと、そこの美人な嬢ちゃんとかっこいい兄ちゃん! 冒険者かい? うちの道具見てかねぇか。安くするぜ?」
バザールの中を抜ける途中、通りがかった道具屋の店先にいた髭もじゃの店主が二人に声をかけた。店主の後ろにはロープやらランタンやら、冒険者には必須ともいえるアイテムがずらりと並んでいる。
「美人だなんて、あはは……ありがとうおじさん。でも、今は手持ちのお金も少ないし、道具を揃えるより先に冒険者ギルドに行かなきゃいけないの。それに今日の宿も探さなきゃならないし」
人間の姿に擬態したリシュアは愛想笑いを浮かべながら、丁寧に店主に言った。
「お、そうか。そりゃあ引き留めて悪かった。だが、宿を探しているんなら、ギルドに行くよりも先に宿を取ったほうがいいぜ。なにしろこのランドーラは年がら年中新米冒険者達が押し寄せるおかげで、どこのホテルもあっという間に部屋が埋まっちまうからな。ま、こちらとしては商売繁盛で願ったり叶ったりなんだが」
「そう……。アドバイスありがと。また明日この店使わせてもらうわ。行きましょうレイト」
がんばれよ! と手を振る店主に小さく頭を下げながら、リシュアはレイトを引っ張って、バザールの出口へと急いだ。
「冒険者って、そんなに人気の職業なのか……」
「そりゃね。クエストで強いモンスターを倒せば、富と名声が手に入るなんてこともザラなんだし、いつの時代も夢を追いかける人間ってのは一定数いるものよ。魔王を倒したとなれば尚更だし」
宿場区へ足早に歩きながらリシュアは淡々と語る。その後ろを、真新しい防具と武器を携えた若者たちが数人、意気揚々と街道に続く門へと通り過ぎていく。
「……それなら俺らも宿なんか取らずに今日中に出発したほうがいいんじゃないのか」
「焦らない焦らない。一日ぐらいの遅れはあっという間に巻き返せるし、第一ここにいる冒険者の大半は「取り敢えず冒険者になってみました」って奴等ばかりよ。そんな奴らに対抗意識燃やして焦るより、万全の状態で出発したほうがいいに決まってるじゃない」
それに、と続けてリシュアが小さくつぶやいた言葉は喧騒の中に吸い込まれ、レイトには聞こえなかった。
「私が一番警戒する冒険者はおそらく今この世界に一人だもの」
* * *
宿場区はバザールの店主の言った通り、冒険者達でほぼ満室状態で、通りには部屋を確保できなかったらしい冒険者たちがたむろしていた。
「こりゃどこも満室かもしれないな。どうする? すでに宿を確保している冒険者を引き入れて無理やり部屋に上がり込むっていう手段もあるが、それは嫌なんだろ?」
「えぇ、もちろん。私と同じような魔族の冒険者とかがいれば話は別だけどね」
そして宿を探し回ること一時間、とうとう二人は宿場区の終わりまで来てしまった。まだ入っていない宿は一軒、二人の目の前に建つ年期の入ったぼろい建物だけになっていた。
「いらっしゃいませ」
玄関の扉を開けた二人を見慣れない服装の従業員が丁寧に頭を下げる。
「へぇ、外装からは分からなかったけど、この宿は東方風のデザインなのね。あの服、着物というらしいわ」
「……東方か。確かこの大陸と海を挟んではるか東に位置する国々だったっけ」
「そうよ。文化も言語も全く違っていて、向こうでは魔族のことを妖とかなんとか呼称しているそうよ。あの魔王城での酒盛りで、あなたのお父さんが楽しそうに私の父と話してたの、今でも覚えてるもの」
懐かしそうにリシュアは話す。
「部屋がとれるかどうか聞いてくる。」
「うん、よろしく。私はちょっと魔力消費が激しくて疲れたからここで座ってるわ」
そう言いながらリシュアは傍にあったソファーに、半ば後ろに倒れこむようにして座った。そろそろ人間への擬態も限界のようだった。
「あ~、申し訳ございません。ちょうど今、あちらの冒険者のお客さんで満室となっておりまして……」
客室フロアへの階段の方を一瞥して、フロントの受付担当者は頭を下げた。もともと部屋が取れるとは期待していなかったが、もう少し早ければ部屋をとれていたと知った分、妙に悔しい。
今夜は野宿か、などと考えながら、最後の部屋を取った冒険者はどんな奴なのだろうと、レイトは階段のほうに視線をやり、そして束の間目が釘付けになった。
その冒険者は着物とは違う見慣れない服装で、見慣れない薄っぺらな小さな板のようなものを片手にきょろきょろとあたりを見回しながら階段を上るところだった。
が、それよりもレイトの目を引いたのは冒険者が背負っている巨大な剣だった。
街ですれ違った冒険者達の持っていた武器はもとより自分の持っている剣とも一線を画した禍々しい雰囲気のデザインと、なにより別に特別屈強にも見えない体に身の丈ほどもある巨大な剣を背負っているというのに、その重さをまるで気にしていないような歩き方は、どう考えてもリシュアの言っていたただの「富と名声目当ての新米冒険者」とは明らかに何かが違っている。
強い。レイトは本能的にそう察した。自分たちよりも先に魔王ガルアスを倒すとすればこの男だろう。
「おーいリシュ……っておい⁈」
一応リシュアに知らせるべきだろうかと彼女のほうを振り返ったレイトが見たものは、魔力の消耗はどこへやら、目を輝かせてこちらへ突進してくるリシュアの姿だった。
「こんなに早く見つけられるなんて、僥倖だわ!」
そう歓喜の声を上げながら突進してきたリシュアに腕をつかまれ、レイトは半ば引きずられる形でリシュアとともに走り、階段の踊り場で例の冒険者の元に追いついた。
「な、なんだい君たちは⁈」
レイトが感じ取った強者のオーラとは裏腹に、慌てて声を裏返しながら振り返った冒険者は眼鏡の気の弱そうな青年だった。
「見つけたわよ。私の第一目標」
喜びのあまり左手でガッツポーズをしながらリシュアはガッと青年の肩を掴み、息も荒く言った。
「あなた、転生者でしょ?」