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はじめてのダンジョン攻略(後編)

 「うぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁっ!!」


 気合の籠った叫び声をあげるライナが放った拳が、運悪く彼女の目の前に飛び出してしまった一匹のスライムの、そのまん丸な身体のど真ん中へと突き刺さる。


 基本的に打撃攻撃は、ゼリー状の柔らかな身体を持つスライムに対しては最も効果の薄い、というよりもむしろ効かない、と言っていいほどに相性の最悪な攻撃方法なのだが、ライナは開幕早々にその常識を真っ向からぶち抜いて行った。


 全身に纏った魔力の鎧のせいなのか、鍛え抜かれた筋力のせいなのか、はたまたその両方なのか。なんにせよ、本来なら「ぶにょん」などと間の抜けた音と共に打撃による衝撃を吸収するはずの柔らかなスライムの身体は、ライナの恐ろしく鋭い拳打の勢いと衝撃に耐えきれなかったらしい。攻撃を受け、拳をめり込ませた身体の中心部分は「みょーん」と伸び、限界まで伸び切ったところで


 ばちゅんっ!!!!


 と、小気味良い破裂音を響かせながら、青色のゼリー状の肉片を辺り一面にぶちまけて爆散した。どうやら打撃も極めれば相性を百八十度ひっくり返るらしい。


「いよぉし! 一匹目ェ!!」


「「「$%&’%((&$%’!!!」」」


 ライナの宣言にゴブリン達も雄叫びを上げ、勢いに押されたスライムたちが身体をぶるぶると震わせる。


「まるで、ライナがゴブリン達の親玉のように見えるのって、私だけなのかしら」


「いや、俺もお前の考え方に一票入れるよ……っとぉ!!」


 ライナの暴れっぷりに苦笑するリシュアにそう返事をしつつ、レイトは目の前に飛び掛かってきた一匹のスライムを横薙ぎの一閃で両断した。


 今なお坑道から湧き続けるスライムの大半は、ライナとゴブリン達の方へと向かっていくが、それでも十数匹のスライムは、広場の入り口に佇むレイト達二人へとぴょんぴょんと小さく跳ねながら近寄ってくる。


 とはいえ今のところスライムたちの攻撃はお世辞にも素早いとは言えない速度での飛び掛かり攻撃のみ。十数匹といえども、まとめて相手にすることはそう難しい事ではない。


「ハァッ!」


 剣閃が中空を走る度に、スライムの身体は青い粘液を迸らせながら二分され、二人の周囲にボトボトと落下する。


 二つに分かれたスライムは、落下と同時に一方の身体を求めてもぞもぞと地を這い始めるが、レイトの頭上に浮遊するリシュアがそれを許さない。


「あぁ、もう! もぞもぞとうっとおしい! フレイム・バレット!!!」 


 リシュアは周囲に蠢くスライムの断片達に心底嫌そうな表情をしながら、戦闘開始時から常に両掌に展開している紅蓮の魔法陣から、無数の炎弾を撃ち出して彼らの動きを止める。


 トリネコ滞在中に開発したという、彼女にとって初の火属性魔法は、まだまだ火力は低いものの、スライムの身体を完全な液状に溶かすには十分のようだった。


 レイトが斬り、リシュアが燃やす。この繰り返しを作業のように行う二人の周りの地面は、いつの間にか溶けた体の青色で染め上げられていた。


 その向こうで戦闘を繰り広げるゴブリン達も、辺りに散ったスライムの欠片を松明の炎で溶かし、無力化していく。


 次第に坑道から広場に出てくるスライムの数も減り、ついに一匹も飛び出てくるスライムはいなくなった。


「なんだ、案外余裕じゃない。不死って言うから身構えていたけど、火で溶かせば再生もしないみたいだし…………」


「……あぁ、確かに……なっ!!」


 飛び掛かってきた最後の一匹を縦に真っ二つに叩き斬り、レイトは言う。だが、言いながらも、レイトは何処かでこの呆気ない決着に納得できないでいた。何か重要なことを見落としているような、そんな気さえしている。


 リシュアの言う通り、動きはのろいし、再生能力も大したことはなかったが……それなら、いったいどうして……


 フレイム・バレットで燃やされていくスライムの姿をまじまじと眺めながら、レイトはそんなことを考えていた。


 視線の先で戦うゴブリン達は、ライナの存在で士気が上がっているとはいえ、別に彼女の存在がなくてもスライム相手に後れを取るようには見えないのだ。おまけに松明でとどめを刺していくあたり、スライムの相手は慣れているようにも思える。


 さらに、このスライムの強さからしても、ゴブリン達が「不死」などと言って恐れるとは到底考えられなかった。


 ……なにか、引っかかるんだよな……


 先程から、一匹斬る毎に、レイトの頭にはそんなモヤモヤが次第に濃さを増していた。


「っ!? レイト! 前! 避けなさいよ!!」


 モヤモヤで一瞬ぼーっとしていたレイトの意識をリシュアの叫びが呼び戻す。慌てて前に意識を向けると、ゴブリンの攻撃で両断されたスライムの身体がレイトの方へ飛んできていた。


「うわっ!? 危ねぇっ」


 咄嗟に飛び退いたレイトのすぐ目の前にスライムは着弾し、衝撃で平べったく潰れた。だが、やはり両断しただけでは死なないらしく、直ぐに球状に戻ると、互いに結合し合おうと、もぞもぞと動き出す。


 ……やっぱりコアを破壊しないと死なないんだな…………って、あれ?


 とどめを刺すべく、コアを斬ろうと剣を振りかぶったまま、レイトは動きを止めた。


「どうしたの? とどめ刺さないのなら、私が刺すわよ? バレット……「ちょっと待ってくれ!」」


 そのまま、レイトの代わりにとどめを刺そうとするリシュアの魔法をも制止して、レイトは足下で今まさに一つに結合しようとしているウォータースライムの姿をランタンの灯りに照らし、改めて観察した。


「……はぁ。いったいどうしたっていうのよレイト。復活しちゃうじゃない。そいつ」


「無いんだよ」


「はい? 無いって、何のことよ?」


「コアだよ、コア。あるはずのスライムのコアが見当たらない……」


 そう。見当たらなかったのだ。いかなるスライムであっても共通して有しているはずのコア。球、立方体、八面体、形は違えど身体の中心部に存在するはずの半透明な個体が、今目の前で復活しつつあるスライムには一かけらも存在していなかった。


 そしてその事実は、モヤモヤを少しばかり吹き飛ばす風となって頭の中に吹いた。


「あはは、そんなまさか。だって、コアって言えば、スライムにとっての脳みたいなものよ? それがないなんて、それじゃあこいつらはどうやって動いているっていうの……よ」


 まっさかぁ、と笑いながら、動き始めているスライムを覗き込み、リシュアは笑顔のまま凍ったように動きを止めた。誰が観察しようと、無いものは無いのだ。


「な? 無いだろ? だから、もしかしたらこの廃坑のどこかにこのスライムのコアに当たるやつがいるんじゃないかと、思うんだよ。まだ推測でしかないけど、あのゴブリン達がこんなスライムの群れに逃げ出すとはどうしても考えられないんだ」


 推測とは言いながらも、レイト自身、この考えは殆ど確信に近いものだった。


 その証拠に、広場のスライムは大方全て倒したというのに、ゴブリン達は落ち着かない様子できょろきょろとあたりを見回している。そんな彼らの様子を眺め、リシュアもレイトの考えに同意したように頷いて言う。


「……なるほど、確かにあなたの考えが的中している確率は高いわ。…………だけど、そうなってくると、私達が倒すべき真のモンスターは、とんでもない大物。そもそも伝説上の存在でしかないような部類のモンスターよ?」


「……でも、スライムだろ?」


「えぇ、でも。ただのスライムじゃない。考えてもみなさいよ。これだけの小型のスライムを同時に操る時点で、相当な知能の持ち主。一筋縄ではいかないことは確かよ」


 リシュアの言葉に返事をするかのように、突然廃坑内に地の底から響くような咆哮が轟いた。どうやら広場を挟んで入り口の反対側の坑道からのようだった。


「なんだ!? って、うぉっ!?」


「「「%&($&)))()!!!!!」」」


 直後、アレだけ勇敢に戦っていたゴブリン達が一斉に武器を投げ出し、慌てるライナを突き飛ばし、レイト達を押しのけて出口へ続く坑道へと駆けだして行く。


「おいおいおいおい、これがスライムの親玉の咆哮っていうのかよ!?」


「えぇ、だから覚悟しときなさいよ? これから相手にするのは、この咆哮にふさわしい力を持ったモンスター。悠久の時間の中で数多のスライム達が一つに融合して生まれたと言われる伝説上の生き物。それが…………」


 言葉を切り、リシュアは坑道の向こうを睨みつける。そして、それはゆっくりとランタンの灯りに照らされながら姿を現した。


 直径がレイトの身長ほどもある巨大な青色をした半透明の正八面体のコア。宙に浮遊した状態のそれは一直線に広場の中心にまで滑るように移動すると、ピタリと制止し、淡い青色の光を放ち始めた。


 その光に呼応するように、溶けて液体と化し、地面に散っていたスライムの身体達が一斉に同じ光をその身に灯し、宙に浮かび上がると正八面体の表面へ引き寄せられながら、コアを包むように結合していく。


 美しいとさえ思える目の前の光景を、三人は広場の壁際に身を寄せ合って眺めることしかできなかった。


 そして、ものの一分と経たぬうちに、三人の目の前、広場の中心に、直径十メートルはあろうかという、一匹、いや、一体の巨大なスライムが周囲を青く照らしながら鎮座していた。


「それが、こいつ。カイザースライムよ……」


 実物を前にしたリシュアの言葉に、レイトとライナは二人してこう呟くしかなかった。


「いや……無理だろ……」


 




 





 






   


 


 


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