冒険者らしきこと(前編)
一行がトリネコに滞在を始めてから数日が経過しようとしていた。
レミィは未だ目を覚まさず、魔王軍が動き出したという知らせもなく、ただただ時間だけが過ぎていく。
ライナはいつ通りの食料集めへと出向き、リシュアは新たな魔法の模索、レイトは剣の素振りという流れをかれこれ五日は繰り返していた。
「……やっぱりレミィはまだ眠ったままなのか?」
滞在開始から一週間になろうかという朝、レミィのいる部屋から眠そうな目を擦りながら出て来たリシュアに、テーブルの皿にツバメ豆とジャガイモのスープを注ぎながらライナが聞く。
「……えぇ、まだ眠り続けたまま。魔法で体調の維持はある程度しているけれど……。彼女がショックからいつ回復するかはまだ分からないわ」
その問いに、リシュアは少し悔しそうな表情を浮かべて言った。
肉体の傷は治せても、心の傷までは治せない。その言葉の通り、レミィは未だに奥の部屋で、その両目を閉ざしたままだ。
回復の兆しも見えないまま、「明日になれば「おはようございます」と、あの声を聴くことができるのではないか」という一縷の望みの上で、三人はいつもの日々を始めていく。
だが、今日は、そのいつもの繰り返しから、大きく外れる事が起きた。
「…………そっか。目を覚ましたらとびきりの御馳走を作ってやらねぇとな」
そう言って笑いながら、彼女が席に着こうとした時だった。
「すまない! リシュアさんはいるかい!?」
ドンドンという激しくドアを叩く音と共に、焦った様子でリシュアを呼ぶ声が聞こえてきた。レイト達には聞き覚えのある声。このトリネコの村長、グリューダ=ガレルの声である。
「? どうしたのかしら、こんな朝っぱらから……って、ひゃっ!?」
ドアを開くなり、焦りに満ちた表情で、飛び込むように部屋へ入ってきた村長グリューダに、リシュアは思わず後ずさりした。
そんなリシュアの様子に、グリューダは肩で息をしながら申し訳なさげに言う。
「あぁ、驚かせてしまってすまない……。だが、緊急事態なのだ。私たちの村を助けて欲しい!! 頼む!!」
「ちょ、ちょっと待って村長さん!? 助けるって、一体何があったの?」
話の本筋がイマイチよくわからないものの、普段はポマードでしっかりと整えられているグリューダの白髪交じりの頭髪が、今日は寝起きのボサボサの状態のまま。服装に至っては寝間着の上に薄手のコートを羽織っただけという様子からして、何か相当な大事が起こっていることは確かだ。
「……あ、あぁ。すまない……。順を追って話そう…………。一杯だけ、水を貰えないかい?」
「え、えぇ。とりあえず中に入って」
リシュアに促され、グリューダは手足をわなわな震わせながら椅子に座り、冷たい水の入ったコップをレイトから受け取ると、それを一気に飲み干し、大きな溜息を一つ着いてから、事情を話し始めた。
* * *
「……なるほど、話はだいたい分かったわ。それじゃあレイト、早速だけど、出発の準備をしてもらっていいかしら。ランタンを忘れずにね?」
「……はいはい、三分で準備してやるよ。……しかし、村のすぐ近くにそんな場所があるなんて、危なっかしいな…………」
「……普段は奥の方で静かに暮らしている種族のはずなんだけどね……。とにかく、この村をよろしく頼むよ」
壁に掛けていた装備一式を降ろすレイトに、グリューダは土下座でもしようかという勢いで改めて頭を下げた。
グリューダの語った内容はこうだ。
トリネコの村から百メートル程離れた場所にある廃坑。そこは普段よりゴブリン達の住みかとなっているらしい。
とはいえ、そのゴブリン達はあまり好戦的な種ではなく、おまけに廃坑の奥深くを生活の拠点としているため、滅多に廃坑の外に出ることはなく、村にまでやって来ることは今まで一度もなかったのだという。
だが、どういうわけかそのゴブリン達が今朝方、武装自他状態で廃坑から飛び出し、その一部が村の数十メートル先にうろついている。その数ざっと百。
戦闘の知識のない村人では無駄に刺激して、村に攻撃の矛先が向く可能性が高く、かといって放置しておくわけにもいかない。
そんな状況に、幸か不幸か偶然居合わせたのは、冒険者であるレイト達。ギルド所属の冒険者ならばどうにかしてくれるだろう、という村人たちの判断の下、三人に白羽の矢が立ったというわけだ。
要するに、村の近くをうろつくゴブリン達の討伐と、ついでに廃坑内部の調査。これがグリューダからの依頼の大まかな内容であった。




