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side.ガルアス(前編)

 「ガルアス様。皇国各地への介入準備、万事準備完了しております。ガルアス様の命令一つでいつでも動かせます」


 大陸中心部を真横に分断する、ランヴェルト山脈の一角に聳える古城、リムレニア城の中心部、王の間の玉座に足を組んで座るガルアスの前に、魔王軍参謀のベルエル=グレムリアスが跪き、恭しい態度で報告する。


「そうか、ありがとう。……だが、まだ動かすには時期尚早ではないか? 人間の兵など基本は恐れるに足らぬが、ただ一つ、かの第三皇女、千剣姫とその直属の兵だけは侮れんからな」


 ガルアスは脳裏に一人の女騎士の姿を浮かべながら言う。


 数年前、まだルドガーの娘という理由だけで魔王の座にリシュアが就いていた頃、彼女に悟られぬよう秘密裏に戦争の為の綿密な調査と計画を行う途中で知った彼女の名は、ラウラ=F=ヴァンガルド。ミラネア皇国の第三皇女にして、千剣姫の名で知られる、皇国最強の精鋭部隊を率いる騎士である。


 ガルアス自身はラウラの戦闘を実際に目にしたことはないものの、その戦いぶりは各地の魔族の間では「先に彼女の姿を発見したなら即座に逃げろ、逆に発見されたのなら諦めろ」と語られるほどであった。


 中には思いあがった中級、上級の魔族達が忠告を無視して彼女の一人を狙って戦いを挑むものの、数分後、その場に立っているのは魔族の血で白銀の鎧を赤く染め上げた彼女一人。下級魔族に至っては、木の陰からあの白銀の鎧と、その上を腰まで流れる艶やかな金のロングヘアがのぞいた瞬間に回れ右して一目散に逃げ出す者も多いと聞く。


 おまけに、ラウラと上級魔族の戦闘の一部始終を影から観察していた勇敢なる一人のゴブリンによれば、彼女はヴァンガルド家に代々伝わる退魔の聖痕を受け継いでいるらしい。


 その聖痕の加護によって、ラウラは魔法攻撃への強力な耐性を持ち、中でも魔族が最も得意とする暗黒属性に対しては、ほぼ無敵と言っても過言ではない程の耐性を誇るのだという。


 もしも彼女を相手取った場合、かの歴代最強とさえ言われた先代、ルドガー=ヴァーミリオンでも、よくて互角までもっていくのが精一杯ではないかとガルアスはラウラの戦闘力を評価している。


 もちろん、これが過大評価であり、魔王らしからぬ臆病な思考だと非難の声が少なからず上がるであろうことは、ガルアス自身重々承知している。


 だが、自らが軍の頂点に立ち、戦の指揮を執ること以上は、自軍の被害は最小にせねばなるまいとガルアスは思う。そのためにも、ラウラと、彼女の率いる軍との戦闘は避けなければならない。


 臆病だ、卑怯だと言われようと、最終的に自軍に勝利をもたらすこと。それこそが王として、指揮官として最も大切なのだと。そのためには何か月、何年であろうとじっと息をひそめて機を待つ。そして、彼はそれを成し遂げる為に十分すぎるほどの忍耐力と統率力を有している。ガルアスとは、そういう男だった。


「……確かに、ガルアス様の言う通り、あの女騎士の軍勢を前に勝利を奪い取るには相当の犠牲を覚悟せねばならないでしょうな。…………幸い、春になれば、外海調査のために軍勢を率いて皇国を離れるという情報も届いております。あなた様の言う通り、ここはじっと待つのが得策でしょう」

 

「あぁ、ベルエル。お前も同意見であるのなら安心だ。ここはじっくりと皇都の動きを見なければな。直ちに各地に潜む配下の同胞へ今日の内に、その旨を伝達してくれ」


 相変わらず恭しい言葉遣いのベルエルに、ガルアスはそう伝えながら、まだ少しばかり慣れない玉座に深く座り直す。


 言葉遣いこそ遜ってはいるもののベルエルの同意が、決して保身の為ではないと、ガルアスは確信している。


 このアンデットが自分の意見を保身などというくだらない理由でひっくり返したりしないということは、ガルアス自身よく知っている。


 加えて、単純な戦闘力で言えば、ガルアスの方が圧勝するだろうが、こと軍の戦術の構築に関しては、かつてのルドガー率いる魔王軍の中にベルエルの右に出る者はいないかった。


 だからこそ、ガルアスは自らが魔王の座に就いた時、参謀役にベルエルを置いたのだった。


「御意。それではそのように伝達してまいります」


「よろしく頼む。…………あと、ついでに、いい加減その堅苦しい言葉遣いは止めてくれ。元は同じ四将なのだからな」


「……は。あ、いや。あぁ、分かったよガルアス。言葉遣いには気を付けよう。とりあえず伝達をすましてこよう。おそらく各地の部下達も、お前の意見を聞きたがっているだろうからな」


 若干ぎこちなくも以前通りの砕けた口調で言いながら手をヒラヒラと振って、ベルエルは王の間から退出した。


 おそらく明日にはまたあの恭しい態度と口調に戻っているのだろう、などと考えながら、ベルエルの背中を見送ったガルアスは玉座から立ち上がり、城の西側に面した窓に近づくと、所々錆びたそれを押し開いた。ギィという窓枠の軋む音と共に吹き込んでくる冬の冷たい風に逆らうように、少しばかり身を乗り出して眼下の景色へ視線を落とす。


 丁度遠くの山々に沈みつつある太陽が、山肌を覆う雪をオレンジに染め上げ、そのさらに下に広がるベルヘイムの森林領域を眩しく照らしていた。


 そんな景色を楽しみながら、さて、どうしたものかとガルアスは頭の片隅で思案する。


 ベルエルはともかく、他の四将を含め、配下の幹部クラスの魔族には血の気の多い者がかなり多いのだ。そんな彼らの不満をどう解消するかが、当面の自分の取り組むべき課題であろう。


 と、そんな彼の考えに答えるかのように、


「よぉ! 入るぜ、魔王様!!」


 荒っぽい大声と共に、王の間の扉が勢いよく開き、一人の獣人が酒瓶片手に入ってきたのだった。


「…………」


 いくら恭しい態度はいらないとは言え、少しはベルエルのあの丁寧すぎる口調を倣って欲しいものだと、深く溜息をつきながら、ガルアスは窓を閉めた。


 獣人の名はフェリル=ギムレー。ガルアスが新たに作った四将の一角を担う男である。

 






 


 


 

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