シャドウ・リターンズ
「……う、ここは……」
目を覚まし、身体を起こしたレイトの目線の先に無限の彼方まで広がる純白。左右も天地も区別のつかないその白一色の空間の中に、それはあった。
いたるところが崩れ、苔生した幾本もの石柱が、白の地面から列を成して生えている。そして、その石柱の列の向こう、計十二本の柱に導かれるように視線を上げたその先に、ほとんど金色が剥げ落ち、あちこちささくれ立って辛うじて椅子としての機能は生きているような古ぼけた木製の小さな玉座と、そこに足を組んで腰掛ける真っ黒で歪な人影。
人影だけに限って言えば、レイトは見覚えがあった。
「……またあんたに会うとは、今回もどうにか生きてみたいだな……」
ジルバでの時とは若干様子は違うものの、おそらくここはあの精神世界に間違いないのだろうと、石柱の向こうで偉そうに足を組む影に声をかけた。影ゆえに表情は分かりはしないが、玉座にゆったりと腰掛けるその姿は妙に様になっている。
その影が、相変わらず雰囲気に合わぬ気さくな声で答えた。
「やぁやぁ、また会ったね。まだ二回目だというのに私との再会を君の生存確認に使うなんて、君もなかなか適応能力が高いんじゃないかい?」
影はゆっくりと腰を上げると、陽気に花唄を歌いながらレイトの元へと歩み寄り、白の世界に座り込む彼の前に胡坐をかいて座る。
「そりゃあ、どうも。あんたの方も随分こっちの世界に馴染んでいるんじゃないのか? あんな玉座まで用意してさ」
「ま、それも君が二連続で無茶な強化魔法を使ったおかげだよ。それにしても、いいのかい? あのリシュアって娘から聞いたいたはずだろう? アレを使い続けていれば魔族化が進行していくって言う話を」
黒の下に隠された顔はどんな表情をしているのだろうか、影は少し憂いを帯びた声で言う。
頭の中にあの時の、そしてついさっきのリシュアの不安げで悲しげな声と顔が交互に浮かんでは消えた。
でも……
と、レイトはその悲しげな顔をかき消すように考える。
たとえ、このまま身体が人の道から外れたとしても、リシュアを、そして彼女の夢を守るために、もっと強く。偽りの魔王を打ち倒すための力が欲しい。と。
そんなことを強く思いながら、レイトはゆっくりと口を開き、静かに力強く言葉を紡ぐ。
「……あぁ、聞いたよ。でも、あの場面はあれに賭けるしかなかったんだ。結果的にそんな生死のギャンブルに二回とも勝利して、俺はここにいるんだ。現状最高の結果だと思うよ」
レイトの言葉に、影は数秒動きを止めた後、静かに頷いた。
「……そうか、君がそう言うのなら、私は何も言うまいよ。だが、人も魔族も、その本質は異質なものを嫌うんだ。それだけは覚悟しておいた方がいいよ」
そう安心したように言ってレイトの肩をポンと叩く影の向こうで、白の向こうから闇があふれ、玉座と石柱を飲み込むように迫ってくる。そろそろ目覚めの時間らしい。
「あぁ、忠告ありがとう。でも、まぁ。リシュアの目指す世界の理想はそんな暗い感情の生まれない世界らしいからな。むしろあんたの言葉で、そっちの覚悟も強くなったさ。……それにしても、今回は随分と早いんだな、この世界から目覚めるまでの時間」
「ま、この世界に時間の概念はないからね、用を終えれば閉じるのさ。……君なら彼女の願望も現実にできる気がするよ。私はそれを信じてここで君を待っているとしよう。次に会う時はおそらくこの空間ももう少し豪華になっているだろうからね、気兼ねなくおいで! それでは、チャオ!」
影はあの時と変わらぬ陽気な声とともに手を振りながら、迫りくる闇の中に吸い込まれるように溶けて消えていった。そのまま闇は止まることなくレイトを包み込んでいく。そして襲い掛かる耐えがたい睡魔。
「……さて、と。またビンタでも食らうんだろうなぁ……」
目を閉じ、そんなことを思い浮かべながら、レイトは意識をそっと闇の中へと投げ捨てた。
(あの子を、リシュアの事を頼むよ、レイト=ローランド君)
投げ捨てる直前。ふと、闇の中からそんな声が微かに響いたが、その言葉を考えるより先に、レイトの意識は現実世界へのゲートを潜り抜けていった。




