リシュアとレイト(中編)
亀裂が広がり、その向こうにロンディルシアとミュラーの姿がはっきりと見えた。
もう一度、あの感覚を思い出せ……!!
レイトはジーラフとの戦いで初めて強化魔法を発動したときのあの感覚を頭の中に再現する。体内の魔力を、自分の感覚だけを頼りに手足の先へと集め、エネルギーへ変換するイメージを、あのとき以上により速く、より正確に構築する。
ゆっくりと手足の末端が熱を帯び始め、それと同時に前回よりも密度を増した黒の紋様が腕を、足首を這うように広がっていく。
直後、二つの亀裂は完全に開き、中から上機嫌な様子のロンディルシアと表情のミュラーが姿を現した。
「やぁ、冒険者さん、それに元魔王さん。殺しに来たよ!」
「……そこの死にかけの出来損ないを捨てて逃げればまだ助かる道はあったかもしれないというのに、本当に君たちは間抜けだな」
口々に言いながら二人は両手をレイトに向け、オリジン・アーツの発動態勢に入った。
「……生憎だが、俺にもリシュアにも、レミィを見捨てるという選択肢は選べないんだ。冷徹なお前らと違ってな」
向けられた二人の両手、くらえば一撃即死は免れないあのオリジン・アーツを前にして、レイトは引かず、むしろロンディルシア達を挑発し、じっと動くべき時を待つ。
紋様はすでに腕と足全体に完全に広がり、まるで絵の具が滲むように、周囲の皮膚を灰色に染めていく。
「……ふーん。まぁいいや。そんな挑発も、その君の使おうとしてるその強化魔法か何かも、僕らのオリジン・アーツの前では無意味だからね。望み通り、三人仲良くあの世に行ってきなよ!」
「あぁ、これでそこの出来損ないとも永久におさらばになるのか、寂しいなぁ」
二人の両手にあの深紅と碧色の光が灯る。瞬間、レイトは動いた。
ロンディルシア達がオリジン・アーツを放つその直前。おそらく彼らが勝利を確信し、最も油断しているであろうその瞬間こそが最大の勝機であると。レイトはジルバでヴァルネロから学んだ戦術を実行した。
地面を踏み砕くほどの勢いで蹴り、一息にロンディルシアとミュラーへと疾走する。
肉体の限界を超えて強化された足が、十メートルという距離を瞬きする間もないほどの驚異的な速度で詰める。
「「!?」」
一瞬で目の前から消え、目の前に現れたレイトの姿に二人は驚愕の表情を見せるが、突然の状況に体の動きはついていかず、視線を向ける事で精一杯だった。
「ッハァッ!!!!」
そんな二人に肉薄したレイトは勢いよく両腕で二人の両手を上に跳ね上げる。
直後、勢いよく放たれた二色の光球は空を駆け昇り、木々の天井を突き抜けて、一瞬まばゆい紫の光を放ったかと思うと、轟音を轟かせて爆ぜた。
轟音が止まぬうちに、レイトは即座に二人の背後に回り込み、ロンディルシアの首筋に刃をあてがい、ミュラーの首を背後から掴み、低い声を作って言う。
「…………少しでも動いてみろよ。次は殺すぞ……」
「ひっ……」
怯えるミュラーの声。掴んだ首を通じてこの男がガタガタと震えているのがよく分かる。だが、一方のロンディルシアは全く逆の様子だった。首筋に当てられた刃の冷たさを感じてさえいないかのように、彼は笑う。それは諦めでも、恐怖でもなく、ただ本心から嬉しそうで、楽しそうな笑みだった。
そして笑いながら言う。
「あーあ。ミュラーったらこんな脅しで子犬みたいにガタガタ震えちゃってさ。ズボン、濡れてるんじゃないの? この冒険者の人、本気で僕らを殺そうなんて思っちゃいないのに。ね、そうでしょ? 本気なら、初撃で僕らの首を斬り飛ばすなりなんなりとできたもんね?」
「…………ッ」
ロンディルシアの言葉に、レイトは彼の首に当てた剣を握る手に力を込める。だが、刃はカタカタと震えるばかりで、一向に彼の首に傷の一つもつけられない。
「ほら、ね。いくら優れた剣だろうと、強化の魔法だろうと君に殺すつもりにがない以上はただのハリボテだよ?」
隣で涙目のミュラーがこれ以上挑発を止めてくれと言いたそうにロンディルシアに視線を送っているが、悪びれる様子もなくロンディルシアは続け、そんな様子にとうとうミュラーは一度ビクンと大きく身体を振るわせた後、ガクリと頭を垂れ、気を失った。
「でもまぁ、あんな速度で動ける強化魔法、きっと身体への負担もすごいはずだし、持続時間もそう長くないよね。だから、僕はそれまで隠れるよ。君の強化が切れるまで、ね。そのあとで本番にすることにしよう。ね、ミュラー……って、気絶してるんじゃあ仕方ないか。それじゃあ、その時までさようなら!!」
恐怖から失神し、ズボンにうっすらと染みを作るミュラーの姿を横目で見ながらロンディルシアは言った。そして、直後、彼の身体が一瞬ふわりと浮いたかと思うと、レイトが彼を捕らえる間もなく、そのままストンと地面に沈むように消えた。
「!?」
ロンディルシアを追って視線を下に移せば、いつの間に開けていたのか、地面に人ひとり通れるかどうかという大きさの転移用のゲートが丁度閉じていくのが見えた。




