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リシュアとレイト(前編)

 激しい振動と共に、遠くから轟音が響いた。


「!? 地震か……?」


「……ふぅ。危なかった……。今の振動であと少しでも手元が狂っていたら、取り返しのつかないことになるところだったわ……。今の、ライナのいる方向からだわ。それにかなりの魔力の変換も感知できた。あっちはかなりの戦闘になってそうね……」

 

 幾種類もの治癒魔法の魔法陣を複雑に重ね、絡ませて展開した両手をズタズタに引き裂かれたレミィの腹部に翳しながらリシュアはうっとおしそうに言った。


 ライナが身を挺して黒のエネルギーの奔流の中に作った安全地帯、すなわちライナの背後をレミィを抱えて慎重に移動した二人は、あの爆心から百数十メートル離れた茂みの中で今もなおレミィの傷の治療を行っている。


「……あとはライナを信じるしかないな……それよりも、レミィの方はどうなんだ……?」


「……命に別状はない。って言ったら嘘になるわ。ジルバであなたが強化魔法を使ってぶっ倒れたときよりも状態はひどいのよ。筋肉も神経も臓器も、みんないたるところで引き裂かれてグチャグチャで、皮膚も焼け爛れてる……おまけに脊髄まで損傷してる……。心臓と脳にそこまでダメージがないのが唯一の救い……ね」


 一応の処置を終えた腹部から手を放したリシュアは、その手を今度は両肩の付け根に翳す。


 医療の知識もその手の魔法も一切持たないレイトは、額に汗を滲ませながら治療を続けるリシュアを、そして死の淵で今も生きようともがくレミィの姿をただただ心の内で励まし、祈ることしかできなかった。


「……てっきり、リフレッシュなら一発でどんな傷でも治ると思ってたけど、違うんだな……」


「まぁ、そうね。あなたがヴァルネロとの特訓で負ったような、単純な傷なら簡単に治せるけれど、レミィみたいに広範囲に複雑な傷を負っている場合はそう簡単にはいかないのよ…………」


 魔法陣の下で、引き裂かれた筋肉と皮膚がゆっくりと修復され、露出していた骨を隠していく。


「腕や足の治療はまだ楽だけど、内臓が密集している部分の治療はかなり大変なの。おまけに、いくら魔法で清潔を保って入るとはいえ、さすがにこんな蒸し暑い森の中じゃ衛生的にかなり不安だわ。なぜか魔法の効きも悪い気がするし、この森を抜けてから、どこかの宿で改めてもう一度完全な治療をしないとね…………」


 時折レミィの傷口に張られた保護魔法の紋様の上を舞う羽虫を追い払いながらレミィが険しい表情で言ったその直後だった。


「アハハ。もしかして君たち、この森を生きて抜けられるとでも思ってたの?」


 そんな弾むような言葉が虚空から響いた。


「な!? この声は……」


 レイトは慌てて周囲を見回すが、あのブラックロータスの中にいた子供、ロンディルシアの人影は何処にも見えない。代わりに細い亀裂の様なものが十メートル程先の木の陰、その中空に二つ、ピシリと音を小さな鋭い立てて走った。

 

 ロンディルシアの弾むような声はその向こうから響いている。


「まったく、あのエルフの無敵さにはびっくりしたけど、アルヴィースが賢明に足止めしてくれているからね。僕らはゆっくりと、防御手段を持たない君たちを狩れるというワケさ」


 ピシリピシリと亀裂を広げながら、その向こうでロンディルシアは楽しげな口調で言う。


 ライナのいるであろう方向からは未だに激しい衝突と破砕の音が轟いている。


「……まずいわ……。まだレミィの治療は半分以上残ってるってのに……」


 破片を溢す二筋の亀裂を睨みつけながらリシュアが唇を噛む。治療の状態からしてレミィを担いで走ることも可能ではあるものの、ミュラーが出合い頭に放ったような広範囲の攻撃を受ければ、回避も防御も不可能で、三人仲良く天界行は免れない。かといって、レミィを見捨てて逃げるという選択肢はそもそも頭の中にはない。


 だが、そんなリシュアの悩みは、レイトの言葉で消し飛ばされることになった。


「……リシュア。治療すべき人数にもう一人追加しても、いいか?」


「!? 何を言って……って、レイト、まさかあなた。またアレを使うつもりなの!?」


 アレとはもちろん、ジルバでのジーラフとの戦闘でレイトが編み出し、使用した強化魔法の事に間違いない。本来長時間かけて身体強化のために消費する魔力を短時間に全て一気に使用することで恐ろしいほどの力を得られるが、その代償に、一気に流れることになる魔力に肉体が耐え切れず内部から身体がズタズタになるというほとんど自殺まがいの魔法である。


「……バカなこと言わないで。あの時も言ったでしょう!? もう一度治療を成功させられるかはわからないって。……それにあなたの身体の変異の事もあるのよ? わかってるの!?」


「あぁ、わかっているさ。だけど今はそれが最善策だ。お前だってわかっているはずだ」


 そう言いながらリシュアを見つめるレイトの眼は、もう完全に決意を固めているようだった。


「…………わかった。…………でも、あなたに人が殺せるの? ジーラフやドラゴンを相手にしているのとは訳が違う。相手もあなたと同じ人間よ? それをわかったうえで、あの魔法を使って、二人と殺りあえるの?」


「……さぁな。でも、ライナもここにいないこの状況で俺が戦わないとレミィはここで死んじまう。それだけは確かだ」


 そう言い残してレイトはリシュアとレミィを守るように二人と亀裂の間に立ち、静かに剣を抜いた。

  












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