黒蓮華は凄惨に(後編)
「これであいつらも骨まで崩れてなくなってるんじゃないかな?」
原初の神嵐旋を放ち続けながらロンディルシアが弾んだ声で言った。
三人が放ち続ける三種三属性のオリジン・アーツが生み出す黒の奔流はライナ達の姿を飲み込むには留まらず、彼女たちの背後の木々までも飲み込みながら遥か彼方まで螺旋を描きながら伸びている。
「そうだな。……やっぱりあいつの死体を拝めないのは至極残念だけど。四人同時に仕留められたと考えれば、まぁ仕方ないか……」
と、残念そうにミュラーが答える。しかし。
「……」
三人の中で唯一、アルヴィースだけは無言のままじっとライナ達を飲み込んでいる黒の光の中心を見つめていた。
「……? どしたの、アルヴィース。いつも以上に険しい表情しちゃってるけど」
「……違和感だ。妙な抵抗を感じる。お前たちは感じないのか?」
「うーん。よくわからないけど、一番感覚の鋭いアルヴィースの言うことだもん。きっとそうなんでしょ。……だけど、もしもそれが本当だとして、まさかこの攻撃を防げるほどの魔力障壁をあのエルフが使ったってこと?」
「まさか。詠唱はおろか、魔法陣の構築すら確認できなかったんだぞ? いくら何でもそんな状態で障壁を展開できるはずは……」
ロンディルシアとミュラーが、半ば信じがたいと言わんばかりの視線をアルヴィースへと送る。
「さあな。確かめてみないとわからん。万が一に備えて、直ぐに次の攻撃に移る用意だけはしておいた方がよさそうだが?」
アルヴィースは相変わらずの感情の読めない表情でそう言いながら、フッと両手を降ろす。
その動きを追って、ミュラーとロンディルシアも両手を降ろした。三人の術者からのエネルギーの供給を失った「黒」が急速にその密度を薄れさせていく。
果たしてアルヴィースの予感は的中していた。
「ウソでしょ!?」
「まさか、本当に……!?」
口々に驚愕の表情を浮かべるミュラーとロンディルシア。
「……やはり、か」
アルヴィースはやはり無表情で呟いてはいるが、その頬、刻まれた黒蓮華の上を一筋の汗がツゥと流れていく。
薄れゆく黒の中で腕を組んで立っているエルフの影が徐々に鮮明になっていく。そして、完全に黒が消えた。
「……いったい、どういうことなんだ……」
目の前にはっきりと姿を現したライナの姿にミュラーは口元を歪ませながら溢す。
ライナが体に纏っていたマントは今や襤褸切れ同然にまで変わり果ててはいるものの、すらりとしたその身体には一切の傷はない。
「……お前らの攻撃なんざ、私にはまったく効かねぇよ……!!!」
そう吐き捨てながら、ライナは地面を強く蹴り、拳を握りしめてミュラー達三人目掛けて駆け出した。
「二人とも避けて!!」
左へ跳びながら叫ぶロンディルシアの声にミュラーは右へ、アルヴィースは後ろへと跳ぶ。その直後、
ドガァッ!
目標を捉え損ねたライナの拳が、そのままの勢いで地面を抉った。
「ロンディルシア、ミュラー。この機を逃すなよ。原初の大神雷」
偶然にもライナを前と左右から囲む形の配置をチャンスと見て、アルヴィースは二人への支持を飛ばしながら、即座に攻撃に転じる。
「もちろんだ。原初の大神炎!」
「三方向からなら!! 原初の大神嵐っ!!」
再びあの三属性のエネルギーが、今度は敵を貫く槍へと形を変えてライナを三方向から襲う。が、しかしライナは迫る槍には目もくれず、三人をただ睨みつけた。直後、
バキィン!!!!
三本の槍は鋭い音と共に砕け散り、紅、碧、黄の三食の光の粒子となって宙に溶けて消えた。
「……効かねぇって、言っただろ!!」
槍の消滅と同時にライナは怒りに満ちた声で叫ぶと、素早く身体をミュラー目掛けて駆けた。
「ミュラー! 危ない!!」
「え?」
数あるオリジン・アーツのエネルギー形態の中でも最強クラスの貫通力を誇る槍でさえ傷一つ与えられないという事実に、一瞬思考が停止したミュラーがロンディルシアの叫び声で我に返った時には既に遅く、右の拳を引き絞り、鬼の様な形相で彼の顔を睨みつけるライナが目の前にいた。
「まずはあいつをバカにしたお前からだっ!!!!!」
レミィをあそこまでボロボロにした挙句、幾度も幾度も彼女を出来損ないと罵ったミュラー。彼に対する怒りを全て込めて、ライナは渾身の正拳突きをその腹部の中心目掛けて炸裂させた。
「ウボェェェェェッ!?」
ガードも回避もする暇なくライナの拳を受けたミュラーは口から体液を噴き出しながら数メートル後ろに吹き飛び、涙目で腹を抑えてのたうち回る。
「うぁぁあ!? 痛いッ!! クソがッ!! ふざけるなよ!!! 消えろッ消えろッ!!」
ミュラーは完全にそれまで被っていたクールなマスクを崩し、ライナ目掛けて罵声と共にオリジン・アーツを連射した。
撃ちだされた無数の炎の光球が、ライナの身体で炸裂する。が、本来なら一発で岩すら消し飛ばす威力の光球の連撃も、ライナの前では全くの無意味。むしろ彼女は光球の炸裂を押し返す勢いでミュラーへと向かって歩き出す。
「ひっ、ひぃっ!?」
徐々に迫ってくるライナへの恐怖に、ミュラーは情けない悲鳴を漏らしながら手足をバタつかせて後ずさる。しかし、ライナはそんな様子に一切の哀れみの眼差しすら向けることなく、ただ怒りの炎を宿した眼で彼を睨みつけて、確実にその距離を縮めていく。
そして、ライナの手がミュラーの襟を掴まんと伸びたその直後だった。
「巨神流星砲!」
「うわっ!?」
ミュラーの魔法名の発言と同時に、ライナの真横に展開された巨大な土色の魔法陣から勢いよく射出された巨岩が彼女を十数メートル横に生い茂る木々の中へと弾き飛ばした。
「今のうちに早く残りの標的を追え、ミュラー、ロンディルシア。奴らはまだこの熱帯領域の中にいるはずだ。このエルフは俺が引き付けておく」
「わ……わか、わかった!! 恩に着る!!!!」
「それじゃあガルアスの依頼の方は任せて! 直ぐに消してくるよ!!!」
アルヴィースの提案を呑んだ二人は即座に転移用の空間の裂け目を生み出してその内部へと消えた。
二人が消えるのを見届けてから、アルヴィースは深くため息をついてから、先程ライナが消えた茂みの方へと視線を向けて言った。
「……さて、と。どうせ、今の攻撃も効いてはいないのだろう?」
その言葉に答えるように茂みがガサガサと揺れ、中からすっかり裸になったライナが苛立った様子で現れた。
「……当たり前だ。さすがに驚きはしたけどな。……って、あいつもういねぇし!! おい、そこの。残りの二人は何処へ行ったんだ!?」
「……ミュラー達なら残りの標的を仕留めに転移で消えた。魔法の使えないお前には追いつく術は無い」
ライナの裸にも、彼女が無傷ということにもまるで無関心な様子でアルヴィースは淡々と言った。
「…………あー、気付いたのか。私が魔法を使えないってことに」
「ま、あれだけの魔力を体の周囲に纏っているのにも関わらず体内の魔力回路の流れが感知できなかったのだからな。とはいえ、それが分かったところで俺の攻撃ではお前にダメージを与えることが不可能であることに変わりはないだろうが……」
言葉を区切り、アルヴィースはしゃがみ込むと右手を地面に触れ、再び土色の魔法陣を展開した。
「……何をする気だよ。私には何をやってもダメージを与えられないって、さっき自分で言っていたくせに」
アルヴィースの構築した魔法陣は急速に面積を増し、十数メートル先のライナの足元をも超えてなお広がっていく。
「あぁ、確かにダメージは通らん。だが、先の巨神流星砲の攻撃で、少なくともお前に物理的な力の作用は通用することは確認できた。ゆえに……」
地面に広がる魔法陣が一気にその輝きを増してゆく。
「お前を弾き飛ばし、足止めすることは可能だ。封印せし巨岩櫃」
直後、魔法陣の淵から巨大な岩々が勢いよくせり出し、半径二十数メートルにおよぶ巨大な円形の壁を形成する。
「……私をリシュアのところへ行かせないつもりか……」
「あぁ、そうだ。万が一ロンディルシア達が標的を仕留める前にお前が追いつくと厄介だからな。俺の魔力が尽きるまで、ここでじっとしていてもらおう」
両手に別の魔法陣を展開しながらアルヴィースは心なしか嬉しそうな表情で言った。
「……仕方ねぇ。速攻でお前をぶっ倒して、リシュア達のところへ行かせてもらう!!」
両の拳を握りしめ、ライナは地面を蹴った。