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黒蓮華は凄惨に(中編)

 「……うぅ、クソっ……いきなり何が…………っ!?」


 突然襲ってきた衝撃波に、受け身をとることもできずに吹き飛ばされたレイトは呻きながら身体を起こし、周囲の状況を見て、絶句した。


 静寂が周囲を満たしていた。


 爆心から半径約十メートルにわたって、あれほど鬱蒼と茂っていた草木は跡形もなく、代わりにその名残たる黒い灰が地面に積もってチロチロと赤い炎を燻らせ、緑一色の天井に穿たれた巨大な穴からは見慣れた灰色の曇り空がその姿を覗かせている。


 爆風はこの領域を満たしていた熱気と湿気も消しとばし、静寂の後ろからは冬本来の寒さが姿を現しつつあった。


 そんな円の中心、爆心地にあたるその位置で、血だまりに沈むレミィの姿があった。


「痛ぅ……一体何が起こったっていうのよ…………え……」


「なっ……!? おい、レミィ!!」


 一泊遅れて身を起こしたリシュアとライナも、周囲の状況と、そして視線の先の変わり果てた彼女の姿に言葉を失う。

 

「……あ……うぁ…………よか……っ……です………みなさ……無事、で………」


 薄れる意識の中で皆の声を聞いたレミィは、うわ言のようにそう言葉にならない声を溢している。


 海神の紋章障壁(ポセイドン・バリア)で受け止めきれなかった分の原初の大神炎(エクスプロードシード)の熱量と衝撃波をほぼ零距離で受けたのであろう彼女の身体は、まだ息をしていること自体が奇跡としか呼べない状態だった。


 真っ黒に焦げ付きぼろ切れ同然となった衣服の下でレミィの身体は火傷で全身が爛れ、いたるところに刻まれた深い裂傷からは骨がその白い肌を覗かせている。傷からは血がどくどくと溢れ、確実に彼女を死へといざないつつあるのは確実だ。


 「……まだ息があるなら助けられるかもしれない……! だけど……」


 リシュアの睨みつける先に、あの黒いフードを被った男が立っている。


「やぁ、冒険者の皆さん、こんにちは。俺の名前はミュラー。そこの出来損ないの双子の兄でもある、以後、お見知りおきを」


 ミュラーと名乗りフードを脱いだ男の頬にはあの黒蓮華の入れ墨が刻まれていた。双子というだけあって顔つきこそレミィと似てはいるものの、長く伸びた前髪から覗く目は、人間とは思えない化け物染みた狂気を宿している。

 

 「……てめぇ、妹をその手で殺すのかよ!?」


「あぁ、そうさ。オリジンアーツもまともに使えない奴は一族の恥だからね。せいぜい死体を魔法実験の材料に使うか、それくらいしか出来損ないの妹(レミィ)には価値はないのさ。だから、そこの魔族のお嬢さんも、こいつを治療するなんて無駄な行為はやめておけ」


「……ッ! ふざけないで!! この子はもうそっち側の人間じゃないんだから!! っ!?」


 ミュラーの言葉を拒絶して、レミィに駆け寄ろうとしたリシュアの目の前の地面がボンっと爆ぜた。


「やめろ、と言っただろう? こいつは今から死ぬんだから、その最期ぐらい兄として見届けさせてくれないかな? ターゲット以外の人間を故意に殺す趣味はないんだ」


 あの深紅の眼の埋め込まれた左手をリシュア達に向けながらミュラーは口元に穏やかな微笑を湛えて言う。その穏やかさの裏には狂気染みた殺意が見え隠れしている。

 

「……っ……」


 先のあの威力の魔法を放たれればもうどうしようもないと、リシュアはレミィへの一歩を制止せざるを得なかった。爆発の直前にレミィの使ったあの障壁魔法は数多の防御系魔法の中でも最上位に入る障壁で、なおかつ炎系に最も効果的な水属性のものだった。詠唱破棄での発動とはいえ、あれが突破された以上はリシュアにはミュラーの原初の大神炎を防ぐ術は無い。


 ただただ死へと落ち行くレミィを眺めるしかないのかと、リシュアは両の拳を握りしめる。


 それはレイトもライナも同じで、一ミリでもレミィに近づこうものなら即座にミュラーはあの攻撃を使うに違いないと唇を噛んで機を待つしかなかった。


 が、幸いにも、その最大の機は直後に訪れた。


「ったく、何バカなことを言っているのさ、ミュラー。そいつらもターゲットに入っていたじゃないか。あの上から目線の顧客(ガルアス)の依頼の方だけどさァ」


「そうだ。だいたい、襲撃はこのクソ暑い領域を抜けた直後にする予定じゃあなかったか? まったく、先走るなとあれほど言っておいたというのに。少しはお前の転移の痕跡を辿るこちらの身にもなってほしいものだ」


 ミュラーの背後の空間が裂け、内部から二人の男が口々に文句を言いながら姿を現した。そのどちらも、頰にはあの刺青を刻んでいる。


「あぁ、悪かった。だけど、あの出来損ないを見ていると、どうにも衝動が抑えきれなくてね……それはそうと、彼らがあのガルアスの言っていたターゲットなのかい? ロンディルシア」


 二人の男の内の小さい方、ロンディルシアという名らしい、レイトよりも二、三歳は年下に見える金髪の少年にミュラーはとぼけた様子で尋ねた。


「もしかしてミュラー、ガルアスが用意した写真、見てなかったの? あなたで間違いないよね? リシュア=ヴァーミリオンさん?」


 ミュラーとは別の種類の狂気染みた眼つきでロンディルシアはリシュアに語りかけた。


「さぁ? もし違うと言ったらどうなのかしら?」


「? 変なこと聞くんだね。もし君が本物のリシュア=ヴァーミリオンじゃないとしても、一度でもその疑惑を僕が抱いたなら、殺すしかないでしょ。疑わしきは殺せってやつだよ。まぁ、本当に違っていたら、お墓くらいは建ててあげるよ」


 まるで歌を歌う子供のようにユラユラ揺れながらロンディルシアは左手に嵌めた手袋を外し、あの深紅の眼を露わにして隣に佇む銀髪の背の高い男を見上げて言う。


「それじゃあミュラー、愛すべき出来損ないの最期の姿はちゃんと目に焼き付けた? そろそろ終わらせるよ。アルヴィースも、合わせてね?」 


「承知した」


 ロンディルシアとは真逆に、感情の一切を感じられないような表情と口調でロンディルシアに頷いたアルヴィースは上着のボタンを外し、胸部を露出させた。


 そこに、あの眼はあった。胸の中心、丁度心臓の上あたりにルビーの様な眼が一つ、ギョロギョロと蠢いている。


「はぁ……もう少し(出来損ない)の最期を見ていたかったけど、君の言うことなら仕方ないな」


 残念そうに答えながら、ミュラーもロンディルシアの方に目線をやって小さく頷いた。この瞬間こそが、最大の「機」だった。


 ミュラー、ロンディルシア、アルヴィース。彼ら三人の目線が一瞬リシュア達から逸れたそのタイミングを見逃さなかった者が一人いた。ライナだ。


 ようやく訪れたほんの一瞬の隙。その一瞬を掴まんと、ライナは思い切り地を蹴り、横たわるレミィの前へと跳躍した。


 「レイト! リシュア! レミィを連れて逃げろっ!! ここは私が食い止める!!!」


 敵からレミィを守るように彼女の前に大の字で立ち塞がりライナは叫ぶ。だが、ミュラー達三人は一瞬だけ驚いた表情を浮かべたものの、すぐに元の冷静さを取り戻し、その両手を一斉に彼女に向けた。


「ハッ、なにが「食い止める」だ。さっきの俺の攻撃をくらわなかったわけじゃあないだろう? 君の様なエルフ一人が身を挺したところで結果は同じだと思うけどね。今度はロンディルシアとアルヴィースも加えて三人分、一点集中型でいく。防げるものなら防いでみるといい。」


 向けられた三人の掌には、それぞれ握り拳程の大きさの深紅、碧色、金色の光球が体内で変換された大気中のマナを受け取って、眩いばかりの光を放っている。


「無茶よ!! 最上位の障壁結界ですら防ぎきれなかった攻撃よ!? いくらあなたでも耐えられるはずがない!! 約束を破って死ぬつもりなの!?」

 

 リシュアの言葉にライナは振り返って笑った。


「悪いが、魔法の事は詳しくないんだ。ただ、一つだけ自信を持って言える。私は、死なねぇ。そう約束したからな。……だから、ここは私に任せてリシュアとレイトはレミィを連れてここから離れろ。大丈夫、後でまた会える」


 その顔は、ついさっきまでの死を欲していた彼女のものとは違っていた。ただ純粋にレミィを守りたいという意志と彼女を出来損ない扱いしたミュラー達への怒りが、その笑顔の奥に燃えていた。


「……わかった。それじゃあ、この場は……任せるわ。レイト、レミィを安全なところまで運んでくれるかしら、私はその間に応急処置をするから!!」


 急いで治癒魔法の魔法陣を構築するリシュアと、もう言葉を紡ぐ力すら無いレミィを抱き抱えるレイト。その行動をミュラー達は鼻で笑いながら、三人同時に光球のエネルギーを解き放つ。


「まぁせいぜい最後まで足掻いてみな。原初の大神炎(エクスプロードシード)!」


「じゃあね!冒険者さん達!! 原初の神嵐旋(ケラノス・ボルテクス)!!!!」


「……原初の大神雷(インドーラ・レイ)」  

 

 炎、雷、風。ミュラー達によって極限まで高められたそれら三属性のエネルギーは混ざり合い、螺旋を描いて一つの巨大な黒い光の奔流となってライナと彼女が守るリシュア達へと一切の揺らぎなく一直線に宙を駆け、四人を瞬く間にその黒の中へと飲み込んだ。


 





 



 






 


  



 

 



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