単細胞と魔法使い
「……なんか、悪いことしちまったな……。後で、きちんと謝ってやらねぇと……」
リシュアからレミィの過去を一通り聞いたライナは背中で眠る彼女の、涙の乾いた後が残る頬をそっと撫でながらそう呟いた。
「えぇ、それがいいと思うけれど……。きっと今のライナじゃあの子は許してはくれないと思うわ。命を捨てるために旅するあなたじゃね?」
「えぇ……そんなぁ……」
「当たり前でしょ? あの子のあの涙と叫びは、多分あなたのその考え方へのどうしようもないやるせなさから来てるんだと思う」
ソルムで出会ってから、初めて見るような険しい顔でリシュアはライナをじっと見つめながら言う。
「一族から「出来損ない」と言われることも、ましてや命を狙われることもないあなたが羨ましくて、それなのに当たり前のように死を欲しがるあなたのことが許せなかったのよ。だから、本当にレミィに許してほしいと思うのなら、自分から命を捨てに行くようなバカな真似は止めること。いいわね?」
「……うーん……でもなぁ。あんなカッコつけた置手紙もして来たって言うのに、たったの10年で帰るのもみっともないし……かといって私の名を遺すことのできる事なんてそうそう転がっていないだろうし……」
リシュアの説教の前に頭を抱えて悩むライナ。一見ふざけているようにも見えるが、きっと、見るからに単細胞な彼女なりの真面目なのだろう、とリシュアは胸の奥底で小さく溜息をついた。
(……はぁ。バカ正直というか頑固というか…………。でも、これなら……)
「……要するに、何か名前を遺せるような大きな事を成し遂げられれば、さっきみたいな自殺行為は止めるっていうことでいいのよね?」
「ん? そう言うことになるかな」
「じゃあ、問題ないわね。ちょうど私達はその「名を遺すことのできる事」へのチャンスを握っているんだから」
「?」
「魔王を倒して世界に平和をもたらした冒険者として名を遺す。これ以上に大きな事ってあるかしら?」
「……魔王を? この私が?」
「そ。正確には、私達、だけどね。私もレイトもレミィも、その為にこうして旅をしているの。だから、あなたも一緒に来ない? それならあなたも人知れず死ぬ、なんて結末を探す必要もないでしょう?」
それに、とリシュアは言う。
「こんなことを言うのもあれなんだけど…………集団の中で一人だけ浮いた存在っていう共通点を持つものとして、できればレミィの心を癒してあげてほしいの。……どうかしら。もちろんそれでも死を捨てきれないのなら、私にこれ以上引き留める権利はないけれど」
「……よぉし。わかった。いいぜ、私もその魔王討伐のメンバーに入れてくれよ!。名前も遺せて、おまけにレミィを元気にできるんなら、こっちの方がただ単に死ぬよりも断然にお得だしな! 何せやることが二倍なんだから!」
「……最後の方何言ってるのかさっぱりだけど……とりあえず、これからよろしくね?」
謎理論のもと、パーティーへの加入を即決したライナの溢れんばかりの単細胞っぷりに、そこはかとなく淡い不安を覚えつつも、リシュアは笑顔と共に改めてライナの手を握った。
「おう! よろしく、リシュアにレイト、それと…………レミィ!」
呆気にとられるレイトを他所に、ライナは彼の手を握ってブンブン振った後、この喧騒の中でも背中で寝息を立てるレミィの頭をバシバシ叩きながら名前を呼ぶ。
「!? ひゃっ……ひゃいっ!? 私、いつのまに眠って……って、ライナさん!?」
まだ片足を夢の中に突っ込んだまま、自分の状況を把握しきれない様子のレミィ。そんな彼女にお構いなしに、ライナは元気な声であいさつから始める。
「おう、おはよう! たった今から私もこのパーティーにお世話になることに決めたんだ! てことで、よろしく!」
「……あ、はい。よろしくお願いしま………………って、えぇっ!? ライナさんが? 私達と一緒に!?」
「? 何か変なこと言ったか? 私」
「い、いえ。ただ、その……ライナさん。死に場所を探してるって言ってたので……」
「あぁ、それなんだけどな。大丈夫さ」
再び表情に影が落ちかけたレミィの頭にポンと掌を乗せてライナは屈託なく笑う。
「そっちの結末はひとまず無し。今の私の描く結末は、魔王を倒したエルフとして世界に名を刻むエンド一択だからな!! それじゃあ早速、魔王討伐に出発だ!!! 行くぞ、おーっ!」
「お、おー!」
ライナの放つバカっぽく威勢の良い言葉たちのおかげか、彼女の背中に捕まって、苦笑いしながら掛け声を合わせるレミィは、心から笑っているようだった。
そんなことにはこれっぽっちも気づいていないであろうライナはレミィを背中に乗せたまま、陽気に鼻唄を歌いながらズンズンと草木を掻き分けて進んで行く。
「……とりあえず、あれでよかったのよね……?」
ライナとレミィの背中を追って浮遊しながら、リシュアは隣を歩くレイトにそう尋ねた。
「まぁ、レミィも元気そうだし、ライナをメンバーに引き込んだのは正しい選択だったと俺は思うよ。というかリシュア、お前もしかして最初からパーティーに引き入れるつもりだったんじゃないのか?」
「そ、そんなわけないでしょう? レミィの存在がなかったらあそこまで説得しなかったわよ? そりゃあ、最初に人食いカズラを引き裂いて出てきた時のあの無敵染みた防御力はいい盾役になるだろうとは思ったけれど……」
「へぇ? どうだか」
「な、なによその言い方は!?」
「いやぁ? なんでも? ……というか、あいつらの進んでる向き、アイリスアイスの方じゃないか?」
「え!? 嘘!? って、本当に真逆じゃない!? あいつらもう一度温泉にでも入ろうってつもりなの!? ちょ、ちょっと前の二人、止まりなさい! 行く方向そっちじゃないから!!!」
慌ただしく叫んでライナ達の方へと飛んでいくリシュアを見ながら、レイトは小さく溜息をついた。
「……こりゃあ騒がしくなりそうだ」
溜息をつきながらもそんな喧騒にどこか心が弾むような、そんな感覚に無意識のうちにレイトはフッと小さく微笑んでいた。
だが、この時誰も知らなかった。レイト達の数十メートル後ろの空間が小さく裂け、その裂け目から漆黒のフードを被った人影が三つ、音もなく地面に降り立っていたことを。
「ようやく、見ぃつけた」
遠ざかっていくレミィの背中を凝視して、人影の一つはそう呟いた。