強酸性エルフ(後編)
「さてと。あれだよな、私がどうやってあのモンスターの消化液浴びて無事だったかってことの説明だよな?」
レミィの作り出した雨で、つま先から髪の先まで、全身を濡らしていた消化液を洗い流してから、レミィのマントを羽織ったライナが地面に胡坐をかきながら言った。
「そ、それにさっきの「そもそも魔法が使えない」って発言も気になるわ」
「おーけーおーけー。どのみち両方とも関係している話だからな。ま、手短に話そうか」
パンっと手を打ち鳴らし、ライナは話し始める。
「まずはそもそも魔法が使えないって話だけど、あれはそのままの意味だ。私は生まれつき魔法を扱うための器官、ほら、なんつったっけな……あ、そうそう魔力回路。その回路が未発達というか、ほぼ身体の中に存在しねぇらしいんだ。だからいくら頑張ったところで最低レベルの魔法すら使えねぇのさ。世間じゃエルフって言やぁ魔法ってイメージだってのにな。ハハハッ」
自虐的に言いながらもライナは影一つない笑顔を見せて続ける。
「で、回路がないくせに魔力生成能力だけは人一倍だった私の身体からは絶えず蓄積しきれない魔力がドバドバ溢れてんだけど。それがどうやら超高密度の魔力の鎧となって私を内両方から覆っているらしい。みたいな話をばあちゃんがしてたんだ。理屈は分かんねぇんだけどな~。ハハハハハ」
「……なるほどね。話の筋はだいたいわかったわ。だけど、それでもどうしてもわからないのは、さっきのあなたの行動よ。どうして自分から喰われに行くような自殺まがいの行動をしたのか、それだけが分からないのよ」
「あ、そのことか。探してるんだ。私自身の死に場所ってやつを」
「「「!?」」」
軽い。本当に軽い口調でライナはそう笑いながら言った。そんな彼女の顔にはやはり一切の黒い影はなく、ただ「これが私の信念だ」と言わんばかりの決意が僅かに見え隠れしている。
「……死に場所……? どうしてですか……?」
ライナとは対照的に、黒い影に満ちた表情をして、レミィが尋ねた。
「あー……、どうしてって言われてもなぁ。ほら、私ってば魔法を使えない、いわば「出来損ないのエルフ」だろ? そんな私の存在はきっと故郷の皆に、エルフのイメージにとって邪魔だから、私は私のエンドを見つける旅に出たんだ。誰にも見つからない場所で人知れず死ぬエンドか、それとも何かでっかい事を成し遂げて「すごい奴」として名を遺すエンド。そのどちらかを私は探してる」
「……出来損ないって……家族に?」
レミィは声を震わせる。ライナからは見えないが、彼女の手は爪が食い込み血が流れる程に強く握りしめられている。
「いや。誰からもそんなことは言われてねぇよ。ただ、ある日思っちまった。狩りの時も、儀式の時も、小さいころからずっと私は後ろで見ているだけ。みんなは気を遣ってくれていたけど、きっとみんなにとって私は邪魔な存在でしかないって。そう思いだしたらもうどうしようもなくなって、十年前、置手紙を残して故郷を飛び出したんだ。」
「…………どうして、ですか…………」
「え? なんでって、そりゃあ一人だけ魔法も使えない奴がいたら誰だってそう思うんじゃないか? きっとどこかでそう思っているは……!?」
バチン
そんな音がライナの言葉を遮った。
レミィだった。今にも泣きそうな顔をしたレミィがライナの頬を血で濡れた左手で思い切り叩いていた。
「どうしてっ! どうして自分の事をそんな風に言うんですか!!! 自分の価値を勝手に決めつけて死のうなんて……そんなの…………そんなのって、うぅっ……」
「いきなり何を……」
突然のレミィの行動にライナは戸惑った様子でぶたれた頬に手を当てた。魔力の鎧のせいで、感じるべき痛みこそないが、微か。に残る衝撃が彼女のビンタの力強さを物語っている。
「……そんなのって、ないじゃないですか!! 本当に邪魔だと思われていたかもわからないのに、一人で……一人で勝手に思い込んで死に場所を探すなんて……っ!」
レミィの中に膨らみつづける悲しみ、苦しみ、寂しさ。それら全ての感情が、ライナの笑顔と自虐じみた言葉にあてられて一気に噴き出していた。
だが、噴き出せば噴き出すほどにレミィの内の感情の膨らみは激しさを増していくようで、血にまみれた掌で胸を押さえて俯いたままの彼女の周囲の空気がビリビリと震え始めた。
「……このままじゃまずいわね……レミィは自分の心の傷を自分自身の言葉で広げ始めて、感情の昂ぶりに彼女の魔力が共鳴し始めてる……」
「共鳴?」
「えぇ、そう。あのまま放っておけば体内の魔力が勝手に術式を構築して、意思とは関係なく魔法を放ちかねない……!」
厳しい表情で説明しながら、リシュアはレミィの背後にそっと近づいて彼女の後頭部にそっと掌を翳す。
「……しばらく夢でも見て眠ってなさい……」
「あ…………」
ポゥと、リシュアの掌が桃色の光を放った直後、レミィは一瞬ビクンと身体を跳ねさせた後、そのまま地面へと膝から崩れ落ちた。
「っと、あぶねぇ。それにしても、いったいどうしたってんだ?」
そんな彼女の身体をライナは咄嗟に抱き止め、少しの間湿気で濡れた地面とリシュアの催眠魔法で眠るレミィを見比べた後、彼女の身体を抱き抱え、ヒョイっと背中に背負う。
「ありがとう……ごめんなさいね。急に驚いただろうけど、レミィにもちょっと複雑な事情があるのよ……。あなたと似ているようで似ていない、そんな事情がね」
「……そっか。……よかったら、聞かせてくれないか? その、事情ってやつを、さ。私の言葉のせいでこの子をあんな気分にさせちまったのなら、私はきちんと謝らねぇとな」
さっきまでの様子が嘘のようにスヤスヤと自分の背中で眠るレミィをチラリと見て、ライナは言った。
「……えぇ、もちろんよ。と言っても私もレイトも彼女の口から聞いただけだから、詳しいことは言えないかもしれないけれど」
深呼吸を一つしてから、リシュアはゆっくりと語り始めた。