強酸性エルフ(中編)
「……いや、知らない……というかそれ以前にあなた誰なのよ。そしてどうしてあの消化液の中で無傷なのか教えてほしいんだけど……」
逃げることを諦めたリシュアが見るからにうんざりした表情で聞き返した。
その判断はきっと最善の答えに違いない、レイトは思う。おそらくあのエルフの質問を無視して逃げた場合、きっとあの即死級の消化液にまみれた体で追いかけ回されるのだろうと、根拠こそないものの本能的な部分が警告している。
「あ、そういえば自己紹介がまだだったな。私の名はライナ=アルシオン。まぁ適当にライナとでも呼んでくれて構わねぇよ。今は適当にこの大陸中をぶらぶら旅してるんだ。年は151と4か月。出身はハルスニアの森で、趣味はえーっと……「はいはい。それだけ教えてくれたら十分よ、十分」」
起き上がってこちら側へ歩み寄りながら趣味まで語り始めたところで、リシュアがさっきよりも一層うんざりした顔でライナの歩みと話を遮った。
「私の名前はリシュア=ヴァーミリオン。リシュアでいいわ。それで、隣のこいつがレイト、その隣がレミィよ。一応……よろしくね」
「おう! よろしく!」
屈託の無い満面の笑顔で握手を求めるライナ。言うまでもなくその手からはあの超強酸性の消化液が未だポタポタと滴り落ちて足元に生えた雑草達の虐殺の真っ最中だ。
「……その手で握手されたら流石にここにいる三人とも片手が使い物にならなくなるだろうから遠慮しとくわ……」
「あー、それもそうか。わりぃ、すっかり忘れてたよ。どこかに川でも流れてねぇかなぁ」
はっはっは、とライナは素っ裸のまま豪快に笑う。
「それにしても、さっきリシュアさんも聞いてましたけど、ライナさんは一体どんな魔法を使ったんですか? あの消化液を全身に浴びてもまるで無傷だなんて……。あ、私が魔法で雨でも降らせましょうか?」
逆に顔を赤らめてレミィが聞く。
「ん? 魔法? んなもん使ってねぇよ? そもそも魔法をまったく使えない身体なんだ。私。あ、是非ともお願いしたいな。説明はその後にしよう」
「はい。それじゃあ行きます。……レイン・ランス……!」
魔法名の発声とともににレミィの振り上げた右手が淡い青色の光を帯び、それと同時にライナの頭上にぐにゃぐにゃと妙に歪んだ魔法陣がうっすらと展開すると、すぐさまザァと大粒の水滴をシャワーのように降らせ始めた。
「おぉ! すげぇや! やっぱり魔法っていいなぁ!」
感嘆の声を上げながら、ライナは天に両手を広げて「雨」を全身で受け止める。
「えへへ、ありがとうございます。……といっても本当は無数の水の槍を降らせて広範囲の敵を一掃するための魔法なんですけどね……。水に貫通力を付与するための魔力をカットすれば即席のシャワーとしても使えるんですよ」
ライナの言葉に照れた様子で頬を掻くレミィだったが、やはりレイトとリシュアから見た彼女の背中はどこか憂いを帯びているようだった。