スイートルーム・スイート
「……で? 聞かせてもらおうか。一体何してあれだけの大金を稼いだんだ?」
アイリスアイスの誇る超高級ホテル「ハーバーエスト」。その最上階の海に面したスイートルーム。ガスランプの灯りが上品に照らす部屋のベッドに腰掛けて、レイトは向かいのベッドで寝転ぶリシュアに聞く。
「んー? 何よ。別に違法なことは何もしてないわよ? ちょーっと娼館で働いてただけだもの」
「娼かっ……⁈」
予想だにしなかった返答に、レイトは思わず叫びそうになって、慌てて両手で口を塞いだ。リシュアの横でスースーと寝息を立てて眠るレミィを起こしたくない。というか彼女には聞かれてはいけないような気がする。
「いやいやいやいや……娼館って、あの娼館? 本当に?」
声を潜めてレイトは聞く。平静を装ってはいるものの、レイトとて男。娼館という単語に今、彼の頭の中では素っ裸のリシュアが誘うような表情で踊っている。
「えぇ。手っ取り早く稼ぐにはあそこが一番だと思ったから。あ、勘違いしないでよ? 別にあなたの想像してるようなことはしてないわ」
「いや、いや、いや……、まさか受付とか事務作業をしてたってわけでもあるまいし……」
「レイト。あなた私がサキュバスってこと忘れてるでしょ。客には部屋に入るなりちょっと魔法で眠ってもらって、私の能力で気持ちのいい夢を見てもらってたの。それだけのことよ。まぁ、あの店のオーナーも客はそんなこと知りやしないでしょうけどね」
いたずらを白状する子供のような顔でペロりと舌を覗かせながらリシュアは言う。
「はぁ。それなら最初からそう言ってくれよ……。俺はてっきり……」
そこまで言ってから、恥ずかしくなって口を噤む。
(……何を言おうとしてんだ俺は……本人の前だぞ……⁈)
そんなレイトの様子にリシュアは一瞬キョトンとしたものの、すぐに何かを察したようなニヤついた顔をした。
「ぷっ! なぁーに赤くなっちゃってるのよ。初めに会った時から薄々そんな気はしていたけど、あなたってホント初心よねぇ」
「なっ! んなわけあるか……!」
さっきの子供のような顔とは一転して妙に妖艶な笑みで言うリシュアに咄嗟に言い返したものの、自分の顔が急速に熱を帯びていくのが分かった。きっと今鏡を見ればリンゴ並に真っ赤な顔の自分が見つめ返してくるに違いない。
「フフっ、口と顔で言ってることが矛盾してるわよ。私は別に恥ずかしがることじゃないと思うけどね。ただまぁ、ガルアスの下には当然サキュバスもいるだろうから、そいつらを前にして腰砕けにならない程度にはそっち方面の耐性もつけといたほうがいいわよ。それじゃ、私はそろそろ寝るわね。おやすみなさい」
「あ、あぁ……。おやすみ、リシュア」
もぞもぞと掛け布団を引き上げながら言うリシュアにそう返してから、レイトは静かにランプの灯りを消した。
「……はぁ。俺も寝よ……」
小さく溜息を一つ吐いてから、レイトはやたらとフカフカのベッドに潜りこみ、ゆっくりと目を閉じた。
* * *
「……寝れない……」
ベッドに潜り込んでから約四十分。深呼吸をしたり羊を数えてみたりと、知っている限りの眠りやすくなるまじないをやってみたものの結局寝付くことはできず、ついにレイトは諦めて身を起こした。
眠れない原因ははっきりしている。隣のベッドでレミィと仲良さそうにくっついてスース―寝息を立てているサキュバスのせいだ。
寝る前にあんな話するんじゃなかったと、レイトは今、猛烈に後悔している。というのも、ベッドで目に入ってから四十分間、頭の中で先程のリシュアの妖艶な笑みと声が延々浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返しどうにも顔から火照りが引かないのだ。
「……そういえば風呂ってまだやってたっけ」
一度頭をしゃっきりさせようと、考えた末にレイトは窓から差し込む月明かりを頼りに素早く準備を済ませ、二人を起こさないように忍び足で部屋を後にした。