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チンピラ・フィールド(後編)

 「ウオォォォラァァァァッ!!!!」


 食らえば間違いなくケガでは済まないと一目でわかる勢いで巨漢の拳が迫る。が、レイトは冷静だった。


 何しろジルバでのヴァルネロとの特訓で、あの四帝の振るった木剣の速さはこの巨漢の拳の数倍以上。曰く「魔王軍の精鋭ならこれくらいの斬撃はできて当たり前」のそれをどうにか見切れるまでには到達しているレイトにとって、目の前に迫る拳を躱すくらいのことは余裕だ。


 「……!」


 巨漢の拳を躱し、重心を低く落とす。そのまま腰の剣の鞘を握りながら巨漢の懐へ一歩大きく踏み込んだ。


「⁈」


 ギョッとした様子の巨漢を下から見上げながら、握りしめた鞘を抜刀の要領で腰のホルダーから抜き放ち、そのまま踏み込みの勢いを乗せて巨漢の腹部、見事なまでに六つに割れた腹筋の中心めがけて叩き込む。


 ボゴォッ


「ぐあっ…」


 鈍い音を立てて腹筋にめり込んだ黒鉄の鞘。その痛みに耐えかねた巨漢が呻き声を上げながらドッと膝を着く。


「……これで気が済んだかよ? あいつの事情も知らないくせに、勝手なこと言うんじゃねぇ」


 レイトは先程とは真逆。額に脂汗を浮かべ、苦悶の表情で自分を見上げる男に、わざと嫌味を込めて冷たく言い捨て、呆気にとられるギャラリーを置いてリョウジ達の座る席へと向きなおった。


「……クソっ。待てよ……どうせてめぇも汚ぇ薬でも使ったんだろうが……。そんなことをしてまで俺たちが稼ぐはずの金を奪いやがって……。なぁ、そうだろ! お前らも何か言ってやれよ!!!」


 どうしてもレイトとレミィの討伐数を認めたくないらしい男は、今度は周囲のギャラリーへ向けて叫ぶ。


 が、ギャラリーからは男が望む反応は返ってこない。代わりに「あんな図体のくせに負けたのかよ。だっせぇ」と言わんばかりの冷ややかな視線が男へと注がれる。


「クソクソクソッ! どいつもこいつもバカにしやがって……!」

 

 巨漢は周囲を睨みつけながら立ち上がり、背中に背負った大筒に手をかけた。


「「「「⁈」」」」


 ギャラリーに衝撃が走る。何しろ男の背中の大筒は皇国で開発された最新式の個人携帯用魔導大砲。こんな場所で発射すれば周囲の人間はおろかギルドの建物すら崩れ去る、それほどの威力と危険性を備えた武器だなのだ。


「バカにしやがって……俺にはこいつがある……そんな剣一本のお前が、この砲を持つ俺よりも強いわけがねぇ……!」


 ジャキン!


 呪詛のようにブツブツ呟きながら、後ずさりするギャラリーを他所に男は背から下ろした中折れ式の魔導大砲を両手で持って展開した。後はこのまま正面に構え、魔力を注ぎ込みながら引き金を引けば高密度の魔力砲弾が発射。一秒と待たずにレイトの身体は消し飛ぶ。


 だが、男が砲を構えることはなかった。


「な⁈」


 突然ギャラリーの中から札束が二つ、ドサドサと男の足元に飛んできたからだ。


「金が欲しいのならそれを持っていけばいいよ。先の黒龍迎撃クエストで私が稼いだ金だ。ざっと二百万ラルドはある」


 ギャラリーの中からマントで全身を覆った一人の男がゆらゆらと巨漢の方へと近づきながら言った。巨漢のもつ魔導大砲とは口径が圧倒的に小さい魔導狙銃と呼ばれる新式の武器を肩に担ぎ、丸眼鏡をかけた優男だ。


「あの黒龍の群れは少なく見積もっても三千はいたんだ。おまけに巨龍の登場で強制終了するまでにあれだけの時間があった。その大砲でしっかり狙えば魔力再装填の時間を考慮しても三十から四十の成果は上げられたはずさ。それをあの冒険者の青年のせいにするのはお門違いだと私は思うけどね?」


 巨漢は優男の言葉に何も反論しない。いや、実を言えばできなかった。ギャラリーの方からは見えないが、巨漢を見る優男の眼は人間のものとは思えないほどの不気味さだった。


 優しそうな顔の皮一枚剥がせばその下は冷徹で残虐な化け物。優男の眼はそんな得体のしれない恐怖を巨漢に与えている。


「それともう一つ。戦闘中に使用する強化薬は、たとえそれがどれだけ強力だろうと非難するのは迷惑なだけさ。より強力で効果的な薬を調製することも魔法使いの立派な役目だからね。わかったらその金を持ってここから出るといい。ね?」


 優男の言葉に、男は小刻みに身体を震わせながら何度も頷いて、金をとることもせずに逃げるようにしてギルドの外へと飛び出していった。


「さて、割り込んでしまったけど、迷惑だったかな?」


 扉の向こうに消える巨漢の背を見送ってから、優男がレイトの方へ向き直って聞いた。その眼には先程のあの不気味さはひとかけらも残っていない。


「いえ、助かったよ。ありがとう」


「そうか、それならよかったよ。遠くから君の仲間の魔法使いの娘の攻撃を見てたけど、いやぁ、あれは本当に凄かった。彼女にもそう伝えておいてくれ。それじゃあ私はこれで。また縁があればどこかで会おう」


 巨漢が結局拾わずじまいの札束をマントの内側に仕舞い、優男は右手をヒラヒラふってギルドの入口へと歩き出す。


 優男がギルドの扉を開くと同時に一人の少女がギルドへと入ってきた。リシュアだ。


「お嬢さん、お先にどうぞ」


「あら、ありがとう」


 サッと彼女の通り道を空けた優男に軽く礼を述べてからリシュアは一瞬キョロキョロとあたりを見回してレイト達を見つけるとパァッと満面の笑みを浮かべて彼らの元へ駆け出した。


「まったく……何日ぶりの再開だっけ、リシュア。とりあえず久しぶり、そしておかえり」


「えぇ、ただいま。レイト。それにリョウジに、バルさんじゃない! 生きていたのね!」


「あぁ、おかげさまでなんとか。リシュア様もご無事で何よりです」


 そんなにぎやかなテーブルのリシュアにチラリと視線をやって、優男はギルドの外へと歩き出していった。


 この時、男があの化け物を潜ませたような眼をしていたことにリシュアをはじめ、テーブルの面々は誰一人気づいていなかった。

 


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