倉庫とワインと転がるボトル
「……なにしてるの?」
怪訝な顔をしてリシュアは、床に大の字でひっくり返っているレイトに哀れみの目をしながら言った。
「……俺のこと殺すつもりなんだろ。せめて殺るなら一思いに殺してくれ…………」
頭に引っかかっていたヴァーミリオンという名がレイトの脳内でようやくつながった。代々最凶の存在として語り継がれ、恐れられている魔王の名を冠する一族の名だった。もはやあがめている魔王とかそんなレベルではなく、まさかリシュアの父親自体が魔王だったとは、もはや殺される選択肢しかないように思えた。が、
「………………ぷっ、はははははははははは!」
ちょっとした沈黙の後、リシュアは突然崩れ落ち盛大に笑い始めた。
「え、なに。どうして私があなたを殺さなきゃいけないのよ。まさか私が父の仇討ちをあなたにするとでも思った? んなわけないじゃない。あーおかしい」
変にツボに入ったらしく、リシュアは床をバンバンたたきながらひたすら笑っている。
「何がおかしいんだよ。俺はお前の父親を殺した男の息子だぞ。恨みの一つや二つ持たれてもおかしくねぇだろうが」
むくりと起き上がれリながらレイトは言った。
「恨みとか仇とか。そんなものいくら晴らしたって討ったって、倒された父は復活しないのに。どうしてそうねちねちと気にする必要があるのかしら。だいたい、私の父はあなたのお父さんに直接殺されたわけじゃないのよ?」
「? ……どういうことだ。親父は確かに魔王を倒した称号を持っていたし、第一この家自体がその証拠だろ?」
「うーん、まぁどうせ人間側が魔王討伐のストーリーを勝手にそういう形に変えたとかそういう話だと思うわ。形式上とはいえ長年国家レベルの恐怖の対象だった魔王の最期があんなのだったなんて、事実を公表したら国の面目とかそこらへんが丸つぶれになるのを恐れたんじゃないの?」
「魔王の最期があんなのって、いったいどんな最期だったんだ。俺の親父と死闘を繰り広げたんじゃないのか?」
「それが、全く違うのよ。私の父、魔王ルドガー=ヴァーミリオンの最期は最も簡単に言えば自滅。もう少し詳しく言えば酒の大量摂取による中毒死よ。冗談みたいに笑える最期でしょ」
酒に対してはびっくりするほど弱いのに、あんなにガブガブ飲むなんてね、と、リシュアは苦笑しながら言う。
「……は?」
今度はレイトが間抜けな声を発する番だった。
「まぁ、驚くのも当然よね。まさか泣く子も黙る魔王がアル中で死ぬとか、あの場に居合わせた私も、部下も、それにきっとあなたのお父さんだって一ミリたりとも想像してなかったでしょうよ」
それに、とワイン樽の上に腰掛けながらリシュアは続ける。
「人間の間では、それはもう恐ろしく残虐に語られていた父だけど、実態は歴代の魔王のなかで一番平和主義者で楽しむことを一番に考えていた魔王なの。実際父は防衛戦こそしたけど在位中一度たりとも多種族への攻撃を仕掛けたことはなかった。魔王としては最強クラスの力と才能を持っていたのにね」
三本目のワインボトルの栓を爪で起用に抜きながら、リシュアは小さくため息をついて笑う。
「あなたのお父さんも驚いたでしょうね。迷宮を突破していざ魔王討伐! って意気込んでたどり着いた城の最奥で私服姿の魔王とその家臣たちから宴会のもてなしを受けたときは」
四本目のボトルの栓がすぽんと抜ける。
「でも、あなたのお父さんもかなりいい性格してたわ。酒に毒が盛られているとか、そんなこと一切気にせずにあっという間に宴会の輪に溶け込んで、最終的に私の父と肩組んで歌いだしたんだから」
あぁ、なるほど。とレイトは死に際の父の言葉を思い出して納得した。
『なぁ、レイト……勇者なんて、ろくなもんじゃねぇ……虚しさが生まれるだけだ……』
倒すべきはずだった相手が予想に反して友好的で、その上目の前で勝手に死んだあげく、自分がその相手を倒した英雄として祭り上げられたのだとしたら、虚無感というか、悔しさというか、そういった感情はきっと生涯晴れなかったのだろうとレイトは思う。
「……すごくいい魔王だったんだな。お前の親父さんは」
「えぇ、そうね。性格もよくて家臣からの信頼も厚い。そんな父を今でも私は尊敬してる。あの死に方以外はね」
しみじみと語りながら、リシュアは猛烈なスピードでボトルの中のワインをラッパ飲みしていく。もはやビンテージとか香りとかそんなものは彼女の前に無力だ。
あっという間に五本目の空のボトルがゴロンと床に転がった。
「で、その娘である私、リシュア=ヴァーミリオンが現魔王ってわけ」
六本目のボトルの栓がコンっと床で跳ねた。
リシュアはトンっと軽い足取りで床に降り、保存庫の外へと歩き出した。そのまま出口に繋がる扉の前でレイトの方を振り返って微笑む。
「……こんな話してたらお腹すいてきちゃったわ。今日のメニューはなにかしら、料理長」
ぺろりと舌を出してリシュアは階段を駆け上がり、リビングへと消えていった。
「……はぁ、まったく、とんだお客様だ」
ため息を一つ付き、レイトは床に転がったワインボトルを抱えてリシュアの後を追うのだった。
* * *
「んー、やっぱりあなた料理上手いわね。もぐ……この味付け……もっきゅもっきゅ……とか絶妙よ……ごくごく……ぷはぁっ。御馳走様!」
具だくさんのシチューをあっという間に平らげて、リシュアはドンっとスープ皿をテーブルに置いた。
「そりゃどうも。それはそうと、一つ聞きたいことがある」
熱い紅茶入りのティーポットとカップ二つをテーブルに置きながら、レイトは先程から考えていたことを聞いた。
「んー? なにかしら」
「さっきの保存庫の中の話で、お前が現魔王であることは分かった。そして別にこの村に観光でやってきたわけでもないはずだ。だったら、どうして魔王ともあろう奴がたった一人でこんな辺境の森の中に落ちてきたんだ?」
ピタァっと、にこやかな笑顔のままカップを口に運ぶリシュアの手が止まった。