チンピラ・フィールド(前編)
「レミィちゃんの様子はどうだった?」
ルシアの力で眠りに落ちたレミィを宿のベッドに寝かせ、ギルドのロビーに戻ってきたレイトに、テーブルの一角に座るリョウジが椅子を勧めながら聞いた。その隣には鎧を纏ったままの人間態のバルバロッサが、周囲の冒険者から視線を集めていることも気にせずに目を閉じて腕を組んで眠っている。
「あぁ、とりあえず今はぐっすり寝てる。そういえばルシアは何処へ?」
「彼女ならさっきあの雪原に向かったよ。死んだ黒龍達の魂を弔って天へ還すんだってさ。それとリシュアの方には僕の方からギルドに戻ってくるように伝えておいたから、もうそろそろ来るんじゃないかな」
「そうか。助かるよ。それにしてもそのスマホとかいう板、便利なもんだよな。それ一つでどこにいようと一瞬で連絡取れるんだから」
「ハハハ。違いない。といっても元の世界で使っていた機能のほとんどはこっちの世界では使えないけどね。使えるのはちょっとした連絡機能と写真くらいのものさ」
手に持ったスマホをヒラヒラ振りながらリョウジは笑う。
「あ、それはそうとレイト、リシュアとルシアが戻ってくるまでに、報酬受け取ってきたらどうだい?」
そう言ってリョウジが指を指した方向、ギルドの受付には先の黒龍討伐の我先に報酬を受け取ろうとする冒険者達が、まるでパンくずに群がる鳩のような勢いで続々と集まり、三人に増員された受付嬢達が対応に追われているのが見えた。
「あ、完全に忘れてたよ。……だけど、あの報酬は……」
受け取れない。いや、受け取ってはいけないんじゃないかと、そんな感情がレイトの中で渦巻いている。
受付に群がる冒険者たちとは違い、レイトはあの黒龍の後ろにあるものを知っている。知っているからこそ、五万ラルドの報酬に手を伸ばす気にはなれなかった。
そんなレイトの様子を見て、リョウジはやれやれと笑って言う。
「はは、そう悩んだって仕方ないよレイト。龍たちに攻撃の意思がなかったとしても、あのまま放っておいたら間違いなくこの街は少なくない被害が出ていたはずだ。それを考えれば、あの報酬は正当なものだと思うよ僕は。バルバロッサも言っていたように、憎むべきは自分じゃなくてどこかで今頃笑っているだろう偽の魔王ガルアスの方さ。命懸けで戦ったという事実への報酬として。ここは素直に受け取ってきなよ。レイトにもあの冒険者達にも、その権利がある」
「あ、あぁ。わかった。それじゃあ行ってくるよ」
反論する言葉も見つからず、リョウジに背中を押されてレイトは席を立った。
* * *
「えーと、レイトさんとレミィさんの討伐数は百五体ですので、報酬金額は上限いっぱいの五百万ラルドになりますね。いやぁ、それにしてもあの黒龍を百体以上も倒すなんて凄いですね。二人まとめての討伐数とはいえ、クエスト参加者の中ではぶっちぎりでトップですよ」
あの後十分ほど列に並び、ようやくレイトが報酬を受け取る番になった。
ふんわりとしたブロンドヘアーが特徴のかわいらしい受付嬢が、レイトとレミィの手帳に自動記録された黒龍の討伐数を見て、思わず感嘆の声を漏らす。
「……はは、そりゃどうも……」
まだ心のどこかで消えずに燻っている報酬を受け取ることへの躊躇いと背後に並ぶ冒険者から聞こえてくる嫉妬の舌打ちに、レイトは苦笑いを浮かべながら答えた。
「報酬のお渡しはどうしますか? 現金と冒険者手帳への刻印振り込みの両方いけますけど」
「……じゃあ刻印の方で」
「かしこまりました。では少々手帳をお借りしますね」
レイトから二冊の手帳を受け取った受付嬢は、引き出しから、いくつもの豆粒サイズの歯車の付いた細長い小さな筒を取り出した。
「二冊に半分の二百五十万ラルドすつ刻印させていただきますね」
そう言いながら受付嬢は筒の歯車を指でカタカタと回し、その動きに合わせて筒の上部に浮かび上がった数字が急速にその桁数を増やしていく。
そして、表示が2,500,000になったところでポンポンと軽快な音と共に、筒の底面をレイトとレミィの手帳の最後のページに押し付けた。
「はい、お待たせしました! 冒険、頑張ってくださいね!」
「あ、あぁ。ありがとうございます」
受け取った手帳の最後のページを見ると『刻印金額』と書かれた欄の枠内に刻まれた2,500,000の数字がぼんやりと青白い光を放っている。
全く便利な手帳だ。と感心しながらズボンのポケットに手帳を仕舞ったその直後、レイトは背後からの嫌な殺気に溜息を一つついて振り返った。
予想通り、目の前には冒険者の男一人、いかにも何かもの言いたげな様子でレイトを睨みつけている。
「あの、俺に何か?」
と、一応聞いてはいるものの、レイトには彼らの言おうとしていることに粗方予想は付いている。
何しろ目の前で偉そうに腕を組んでいる、背中に大砲を背負った巨漢の男。レイトよりも頭一つ分背が高く筋肉質のその男は黒龍討伐のクエストの受付で真っ先にレミィの発言を笑い、バカにした張本人だ。おそらくはレイトとレミィの叩き出した討伐数が気に食わないとか、そんなところだろう。
「何か? じゃねぇよ。俺の取り分まで奪いやがって。せっかく新調したこの魔導大砲を持って行ったってのに、あのガキの魔法が獲物を全部うばいやがったんだ! だいたい、あんな規模の魔法をあんな貧弱なガキが普通に撃てるわけがねぇ。違法な魔力増強薬物でも使ったんだろ⁈ あぁ?」
あまりにも予想通りの文句の言われようだった。
要するに目の前の巨漢は、自分がバカにしていた冒険者二人が自分より討伐数と報酬金を稼いでいることを身体の大きさと真逆の小さなプライドが許さないのだ。
「別に一人一人の討伐数に上限が定められていたわけでもないし。そもそもあいつの魔法で墜ちた黒龍の数はあの大群に比べれば大したことないと思うけどな」
「じゃあなにか? 俺の腕が悪かったとでも言いてぇのか!」
「別に? 俺は何もそんなことは言ってないぞ」
彼女の背負ってきたものを何も知らないくせに。
あの魔法使いとしての才能と引き換えにレミィが今までも、そして今この時も苦しみ続けている悩み。その全貌こそ知らないが、さっきの苦しむレミィの顔を見れば、それが想像を絶するものだということくらいは分かる。
だからこそ、その事情を知らないとはいえ、レミィをバカにする目の前の巨漢に対する苛立ちに、レイトはさりげない挑発を混ぜ込みながら言い返した。
巨漢は今にも殴りかかってきそうな様子で顔の筋肉をピクピクさせている。
(レイト。喧嘩なら加勢しようか?)
(いや、たぶん大丈夫だ。危なくなったらその時に加勢してくれ)
(はいはい、了解)
背後のテーブルからリョウジが飛ばしてくる思念会話にそう返答しつつ、レイトは巨漢を睨みつける。
「何だよその眼は。……俺の方が弱いとでも言いたいのか? なぁ、答えろよ。なぁ!」
「そんなに気になるなら今ここで試してみればいいじゃねぇか」
その言葉が決定打となった。
「上等だ。あとで後悔しても知らねぇぞ!!」
そんな叫び声と共に、巨漢が床板を割る勢いで踏み込み、レイトの顔ほどもある拳を振り上げながらレイト目掛けて猪の如く突進を繰り出した。