銀翼の咆哮
「それにしても、まさかレイト達もこの街に来ていたとは驚いたよ。そこの魔法使いの女の子もパーティーメンバーのようだし、なかなか順調みたいで安心した」
黒龍に刺さった大剣・ロードゲヴィナーを引き抜きながらリョウジは言う。
「あぁ、まぁぼちぼちって感じだけど。ともかく助かったよ。お前がいなかったら俺は今頃そこら辺の雪に沈んでたはずだから。そういえば、リョウジも報酬を稼ぎにこのクエストを?」
「ん? まぁお金は欲しいけど、今回僕はこのクエストに参加する側じゃなくて、むしろこのクエストを中止させる側だね。簡単に言えば、これ以上の黒龍達の犠牲を止めに来たんだ。ある人からの依頼でね。ほら、依頼主も到着したみたいだ」
そう言って顔を上空に向けるリョウジにつられて空を見上げた二人の視線の先に、大空を旋回する一体の巨大な銀色の龍の姿が映った。
「オォオオォォォォ!」
黒龍の数倍はあろうかという龍は、大地を震わすような、それでいてどこか優し気な咆哮と共にその銀翼を大きく羽ばたかせながら三人のすぐ目の前へと降下を始める。
「あ……! 見てくださいレイトさん。黒龍達が……」
レミィが空を指して声を上げた。
見れば先程まであれだけ激昂して攻撃的だった黒龍達が嘘のように落ち着いた様子で、揃って上空を舞う銀の龍の周りへと集まってきている。やがて彼らは銀龍を中心に、一つの巨大な輪となってゆっくりと旋回し、螺旋を描きながら天高く昇っていく。
猛攻を続けていた冒険者達も、流石にこの異様な光景には武器を下ろし、遠巻きに様子を伺っている。そもそも天高くを舞う黒龍達にはもはや攻撃の一つも届かない。
「なぁ……あれがお前の言う依頼主なのか? あのバカでかい龍が?」
徐々に地面に近づき、明らかになった銀龍の姿にレイトは無意識のうちに数歩後ずさりながらリョウジに聞く。
「そ。正解あれが、僕の依頼主の龍、バルバロッサと……「とぅっ」」
リョウジの返事を遮って、銀龍の背中からそんな少女の声がしたかと思うと、人影が一つ、まだ降下途中の龍から飛び降りて盛大に雪を跳ね上げながら着地した。
パッパッパと装束に跳ねた雪を払う透き通るような白い肌の少女の背には龍種特有の大きな翼と鱗に覆われた長く刺々しい尻尾が太陽の光に照らされて淡く金色に輝き、両耳の上部あたりからは流水のようになめらかな黒髪をかき分けて生え、頭部に沿うようにねじれて伸びた二本の角。
レイトは龍人と呼ばれる種族を紙の上以外で初めて見た。
「……龍巫女のルシアちゃんだ」
「どうも。ルシアです。以後お見知りおきを。あと、ちゃんづけはしなくていい」
リョウジの紹介に、ルシアと呼ばれた少女はぶっきらぼうな口調と共にペコリと小さくお辞儀をした。
そんな彼女の後ろで銀龍バルバロッサの巨体が雪を舞い上げながらゆっくりと雪原に降り立った。
「いやはや、こんな場所でリョウジ殿の知り合いに出会えるとはな。私はバルバロッサ。龍の隠れ里、ミストレアの長を務めていた。以後よろしく頼む」
低く、されど良く通る声でバルバロッサが言う。
「……ミストレア?」
その名前にレイトは聞き覚えがあった。
ミストレアは以前リシュアが言っていた「四帝が治める街」の一つに入っていたはずだ。もし、その記憶に間違いがないなら、目の前の銀龍バルバロッサこそが、レイト達が探していた二人目の四帝ということになる。
リシュアはジルバ以外の四帝の生存の確認をリョウジに任せていた。そう考えるなら、バルバロッサがリョウジと共に行動していることも頷ける。むしろ彼の巨大な体躯から放たれる圧倒的なオーラからして、間違いなく彼こそが四帝なのだろう。
「なんだ少年。我が里のことを知っているのか? あぁ、いや、少年と呼ぶのは失礼か。まずは名を教えてくれないか」
「あ、すいません。俺の名前はレイト。レイト=ローランドです。で、隣のこいつはレミィと言います」
「レイトにレミィか。ありがとう。それで、ミストレアという名に聞き覚えがあるのか、レイトよ?」
「えぇ。もし俺の人違いだったら悪いんですが。リシュア=ヴァーミリオンという名をご存知で?」
「なに……?」
レイトの予想通りだった。
リシュアの名前を出した瞬間、バルバロッサの両目がカッと大きく見開かれた。
「知っているも何も、リシュア様はわが主だ。……ということは其方、リョウジの言っていたリシュア様の旅の仲間なのか?」
鼻息の熱気を感じ取れるほど近くまで顔を近づけて興奮気味なバルバロッサにレイトは気圧されながらブンブンと激しく頷いた。
どうやらリョウジからは名前までは聞かされていなかったらしい。その証拠にチラリとリョウジの方を見ると、彼は両手を合わせて「ごめん、名前伝えるの忘れてた」とでも言いいたげな表情でペコペコ頭を上下させてきた。
「ハハハ、よもやここでリシュア様達と出会えるとは。我らが運もまだ尽きてはいなかったらしい。まったく、生き延びればこのような喜びもあるのだな」
そんなレイトの反応に、バルバロッサは豪快な笑い声を上げながら大きく首をもたげる。
直後、彼の巨大な銀の体躯が眩く光を放ち、みるみる内に小さく縮みながら人型を形成していく。
そして、光が消えたとき、目の前に立っていたのは美しい銀の鎧を身に纏った一人の初老の騎士だった。
初老と言えど、鎧の隙間から覗く太い首からは鎧の下に秘められた筋肉質な肉体の様子がひしひしと伝わってくる。なにより背から生えるルシアのそれよりも大きく荒々しい形状の翼と尻尾、そして一切の揺れのないずっしりとした立ち姿からあの銀龍の纏っていた圧倒的な強者のオーラは微塵も消えていない。
が、そんな、まさに四帝と呼ばれるにふさわしいオーラにも関わらず、バルバロッサはフッと笑みを浮かべ、一切の躊躇なくただの人間たるレイト達の前に跪いた。