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ドラゴン・フィールド(後編)

 「レイトさん! 横から突っ込んできてる奴をお願いします!」


「任せろ!」


 視線は目の前に迫る竜を捉えたまま、レイトはそう答えて手にした剣を真正面に構えた。構えながら、レイトは数秒後の自分の立ち回りを頭の中で素早くイメージする。


 敵は巨大な竜、死を覚悟であの強化魔術でも使うなら別だろうが、素の状態で真正面から受ければ間違いなくレイトの身体は吹き飛ばされる。


 それなら……こうするしかない!


 ジルバの街で四帝ヴァルネロから幾度も殺されかけながら身体に刻み付けたカウンターの動きをレイトはあの骸骨剣士の十数倍はあろうかという体躯の黒龍に対して実行する。


「っらぁ!!!」


 規模の差はあれど、一切のブレなく真っ直ぐに突っ込んでくる龍の体躯は刺突における剣の動きそのもの。


 刃と龍の体躯が衝突する刹那、レイトは大きく踏み込んで体を深く沈ませ、剣を浅く傾けながら刃の腹で龍の頭を撫でるように刃をあてがう。


 鉄の如き鱗と刃が激しく火花を散らしながら交差する。そのまま一瞬で頭部、首、胴を撫でた刃がとらえたのは龍にとって命ともいえる翼、その付け根の部分。


「ウオォオォォォッ!!」


 踏み込みの勢いと全体重を刃に乗せ、レイトは咆哮を上げて一息に剣を振り下ろす。


 バシャアアアッ!


「ガァァァァッ⁈」

 

 一瞬で飛行手段を絶たれた黒龍は斬り口から間欠泉の如き勢いで血飛沫を上げながら、絶叫と共にレミィの後方に雪を散らして墜落した。


「お見事ですレイトさん。今のは助かりました! ちょっと血がネトネトしますけどね」


 血飛沫を頭から浴びて真っ赤に塗られたレミィが展開した無数の魔法陣から光の槍を撃ち続けながら陽気な口調で言う。


 流石にこれだけの魔法陣の同時展開はきついらしく、彼女の足元には既に数本のマナポーションの小瓶が転がっている。


「あ、あぁ。ありがとう。だけど、一気に複数体来られたらどうしようもないぞ……それに、レミィの方は魔力、大丈夫なのか?」


「はい。支給品のポーションはまだ余裕がありますし、私の方はまだまだ大丈夫です。それに、他の冒険者たちにも負けていられませんから」


 黒龍との戦端が開かれてから数分、レミィを含め冒険者たちの猛攻によって既に雪原のそこかしこに黒龍の死体が重なり、一面に纏った純白の雪化粧は赤と白のまだら模様に変わり果てている。にもかかわらず、上空を旋回し駆ける黒龍の数は一向に衰えを見せない。まるで無尽蔵に湧き出しているかのような、そんな不安さえ覚えてしまう。


 また一体、レミィの範囲外から一体の黒龍が一直線に突っ込んでくる。


「ハァッ!」


 先程と全く同じ要領でレイトは躱し際の一閃をもって黒龍を地に沈める。そしてさらに一体、もう一体と、レイトは流れるような動きで黒龍の突進をいなし、討伐数を重ねていく。


「クソ……いくら斬ってもキリがないな……」


「えぇ……マナポーションに余裕があるとはいえ、このままでは十分としないうちに街の方への侵入を許してしまうかもですが……いくら何でもこの状況は流石に変じゃないですか……?」


 額に汗を滲ませたレミィが攻撃を続けたまま言う。


「変? いったい何が……ッハァッ!!」


 聞き返す間にまた一体、黒龍が地に墜ちる。


「あの黒龍達は本来は夜行性のはずなんです。他の龍種に襲われないように昼間は隠れて、あの黒い鱗で闇夜に溶け込んで狩りをするのが本来の姿なのに、いくらなんでもこんな日中にあんな大群で行動するなんて、彼らにとっては自殺行為と同じですよ……。もしかしたら、もともといた土地から逃げ延びてきたのかも……」


 視線の先でレミィの光の槍に貫かれ息絶えた十数体の黒龍が雪煙を巻き上げる。何かしらの事情があるのかもしれないと、頭の中にわずかな罪悪感を芽生えさせながらも二人は攻撃の手を緩めない。


「……とはいえ確証がない以上は迎撃を続けるしか方法はないですが……えいやっ」


「あぁ、そうさ。……それが本当だったとしても、俺たちの攻撃で激昂している黒龍を街に向かわせる訳にはいかないんだからな。今は何も考えずに奴らを食い止めるしかない」


 そう口では言いながら、レイトもまた心の内に迷いを生じさせていた。何も考えずに、なんて綺麗事を言ってはいるが、この状況で実際にそんな無心になれる自信はレイトにはない。


 もしレミィの言う通り、黒龍が故郷から追われ、そのルートが偶然アイリスアイスに重なっただけだとしたら。街を襲う邪悪な龍を討伐する、という大義が消えた瞬間にレイト達の戦闘は、あのジルバの街でグレン軍が行った虐殺と根本的な部分で同じ行為に成り下がる。


 そんなことは考えたくもない。が、しかし。一体、また一体と斬るたびにその考えは少しずつ膨らみ続けているのはレイト自身が一番分かっている。


 そして戦闘時はその迷いこそが最大の隙を生む。


「ハッ!」


 十数体目の黒龍の突進をいなし、翼を斬り飛ばしたその直後のことだった。


 膨らみ続けた迷いで数瞬動きが鈍ったレイトを、レミィの悲鳴のような声が貫いた。


「レイトさん! 右から来てます!!! もう一体来てます!!!」


 その言葉にハッとして右へ向き直った時には既に遅く、一体の黒龍がレイトの鼻先数十センチにまで迫っていた。


 数瞬の気の迷いさえなければギリギリ躱すことはできただろうが、その数瞬を囚われたレイトにはそれすら不可能だった。


 妙にスローな世界の中で、レイトは大きく咆哮しながら自分を殺しに迫る黒龍の顔をまじまじと見つめていた。龍に表情があるのか、そんなことはレイトは知りはしない。しかし、もしあるとすればこれは哀情なのだろう、とレイトは全てを確信した。


 あぁ、ごめんな……


 後方で雪に沈む片翼の黒龍達もまた、同じ表情をしていたのだろうか。


 レイトはそんなことを考えて、眼を閉じた。ここにはたとえ心臓をつぶされようと、四肢を斬り落とされようと、その状態から完全に回復させてくれる魔王の少女はいない。レイトは今度こそ、完全に死を覚悟したのだった。


 が、その瞬間は訪れなかった。


 代わりに


ズドォォォォォォォッ!!!!


という骨まで震えるような轟音が真正面から轟いた。


「⁈」


 恐る恐る目を開けたレイトの前には本来ならこの瞬間自分を殺していたはずの黒龍の背を、一人の青年が禍々しい形状の大剣で貫き、地に貼り付けにしていた。


「や、お久しぶり。どうにか間に合ってよかったよ。レイト。」


 青年はそう陽気な口調で言いながらひょいと黒龍の背から飛び降り、レイトの前に着地した。


 ランドーラでレイトとリシュアが出会った異世界からの転生者リョウジ。彼との約一月ぶりの再開だった。


 




  






 

 









 

 



 


 







 




 


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