雀の涙と行方不明
「……戻ってきませんねリシュアさん。どこに行ったんでしょうか……」
「……まぁあいつのことだし、きっとその内戻ってくるさ。昼間の様子とメモの内容からして、C級クエストよりもいい報酬の仕事を探しているか、それとも見つけたか、の二択だと俺は思うよ」
無料宿泊部屋の貧相な机で向き合って、レイトとレミィは支給品の黒パンをチビチビちぎりながら口に運ぶ。二人の丁度間、机の中央には一枚の小さなメモ。そこにはへたくそな字で
「もっと稼ぐ方法を見つけました。リシュア」
という走り書きがされている。
このメモは、無事に五つほどの依頼を消化した二人が部屋に入った時には既に置かれていたものだ。
時計の針はもうすぐ午後十一時を指そうとしていたが、一向にリシュアが戻ってくる気配はない。
「ここは歓楽街とか多いですし、その手の犯罪に巻き込まれてなきゃいいですけど……」
少し頬を赤らめながら、心配そうな表情でレミィが言う。
「うーん。いくら何でも誘拐とかその手の事件に巻き込まれたっていう線はなぁ……。だってあいつ種族的に男に襲われる側というより男を襲う側だし」
さすがにそれはない。とレイトは思う。何しろ彼女の本質はれっきとした魔王で、おまけに淫魔の血を引いているのだ。仮に人間態の彼女を正体を知らない男たちが襲ったとして、危機に瀕するのはむしろその男たちの方だろう。
「あー、そういえばそうでしたね……。まぁ、とりあえず今日はもう寝た方がよさそうです。というか寝たいです。私、もう眠くて眠くて……」
レイトの考えに納得して少し安心したのだろう。さっきからレミィは大きな欠伸を連発している。
「あぁ、そうだな。明日もどうせ俺らはギルドの依頼漬けだろうし、今ここで心配ばかりしていても仕方ないな。あいつのことだから、朝起きたらそこらへんにいびき掻いて爆睡してるってことも十分あり得るさ」
「ですね。では、おやすみなさい」
「おう。おやすみ」
レミィが布団に潜るのを見届けてから、レイトは部屋のランプを消して、のそのそと自分用の布団に潜りこんだ。
今日の二人の稼いだ合計は二千ラルドほど。リシュアお望みの高級ホテルの宿泊を抹消したとしても、せめて十万ラルドは冒険資金として稼いでおきたいが、今のペースではその目標さえも遥か彼方の点でしかない。
そんな不安な思考と、ついでにリシュアの安否への不安を消し去るように、明日になればより上級の依頼が貼られているはずだ、という希望を胸に、大きく深呼吸を一つしてから目を閉じた。
しかし翌朝。彼らの部屋の床に、いびきを掻いて爆睡するリシュアの姿はなかった。