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冒険者とて就職難

 「二人とも遅いわよ! こうしている間にもおいしいクエストがクリアされてしまっているかもしれないんだから!!」


 アイリスアイスの豪勢な街並みをのんびり眺めながらギルドに到着した二人に、扉の横で仁王立ちしたリシュアが開口一番そんな説教を言った。


 時刻は昼時を少し過ぎた頃で、バーを兼ねたギルド内のレストランからは入り口付近まで食欲をそそる料理の匂いとともに、人々の談笑する声が騒がしいくらいに溢れている。


「わかったわかった。とりあえず適当なクエストがないか探してみようぜ」


「えぇ、できたらA級とかのクエストがあればいいんだけど……って、あれ? どうしたのレミィ。そんなところで立ってないで、あなたも入りなさいよ」


 建物内に入ろうとする二人の後ろで、なぜかレミィは顔を地面に向けたまま動こうとしない。思えばギルドの建物が見えたあたりから、レミィはフードをかぶり、ずっと少し下を向いたままだ。


「……いえ、私は外で待っていますので……」


 リシュアの誘いにも、レミィは小さく首を振って、頬のタトゥーを隠そうとするかのようにフードの両端をぐいと目深に引き寄せた。


「あぁ、そういうことか……。それを見られたらいろんな意味でまずいものね……」


 そう言ってから、フフと笑ってリシュアはレミィへと歩み寄った。そして、


「え?」


 レミィが抵抗する間もなく、リシュアは彼女のフードをめくりあげ、現れた忌まわしき漆黒のタトゥーに掌を翳した。


 ほんの一瞬ポゥと翳した掌にエメラルドの様な光が灯る。見ているだけで癒されるような、そんな透き通った美しい色だ。


「レミィ。この(タトゥー)を見られたくないっていうなら治してしまえばいいのよ。ほら、こんな風にね」


 そう笑いながら戻したリシュアの掌の下、レミィの頬には先程まで刻まれていたはずの黒蓮華の模様がもともと白い肌には何もなかったかのようにきれいさっぱり掻き消えていた。


「え……わぁ……ありがとうございます……リシュアさん」


 自分の頬に手をやり、ギルドの窓に映る異物のない自分の顔をマジマジと見つめながらレミィは感嘆の声を上げた。生まれてから、今日この時まで延々と自分を縛ってきた黒蓮華。たった今、ようやく彼女はその呪いから解放されたのだった。


「いいのいいの。ほら、これで今日からあなたはどこぞの極悪非道な魔法傭兵集団の一員じゃない。どういうわけか全属性の魔法を使える以外は普通の魔法使いの女の子よ。さ、あなたも冒険者登録して、仲良く三人でお金稼ぎと行こうじゃない!」


 目に涙を浮かべて感謝の気持ちを呟くレミィをよそに、たったいま作り上げた感動的な空気をあっという間に自分でぶち壊しながら、リシュアは両手で二人の手を引っ張って、ギルドの入り口をくぐった。

 

*   *   *


 「……普通あり得ないでしょ⁈ A級どころかB級のクエストすら一件もないなんて! あぁもう、信じられない!」


 労働もとい金に飢えた三人がギルドの入り口をくぐってから数分、バーカウンターの横の小さなテーブルに着いたリシュアは、ギルドの無償支給品の硬い黒パンをかじりながらそんな愚痴をこぼしていた。


 金になるクエストを求めてギルドにやってきた三人だが、結論から言えばリシュアの愚痴の内容通り、まとまった金になりそうなクエストは一件も発行されいなかったのである。


 一般にギルド発行のクエストは下からC、B、A、S、SS、SSSと六つのランクに分類される。

 

 S級以上は街一つかあるいはそれ以上に甚大な被害をもたらす何かしらの案件への対応。A級は多数の人命が危機に瀕する案件への対応。B級は比較的低ランクの害獣駆除の案件などへの対応。そしてC級は非常に簡単な雑用などの案件への対応。

 

 なのだが、今回アイリスアイス支部が発行したクエストはあろうことかすべてがC級。それも落とし物の捜索、迷子の捜索といったC級クエストの中でもとりわけ報酬金額の少ないものばかりだったのだ。


「……迷子の愛犬捜索の報酬金500ラルドが現状一番の高額報酬クエストだなんてさすがにないわー……」


 コップを傾けて水をチビチビ飲みながら、リシュアはそうブツブツと溢す。


 ちなみに500ラルドで買えるものといえば、せいぜい格安ワインのボトル一本程度で、リシュアが頭の中で描いていた理想のホテルへの宿泊をするには少なくともこの愛犬を百回は見つけなくてはならない。


 そんなあまりに低い報酬のせいなのか、冒険者達は皆揃ってクエスト掲示板を一瞥しただけでため息混じりに通り過ぎていく。


「……なにか大型魔獣でも襲撃してくれば、それなりに稼げるんでしょうけど.そう都合よくそんな事件は起きないでしょうし……」


 そんなリシュアの向かい側では黒パンを口の中でモソモソさせるレミィがなにか恐ろしいことを言っている。


「だけどまぁ……依頼がないっていうならどうしようもないよな……今日のところは手分けしてC級依頼を片っ端からこなしていくしかないってこった。宿はギルドの無料宿泊所を使うとして、報酬金かき集めればそれなりの飯は食えるだろ」


「ええ、レイトさんの意見に私も賛成です。明日になれば新しい依頼も入ってくるでしょうし。今日のところはC級で頑張りましょう」


「……そうね……」


 レイトとレミィの提案に、リシュアは何か思案中のような様子でうなずいた。


「じゃあ、俺はさっきの愛犬捜索の依頼を片付けるから、二人もとりあえず適当な依頼を受注して、夜にまたこのバーに集合ってことでいこうか」


「わかりました。それじゃあまた夜会いましょう」


 ペコリと頭を下げてレミィがトタトタと依頼掲示板の方へと走っていく。


「……じゃあ私も行くわ。また後で」


 まだ何か考え事をしているようなそぶりでリシュアも立ち上がってレイトに背を向け離れていく。その背中からはどことなく妙にやる気に満ちていた気がした。


「なんか変だな、あいつ……まぁ気のせいならいいんだが。とりあえず俺も行くとしますか」


 依頼掲示板を眺めるレミィとリシュアの二人の背中を横目で見ながら、レイトは一足先に500ラルドへの第一歩を踏み出した。


 その日の夜、リシュアはギルドへは戻らなかった。


 





 


 










 


 




 


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