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温泉休暇は一文無し

 「……」


 なぜかリシュアはレイト達の顔を見ようとはせず、谷底を流れる川の方を見つめたまま、黙っている。


「……いや、だから一体何してんの? そんなところで。早く翼生やして上がってくりゃいいのに」


「…………」


 リシュアは答えない。


「引っかかった拍子にどこかケガでもしたとか?」


「…………」


 頑なに答えない。


「……もしかして、引っかかった拍子に何か落としたとか……ですか?」


 ビクンッ


「…………」


 相変わらず無言を貫くリシュアだったが、何より彼女の身体がそのまま枝から外れて落ちそうなくらいに跳ねた事が証拠だ。どうやら何かを落としたらしい。


「いや、もう隠しても無駄だからさ。一体何を落としたんだ?」


 問い詰めるレイトの言葉にとうとう観念したようで、リシュアはゆっくりと顔を上げて口を開いた。


「……お…………」


「お?」


「……お、お金……」


「なんだって? お金って聞こえたんだけど」


「……うん……」


「…………は?」


 ふるふると震えながら微かに頷いたリシュアを眺めながら、レイトは目の前が真っ暗になるような気がした。


「うん。わかった。とりあえず上がってきてくれよ…………」


「……うん」


 レイトに言われるままに変身を解いて翼を生やしたリシュアの姿は、心なしかいつもより一回り小さく見えた。


*   *   *


 「で? どういうわけか教えてもらおうか。リシュア? 「戦闘中に落としたりしたらいけないからお金とかの貴重品は私が管理するわ!」なんて偉そうに言ってたのはどこの誰だったっけ?」


 リシュアを引き上げ、レミィの魔法で谷を越えた後、アイリスアイスの入り口の前でレイトは改めて問い詰める。


「……うぅ……調子に乗ってすみません…………」


 仁王立ちするレイトの前で正座しながらヨヨヨと項垂れるリシュアからは仮にも魔王の威厳とかそういう類のオーラは掻き消えて、まるで親に怒られる子供の様な有様である。


 話を聞くに、レイトとレミィの予想通り、人生初のリゾート地と温泉への期待に胸を膨らませ、そのまま前方不注意で谷に突っ込んだあげく、突然の出来事で翼を生やして空を飛ぶことも忘れて落下。そして奇跡的に木の枝に引っかかったはいいものの、その時の衝撃でレイトから預かった旅の路銀の詰まった袋がポーチから飛び出して谷底の川へと姿を消したらしい。


「……まぁ、今更どうしようもないけど。とりあえず今回の羽休めは当分延期ってことになるな。というか羽休め以前にまずは今後の生活を考えないとヤバいんだよ。何せ今の俺らには1ラルドすらない、正真正銘の一文無しなんだから。こんなリゾート地のホテルに泊まるなんて夢のまた夢だ」


「えぇ…………せめて温泉くらいは……」


 あからさまに残念そうなリシュアの顔。念願のリゾート地を前にして、まさかのスルーしなければならない事態が相当ショックらしい。


「当然お預けに決まってるよな。なんてったって、誰かのおかげでソルムから持ってきた旅費の二百万ラルドの札束は今頃皆揃って谷底で川下りを楽しんでるだろうさ…………」


「……レミィは少しくらいお金持ってないの……?」


「……持っていたらそもそもあんな雪山でお腹すかして彷徨ったりしませんよ……」


 再び項垂れるリシュアを前に、レイトとレミィはそろって項垂れたいのは自分達の方だと心の中で突っ込んだ。


「……そういえばお二人ともギルドで冒険者登録はしているんですよね」


「ん? あぁ、最初の街で一応登録はしたっけ。まぁ最初の街を出て以来、ちゃんとした街はこのアイリスアイスが初めてだから、手帳以外は一切利用してないけど」


 正直なところ、ジルバでの戦いやらなんやらで、レイトの頭からは自分がギルドに登録していたことをすっかり忘れていたのだ。そしてリシュアの方はといえば、こっちはもはや言うまでもなくギルドのギの字も頭には無い。


「それなら、ギルドで適当なクエストでも受けてみたらどうでしょうか。多分それなりに資金は稼ぐことができると思いますよ」


「⁈ そ、そうだった! その手があったわ! 早速行きましょう! どんな依頼だろうと魔王と最強の魔法使いがいればただのお遊戯みたいなものだわ!」


 金が稼ぐ手段を知った途端、さっきまでの項垂れた姿は何処へやら、リシュアは目をキラキラさせながら勢いよく立ち上がり、あまりの急な豹変ぶりに驚く二人を置いて冒険者ギルドのアイリスアイス支部へとスタスタと歩き出した。


「……あいつ絶対反省してないよな……」


「はい。私もそう思います。……まぁギルドはすぐそこなので、私達も行きましょう」


「あぁ、そうだな。早いとこ美味しい依頼見つけないとな」


「えぇ。いい感じに報酬がガッポリ入るものがあればいいですけど。ドラゴン退治くらいなら私に任せてもらって大丈夫ですから」


「お、おぅ。なんという頼もしさ」


 そんな会話を交わしながら、二人はリシュアの後を追ってギルドに向けて歩き出した。

 





 







 












 

 


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