魔族と倉庫と新事実
「レイト。ちょっとこの荷物よろしく」
「!? なんだその大量の紙袋は……ってちょ、ま、うわ!?」
ドアを開けるやいなやリシュアからの大量の紙袋を半分投げるような勢いで渡されたレイトは、当然すべて受け取ることなどできるはずもなく、盛大にしりもちをついた。受け取り損ねて宙を舞う紙袋の 中から野菜やら果物やらがドサドサと降りかかってきた。
「……いったいどうしたんだよ、これ……」
「もらったのよ」
「もらった?」
「そ、なんか野菜とかが積んである店の前通りかかったら、店の中からおじいさんに声かけられて。あんたの家に泊まっている皇都から旅してきた令嬢、みたいなノリで適当に話してたら、最後別れ際に『美人だからサービスしてあげよう』とかなんとか言って、その結果がこれよ」
床に転がった立派なジャガイモを手に取りながらリシュアは言う。
「……あの変態ジジイ、そろそろ婆さんに殺されそうだな」
どうしようもない女好きで美人に目がないとソルムでは有名な八百屋の老人の顔がパッと浮かんで消えた。しかし、変態ジジイの気持ちもわかる気がする。昨日からのゴタゴタでそれほどには感じなかったが、よくよく見るとこの悪魔、とてつもなくきれいな顔立ちをしているのだ。
おまけに皇国の辺境に位置するソルムは、中から出ていく人間はいても、外部からやって来る人間は滅多にいない。その滅多に来ない客が飛び切りの美人なら、そもそも変態ジジイでなくともサービスの一つでもしたくなるのかもしれない。
「……」
「どうしたの?ちらちら私の顔なんか見て」
「いや、なんでもない。気にしないでくれ。それより、この食料品、保存庫に運ぶの手伝ってくれ」
「……」
転がる食材を袋に詰めなおしながら言うレイトに、今度はリシュアが黙り込む。
「なんだよ、俺の顔になんかついてるか?」
「いいえ、なんにも? ただ、どうしてわたしが労働に従事しなくちゃいけないのかなぁと思っただけ。だって私、仮にもこの家の客よ?」
「やかましいわ。そっちの撒いた労働の種だろうが。早く手伝ってくれ。そもそも俺はお前を招いた覚えはないからな」
なるほど、このわがままな性格、皇都から来た令嬢という偽の設定はあながち完全に間違いではないらしい。魔族といえど、貴族や平民のような階級はあるのかもしれない。
「あら冷たい」
レイトの言葉に冗談交じりにそんなことを言いながらも、落ちた野菜やら果物やらを袋に詰めなおして抱えたリシュアを案内するように、レイトは地下の保存庫へと向かった。
* * *
「へぇ、めちゃくちゃ広いじゃない」
食品の鮮度を維持する特殊な魔術加工が施された石で作られた倉庫のなかに袋の中の食料品を運び込みながら、リシュアは感嘆の声を漏らした。
この家自慢の地下保存庫だ。一人で使うにはあまりにも大きすぎるこの地下の空間への扉を、レイト自身も数週間ぶりに開けた。日々の料理で使う食材は、基本的に村で購入し、その日のうちに使い切るため、保存庫に持ち込む食材はほぼゼロなのだ。
そのため、必然的に保存庫には酒樽やワインボトル、塩漬け肉などの長期保存の可能な物ばかりが、十年以上前からだだっ広い地下の空間のあちこちに離れ小島のように散在し、日の目を見ることなく眠り続けている。
「というか、村を散策しながら思ってたんだけど、レイト。あなたのこの家、他の家に比べてやたらとでかくない? もしかしてあなた、そんな無職みたいな雰囲気醸し出しながらじつはすごい貴族だったとか、そういう感じなの?」
棚に並べられたワインのボトルを手に取りながら、リシュアはそんなことを聞いた。
「ん。あぁ、別に俺自身はただの庶民だよ。このだだっ広い家は死んだ親父の遺産みたいなものさ。というかなんだ、無職みたいな雰囲気って。そして勝手にワインボトルを空けるんじゃねぇ」
「ぷはぁ。遺産、ねぇ。それにしてもこんな辺境の村で、あなたのお父さん、いったい何で儲けたの?」
あっという間に年代物の貴重なワインを飲み干して、リシュアはさらに聞いた。
「商売とかそういうやつじゃなくて、あれだ。国からの報酬金みたいなもんだ。俺の親父、俺が生まれる少し前まで冒険者をやってて、最終的にベルヘイムの魔王を倒して勇者の称号を国から授かったらしい。で、このでかい家は称号とかといっしょに国からもらった報酬の一つってわけ」
「……は?」
ガシャン
気の抜けた声と共にリシュアの手から二本目のボトルが抜け落ちて、盛大に割れた。
「あ、ごめんなさい」
そうあやまってすぐに床を拭こうとするあたり、レイトの知っているリシュアではなかった。なにかわからないが明らかに激しく動揺している。
「べつに滅多に飲まないし、一本くらい、いや二本か、どちらにせよ気にすんな。それより、いきなり間抜けな声なんかだして、いったいどうしたんだ」
と、いいながら、内心レイトは父親が魔王を倒した話をしたことを後悔していた。
魔王と魔族の詳しい関係などレイトは知りやしないが同じ魔のつく者同士、魔族が魔王を崇拝しているとか、そんな感じの関係があるかもしれない。そして、いくら冬の森のなかで雪に頭から突き刺さっていたようなリシュアも、一応は魔族であることに違いはない。
もしかして恨みを買ってしまったのでは? と、内なるレイトは今しがたのリシュア以上に慌てていた。
「……なんでもないわ。それより、一つ聞きたいんだけど、あなたの父親の名前、もしかして。ブラン=ローランドだったりする?」
「あ、あぁ。その通りだが、どうしてその名前を知ってるんだ? もしかしてそっちの世界では有名とか?」
予想的中、どうやら魔王を倒した親父の名前は魔族の中でも有名らしい。当然悪い意味で。もしかしなくても俺はここで目の前の悪魔に親父の買った恨みで殺されるのでは……と、焦りと不安渦巻くレイトに対してリシュアが放った次の一言は予想外に最悪の内容だった。
「有名も何も、私はあなたのその現場に居合わせたんだもの。というかその魔王、私の父親だし」
その瞬間、レイトの脳裏を18年の短い人生の走馬燈が駆け抜けていった。