基準のおかしい黒蓮華
「……使えないって、もしかしてたったそれだけの理由で?」
思わず聞き返したレイトに、レミィはコクリと小さく首を縦に振った。
「ええ。実際には使えない、ではなくて、再使用までの時間があまりにもかかりすぎる、という方が正しいでしょうか。私以外の人達は、一撃を放ってから次の一撃を放つまで、だいたい四、五秒。熟練者なら一、二秒なのですが…………私の場合はそれが約十年。こうなってはもう使えないのと同じなのです……」
「……確かにそれはあまりにも長すぎるけど…………だからって追い出して、その上命まで狙うことないじゃない。さっき走査した限りじゃあ魔力回路にも異常はなかったし、普通の魔法は使えるんでしょ?」
「……はい。……私でもこれくらいの魔法は使えますし」
と、恥ずかしそうに呟きながら、レミィは後ろに振り返るとおもむろに左腕を誰もいない木々の向こうへ向け、小さな声で魔法名を唱えた。
「…………メギド・ボルケイノ」
ボッ
そんな低い音とともに、レイト達のいる場所から百メートルほど離れた木々の間から直径二十メートルはあるかという巨大な炎の渦が火柱となって霧を掻き消し夜闇を切り裂きながら一気に上空遥か彼方へと駆けのぼった。
「……はい? いやいやいやいや……一体どこが「これくらいの魔法」なのよ……。いきなり詠唱もすっとばして炎属性の最上級魔法をぶっ放すなんて、十分あなたもチートよ!」
「……ほめてもらえてうれしいです……。でも、ブラックロータスの人達から言えばこれくらいの最上級魔法は使えて当たり前なんです……むしろ使えて初めて半人前、みたいな扱いですから……」
そう項垂れるレミィの背後では炎の柱が未だ弱まる気配を見せないまま赤々とその姿を夜闇に見せつけている。
「半人前、ねぇ……魔法を使う身としてはすごくグサグサくるんだけど……」
アハハハと苦笑するリシュアを他所にレミィは項垂れたまま続ける。
「だから、眼の能力が使えない限り私は何処まで行っても半人前以下のままなのです。そしてそれがブラックロータスの人達には気に食わなかったのでしょう。この眼の能力はブラックロータスの存在意義とさえいえる物です。それを満足に使えない私は足手まといであり、種族の名を汚すものでもある。そう判断されて、私は今ここにいるんです……うぅ……」
そんなレミィの頬を一筋の涙が伝い、ぽたりぽたりと雪に穴を穿っていく。。
「あ、こら。あんな凄い最上級魔法見せつけておいて泣かないでよ! あなたの身内たちの意識が頭のおかしいレベルなだけであって魔王の私からしてみたって、あなたの魔法使いとしての能力は十分に強いんだからもっと自信を持っていいの、というか持ちなさい。じゃないと私の方が情けなくなるじゃない」
それに、といつの間にかレミィの横に腰掛けたリシュアが空に目を向けて儚げな表情で言う。
「……私だって城を追い出されている身よ? だからあなたの気持ちも少しは分かるつもり。それで……もし行く当てがなくてその寂しさを紛らわせたいんだったら、私達と一緒に来てはどうかしら。ちょうど強い魔法使いを探してるところだったから」
ね? と、リシュアはニッコリと魔王のくせに女神のような笑顔で小さく首を傾げてみせた。