仮初の黒蓮華
「…………眼ね」
「あぁ、眼だな」
レミィの掌の赤い眼を見つめながら二人はさほど驚くこともなく、あ、そう。といった程度の声を漏らした。
「? 二人は驚いたり怖がったりしないのですか? 今まで出会ってきた人達は皆、この眼を見た途端にまるで私を化け物のように扱ってきたものですけど……」
キョトンとした顔でレミィが首を傾げる。どうやら眼に対する二人の反応が予想以上に薄すぎたらしかった。
「いや、なんというか。ゾンビやら首だけで喋る骸骨とかに比べたら、そこまで怖いものでも驚くものでもないような…………」
「そうね、私にしてみればたかだか掌に眼玉がついてたくらいの事でそこまでの反応するやつの気が知れないわよ。まぁ私は人間じゃないけどね…………」
「……何というか、二人とも少し変わってますね」
不思議そうに言いながらも、レミィの声は少しばかり嬉しげな様子だった。
「それで? どうして追い出されたのか、そろそろ本題に入ってもらえるかしら。さっきその眼が忌むべきものって言ってたけど、もしかしてその眼が原因だったりするの?」
「…………はい……」
リシュアの言葉にレミィはしばらくの間俯いて黙った後、意を決心したらしく、顔を上げて少しずつ、はっきりとした口調で話し始めた。
「……知っての通り、私達ブラックロータスは全員が魔法傭兵を生業としている一族です。もともと戦争投入のための人間兵器として生み出された私達は戦争の駒として、血生臭い仕事を請け負う悪としての道を歩むしかない…………だからこそ、種族の中では強さがものを言います。殺した敵兵の数や、潰した街の数など。そういう残酷で強い者ほど一族内の地位は高くなるんです」
そして、とレミィはもう一度掌の眼を二人に見せて続ける。
「私たちが最強の魔法傭兵とされる所以がこの眼です。額や項、胸など人によって場所はまちまちですけど、私達は皆、少なくとも一つ、この眼を身体のどこかに持っています……。ところでリシュアさん、普通、連続で上級魔法を撃ち続けたらどうなりますか?」
「え? そりゃあ魔力生成が消費に追いつかなくなってあっという間に魔力切れして、場合によっては動けなくなるんじゃない?」
「……ええ、その通りです。ですが、仮に体内の魔力を使わないで魔法を撃てるとしたらどうですか? 例えば、この大気に満ちているマナを変換して魔法を撃てるとしたら…………」
「そんなの当然、それこそ無限に魔法を撃ち続けられる……って、まさか……⁉︎」
「はい、私達ブラックロータスにはそれが可能です。この眼から大気中のマナを吸収して変換し、普通の魔法とは違う特殊な魔法『オリジン・アーツ』を無制限に撃つことができるのです」
「なにそれ、まるでチートじゃないの。魔法を使う者としてはうらやましい限りよ……」
普通、リシュアをはじめ、魔法を主体に戦う者としては、種族関係なく戦闘の際の魔力の残量管理は相当に気を遣う作業である。特に魔法同士のぶつかり合いなら、先に魔力が尽きた方が一気に敗北の淵へと追いやられてしまう。
故に上位魔法を魔力切れの心配なくガンガン連射できるというのは、すべての魔法を使う者にとっての夢だ。無限の魔力などという、人も魔族も関係なしに、誰の手も届く事のない夢。
それをレミィ達ブラックロータスは可能だという。
だが、
「……私もです……私もリシュアさんと同じ気持ちです」
羨ましがるリシュアの目の前で、当の眼を持つはずのレミィも、まるでリシュアと同じ羨ましがる側の人のような口ぶりで言う。
「同じ気持ち? どういうこと? だってあなたはその眼を持っている側の、ブラックロータスの人間でしょう?」
「……はい。ですが……」
レミィの表情がどんどん曇っていく。一番聞きたくない言葉を言われたような、そんな表情で俯いて、そしてポツリと言った。
「ですが……私にはその能力を使うことができないんです…………」