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剣と焚火とスパルタ骸骨

 ヴァルストル城での死闘から一週間。二人はジルバから数キロ離れた湖の畔に訪れていた。既に日は沈み、暗闇の中で焚火がぱちぱちと音を立てて二人を照らす。


 「それにしても、本当に良かったのか? ヴァルネロのことは」


「えぇ、流石にあそこまで言われたら断念するしかないでしょ。それに、もし私があいつだったとしてもきっと同じことを言ってたと思う」


 傍にあった木の枝を焚火に投げ入れながらリシュアが残念そうに呟く。


「まぁ、最初から何となくそんな予感はしていたけども……」


 仕方ないよなと返事をして、レイトは空に広がる星々に目をやりながら、つい昨日までの辛く険しい一週間を頭の中で再生し始めた。


*   *   *


~一週間前~


 「は!? ちょっと、どういうことよヴァルネロ。どうして私達のパーティーメンバーに加わってくれないのよ⁈」

 

 グレン率いる魔王軍からジルバを解放したその日の夜、街はずれの酒場の一角に、リシュアの悲鳴にも似た叫び声が響き渡った。グランをはじめとしたヴァルネロの兵達が一体何事かと一斉にレイトとリシュア、そしてヴァルネロの座るテーブルへと視線を向ける。


「本当にすまない。お二方の旅路に同行したいのはやまやまなのだ、されど、今の私は亡きあなたの御父上の臣下であるとともに、このジルバを治める一人の領主でもある。此度のような襲撃が来ないとも限らない以上、ここを離れるわけにはいかないのだ。頼む、どうかわかっていただけないだろうか……」


 テーブルにぶつけそうな勢いでヴァルネロは何度もリシュアに頭を下げる。


「それは、確かにそうだけど……こっちとしても早急に戦力が欲しいのよ。……どう考えても、今の私達じゃガルアスはもちろん、あいつの下に付いてる上級魔族にさえ勝てるかどうかわからないから……」


「そう言われてもな……。私の臣下の兵を数人付けられれば良かったのだが、|死せる同志の仮面舞踏会デッドマンズ・マスカレイドは術者たる私の半径十数キロ程度の範囲でしか効力をもたぬゆえ、それもまた不可能だ」


「むぅ……それにあなた、臣下と領主に加えて一人の娘を持つ『パパ』だものね……私にとっては最悪に不利な交渉よこれ……」


 溜息交じりにリシュアは手にしたグラスを揺らす。カランと酒に浮かんだ氷が音を立てた。


「すまないな、どうしても今の私にはこの街を離れるという選択肢は浮かばないのだ……」


「ええ……ええ。そうね……。ここまで言われちゃ仕方ないわ。父親は娘のそばにいてあげなくちゃね。私達は別で戦力を探すことにするわ。残る三人の四帝にはまだ会ってないし」


 でもレイトはまだまだ未熟だし……流石にもう少し戦力を増やしたいのよね……。とぼやきながらリシュアはしばらくの間空になったグラスを揺らし、その向こうに見えるヴァルネロを眺めた後で、あ、と小さく声を上げた。


「そうだ、一つ、いいこと思いついた。ヴァルネロ、あなた、旧魔王軍では剣術の指南役だったわよね? それなら……」


「ん? ああ、そういうことか! それならば容易なこと。しかと承った」


 リシュアが言葉を言い終える前にヴァルネロはバンとテーブルを叩き、リシュアと顔を見合わせて何度もうなずき合った後、二人はほぼ同時にレイトの方を向いた。


「…………え、なに」


 テーブルの隅で二人の交渉を他人事のように聞いていたレイトは、突然満面の笑みのリシュアと、ぽっかり空いたヴァルネロの眼窩に見つめられて変な声が出た。


 何かはわからないがとてつもなく嫌な予感が背中を撫でていく。


「何って、戦力になるメンバーが増えないのなら、とりあえず手っ取り早い話、貴方がもっと強くなればいいだけってことよ」

 

 ある意味恐怖すら感じるリシュアのにっこり笑顔の後ろで、何やらやたらと張り切った様子でパキパキと指の骨を鳴らすヴァルネロの姿が見えた。


 翌日。早朝からヴァルネロに呼び出されたレイトは、這い寄る眠気と格闘しながら、ヴァルストル城前の広場に木剣を構えて立っていた。そしてその目の前には相変わらずやる気満々で木剣を構えるヴァルネロの姿。


 レイトがぽっかり空いた眼窩の奥に赤い炎を幻視するほどに、その全身からはやる気に満ちあふれたオーラがあふれ出している。


「さぁて。準備はよろしいかなレイト殿。リシュア殿からの依頼通りこれからの一週間で、このヴァルネロがレイト殿の剣の腕を今の数倍に引き上げて見せよう!」


 口調まで変わる始末である。


「……いや、あんたそんなキャラじゃ……ってうぉぁっ⁈」


 レイトが言い終えるのを待たずして、ヴァルネロが目にもとまらぬ速さで脳天目掛けて木剣を振り下ろす。木製の刃は、半ばひっくり返るような格好でどうにか後ろに飛んで避けたレイトの鼻先すれすれを通過し、そのままズガァッと音と破片をまき散らしながら石畳の地面を軽く抉った。


「は……? いや……は?」


 ペタンと地面に座り込んだレイトは今の一瞬の状況がつかめず、その視線を抉られた石畳とヴァルネロの姿のあいだで何度も往復させた。


「ふむ……まぁ今のを咄嗟に避けただけでも少しは期待ができそうだ。だが、満足するには程遠いぞ。一週間後には今の一撃程度なら、軽い足さばきと身体の捻りだけで避けつつそのまま反撃に転じるくらいになってもらわなければな。ささ、どんどん行くぞ!!!」


「ちょ!? ま……やめっ……うおぉぉぉぉ⁈」


 もはや一瞬の休憩時間も与えぬといった様子で、ヴァルネロはレイトの立ち上がりを狙って突っ込んでくる。


「立ち上がるまで待っていただけましと思えよレイト殿!!!」


「死ぬっ! 一週間どころか五分も待たずに死ぬからこれ!!」


 ジーラフとの戦い以上にきついのではないのかというレベルのヴァルネロの猛攻に、どうにか剣を合わせながら、レイトは叫ぶ。が、久々の指南役としての務めに嬉々として剣を振るうヴァルネロの答えは無慈悲にもこうだった。


「安心なされよレイト殿、こんな木剣ではせいぜい強打で一部の骨や内臓がつぶれるか、突きで身体を貫かれるかだ。その程度ならリシュア殿が容易く治療できる!!」


 その程度って何⁈ と心の中で悲痛な叫びをあげながら、防戦一方のレイトは視界の隅に城の門の上に腰掛けてリンゴをかじるリシュアの姿を見つけた。そしてその瞬間


「スキありだ!」


 リシュアにほんの一瞬意識が行ったその僅かなスキをヴァルネロが見逃すはずはなく、恐ろしい速さで撃ちだされた刺突が、さっそく次の瞬間にはレイトの胸を心臓ごとぶち抜いていた。


*   *   *


 「……」


 心臓をつぶされて地面に倒れこんだシーンでレイトは脳内再生を止めた。リシュアがいなければあの一週間の間で数百回は死んでいたのではないかと思いながら干し肉を口に頬りこむ。


「何物思いに耽っていたの? ヴァルネロとの修行の日々?」


 顔を覗き込みながらリシュアがクスクス笑う。


「……まぁそんなとこ。最初の一撃食らったとこで思い返すのはやめたけど」


「ふーん、でもよかったでしょ? 魔族で一二を争う剣士から直々に指導を受けれたんだし」


「おかげで数百回は死に目に遭ったけどな……」


 思い返せばキリがない死に目の数々。もはや心臓を貫かれるなどは序の口で、木剣にもかかわらず腕やら足を斬り飛ばされるのは当たり前。ひどいときには上半身と下半身を切断されることもしばしばだった。


「まぁいいじゃない。一週間前よりは格段に強くなったのなら」


「……まぁ、確かに」


 苦笑いしながら、取り出した冒険者手帳をめくって、ステータスのページを開く。リシュアの言う通り、戦闘面のステータス評価値が軒並み前回見たときの二、三倍近くに伸びていた。


「うん、いい感じ。これなら高位の魔族が数体まとめて襲ってきたとしてもなんとか勝てる見込みが出てきたわ。ガルアス含めた魔王軍の幹部相手にはまだまだ程遠いと思うけど」


 ヒョイと手帳を取り上げてリシュアが満足げに言う。


「……まだまだ、か」


「そ。まだまだ。もっとも、いつまでも二人だけで魔王攻略をできるはずもないから、結局あと数人はメンバーが欲しいんだけどね。とりあえず多種多様な魔法の使える魔法使いと、あとは盾役かしらね」


「へぇ。それならギルドで募集かけりゃあいくらでもいそうだけど、やっぱり野良のを探すのか?」


「えぇ、もちろん。どっかそこらへんに魔法使い転がってたりしないかしら。できるだけ従順でそれでいてバカ強い系のやつ」


「そう簡単にみつかるもんかねぇ……」


 そんな会話をする二人の頭上を大きな流星が一つ、静かに流れていった。










 









 


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