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弟子と師匠と最後の一閃

 「ヴァルネロ様!?」


 扉が開いて真っ先に声を上げたのはグランだった。


「な……」


「うそ……」


 それに続いてレイトとリシュアも目の前の光景に小さく声を漏らす。

 

 三人の視線の先、ちょうど王の間の中央にある王座の前にヴァルネロが跪いている。彼の手にあるはずの剣は少し離れた床の上に転がっている。


 ヴァルネロの目の前には剣を片手に彼を見下ろして笑うグレン=ラインロードの姿。そしてグレンの横には両手と両足に枷を嵌められ、猿轡を噛まされた少女が辛そうな表情で立ち尽くしていた。


「おやァ? これはこれは。どうやらあんたの部下とそのお友達が応援に来てくれたみたいだぜ、『師匠』?」


 チラリと一瞬視線を向けただけで、顔を向けることもせず、グレンはニヤニヤ笑いながら言う。もはや三人など敵にすら値しないというグレンの意思の表れだった。


「……二人を連れて逃げろグラン。こいつの相手はお前には少し重い」


 俯いたままヴァルネロが言う。よく見ると右腕と右足がそれぞれ付け根の部分から無くなっている。


「……だとよ。グラン君。実力は俺の方が上だぜ? 似ているのは名前だけってわけだ。お前の主が言う通り、俺の気が変わらないうちにさっさと来た道引き返して帰ったらどうだ? まぁどうしても殺り合いたいっていうなら、『師匠』をぶっ倒した後で殺してやるけどな。特にそこの元魔王ちゃんは殺して後剥製にしてガルアス様への土産にでもしてやるよ」


「クソ……言わせておけば……!」


 挑発に対して槍を握る力を強め、穂先を自分の喉元に向けるグランを、グレンはやはり一瞥しただけで、さらに嘲笑し、今度はレイトに向かって言葉を続ける。


「やめとけよ。『師匠』よりも弱いお前が俺に敵うと思うか? 二対一のつもりかしらねぇが、そっちのガキは既に戦力にならなさそうだしなァ。見ろよ、食われる直前の小動物みたいに震えてるぞ?」


 レイトに関してはグレンはもはやチラリと視線を向けることすらせず、冷め切った横顔を見せたまま、もはや偶然迷い込んできた羽虫程度の扱いだ。


(くそっ……身体の震えが収まらない……)


 剣こそ構えていながらも、レイトの身体は目の前のグレンの放つオーラに怯え、カタカタと震える。もはや自分のことなど眼中にないことは明白なのに、その圧倒的な存在感と殺気で既にレイトは殺されかけている。


 「まぁ、とりあえずお前らの大将が殺されるところを見とけよ。なぁ?『師匠』」


 ニィとグレンの口元が今までにないほど吊り上がり、同時に手にした大振りの剣が高々と振り上げられた。


「死ぬ前に一つ、成長した弟子に何か言ってくれよ『師匠』」


「……」


 グレンが剣を振りかぶったまま、数秒の沈黙。ヴァルネロは俯いたまま、何も言わない。


「グレン! 貴様ァッ……!」


 自分たちへの侮辱と、目の前で大将を殺されるという屈辱に耐えきれなくなったグランが王の間へと踏み込もうとする、が、それをリシュアが手で制して言う。


「落ち着いて。ここはヴァルネロの言う通り、私達じゃ勝ち目は薄い。それに、こんなところで諦めるヴァルネロじゃないはずよ。それはあなたもよく知っているでしょ」


「っ…………それはそうだが……」


 この状況から逆転の手があるというのか。


 ヴァルネロの手に武器はなく、あの姿勢からグレンの神速の剣を躱すのはほぼ不可能に近いことは誰の目にも明らかである。


 だが。


 否、とグランは首を横に振り、一度は描いた最悪の結末を強引に頭から叩き出す。


 リシュアの言う通りだった。


 生前よりヴァルネロに仕えてきたものとして、主の実力はグラン達部下が一番よく知っている。その部下が誰よりも先に主人の力を疑うことなどあってはならないと。ならば最後まで主を信じて結末を見届けなければと。グランは手の中の槍を握りしめ、目を見開いた。


 そして、ついにグレンが動いた。


「ったく……どこまでも強情な奴だな、あんたは。言うことがないならこのまま死ね。そこの女も後で送ってやるからさァッ!!!!」


 恐ろしい速度で振り下ろされた剣がヴァルネロの頭部を両断せんと迫る。その刹那。


「……やはりお前は破門だ、グレン」


 跪いたままのヴァルネロの左手から、圧倒的な密度の黒が弾けた。


 (ア……?)


 グレンは自分の状況を理解できなかった。


 自分は今この瞬間、ヴァルネロにとどめを刺すべく剣を振り下ろしていたはず。


 それがなぜ。いったいなぜ自分は王の間の天井画を眺めているのか、なぜ腰から下の感覚が無いのか、なぜ血飛沫が舞っているのか、なぜ、なぜ、なぜ。


 ズシャと音を立てて、切断されたグレンの上半身が四、五メートル先の床に落下する。


「ガッ……ハッ……なぜだ……」


 何度も口から血を溢れさせながらグレンは頭を僅かに上げる。その視線の先には、噴水のように血をまき散らす自分の下半身と、血飛沫で体を赤く染めて立つヴァルネロの姿。その左手には黒色の光が淡く灯っている。


「……グレン。いつか教えなかったか? 戦いにおいて、我らは敗北を確信したとき急激に弱くなるが、力と技量が互角の戦いでは勝利を確信した瞬間、それ以上に弱くなるとな。……お前は最後の最後に私を殺せると確信し、先程は感知できていたはずの魔法の微かな予兆を、今度は見落とした」


 チィッと小さく舌打ちをして、グレンは力なく頭を床につけた。


「ハハ……ここまでやってもあんたには敵わないってわけかよ…………。油断したとはいえ、流石に俺の渾身の剣より早い魔法攻撃は反則だろ……ゲホッ」


「……大事なところで油断する。お前の悪い癖だ。あれから百年以上経ってもまだ直っていないのなら、それより先は教えることは何もない」


「……そりゃあ破門にされるわけだ。……悲しいねぇ……」


 薄れゆく意識の中で、グレンは師匠に最後の悪態をついて口元にうっすらと笑みを湛える。それはついさっきまでの残虐さは欠片もなく、どこか悲しげで、しかしどこか満足げな、そんな笑みだった。


 グレンの手から剣が抜け落ちて、カランと音を響かせた。


「……逝ったか。最後まで世話のかかる弟子だった…………」


 敵とはいえ、かつての愛弟子の遺体を眺めながら、ヴァルネロはだれに向けるでもなく、ポツリと呟いた。


 「ヴァルネロ様!!!」


 グランが槍を投げ出して、ヴァルネロの元へと駆けよる。


「あぁ、グラン、それにリシュア殿にレイト殿。すまないがそこらへんに転がっている私の右腕と右足を拾ってきてくれないか。それと、アリサを解放してやってくれ」


 そう言いながらヴァルネロは未だ縛られたままの少女、アリサを指さした。


「えぇ、よろこんで。ただ、アリサお嬢さんの件はヴァルネロ様自らがなされるべきかと。リシュア殿、レイト殿。よろしく頼んだ」


「「了解」」


 グランの意図を汲んで、二人は動けないヴァルネロに近寄ると、ヒョイと支えながら起立させる。


「む、何をするつもりだ二人とも?」


「戦闘面は鋭くても、こういうことには鈍感なのね。そりゃあなたの最愛の娘は、貴方自身の手で助けた方が感動的じゃない? ねぇ、レイト」


「……まぁ感動的かどうかは置いといて、あの子が一番待ってるのはヴァルネロ、あんたってことに間違いないな。ほら、早く救ってあげてくれ」


「……ハハハ、違いないな。アリサ、少し辛抱してくれ」


 二人の手によりアリサの目の前までたどり着いたヴァルネロは、グレンを破ったあの魔法を小さく展開し、彼女の手足の枷を丁寧に切断し、取り外す。そして、猿轡を取り払ったところで、アリサは勢いよくヴァルネロに飛びついた。


「パパ!」


 明るく元気な声が王の間に響き渡った。




















  


今回も最後まで読んでいただきありがとうございます<(_ _)>。いかがだったでしょうか。気が付けばなんやかんやで15話近くに渡ってお送りしたジルバ編(ヴァルネロ編?)も、ついに終わりを迎えました!次回はジルバ編のエピローグを軽く挟んだあと、新しい編へと入っていきたいと思います。とりあえず新しい旅の仲間を出す予定です。

では、また思い出したころにでも見に来てください<(_ _)>。近日中に再会しましょう。

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