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精神世界と剣と覚悟

「精神……なんだって?」


「精 神 世 界。 要は君の心の中ってことだ。現実の君は瀕死の重傷でまだ目を覚まさない状況だ。もっとも、あの元魔王様が必死で回復魔法の連射をしてなかったら今頃はこんな無の空間じゃなくて、文字通り天国へ行っていただろうがね」


 影は真っ黒な手をレイトの肩に乗せて言う。


「しかし、それにしてもよくあんな自殺行為みたいなことをしたもんだ。彼女の回復魔法が恐ろしく強力だったからよかったものの……。普通のヒーラーなら、全身の内臓から神経までもれなくズタズタになってるような傷、マニュアルがあってもほぼ確実に治療不可能とみなすだろうからね」


「全身がズタボロって……そこまでの重症なのか……俺は」


「おや、これはもしかして自分のしたことに自覚がない感じかな?」


 呆れた。とばかりに影は大げさに肩をすくめて見せた。


「君が使った強化魔法。考えてもみなよ。派手に壁に叩きつけられて吐血までした人間が、次の瞬間には相手を両断してなお床を抉り取る衝撃波を生むような斬撃を放つまでに強化される魔法がノーリスクなわけないだろう?」


「……魔法は詳しくないけど、確かにそんな美味しい話はないか……」


その通り。あの強化魔法は本来、体内の魔力回路の中で魔力を徐々にエネルギーに変換して一定時間継続して筋肉や臓器に流し込むタイプなんだが、君の場合は魔力を一気に全部エネルギーに変換して身体へと解放した。で、当然爆発的に生じたエネルギーに臓器や筋肉が耐え切れなくなって…………あとはお察しの通りというわけだ」


 クククと影が笑う。


「いや、そこ笑うところじゃない……」


「ん? なにを言うんだ。ギリギリの生死の綱渡りを成功させて、それどころかついでに敵も倒せた。私にしてみれば笑えるほどの強運さ。……だがまぁ、できることなら命のギャンブルなんてせずに、戦える強さを手に入れることを願っているよ。さて、今日のところはここまで。そろそろお目覚めの時間だ」


「え……?」


 影がそう言うと同時に、白一色だった世界が猛烈な勢いで暗く、闇へとその色を変えていく。


 そして、


「それではまた、遠くないうちに会おう。レイト君、君には期待しているよ。チャオ!」


 あたりが完全な闇に包まれると同時に、影は何語かわからない陽気な声を一つ残して闇の中へと溶けるように消えた。


「……何だったんだあいつ……というか急に……眠くなってきやがった……」

 

 直後、抗いがたい睡魔に襲われたレイトの意識は、抵抗する間もなく深い眠りへ沈んでいった。


*   *   *


 「……ト! ……レイトってば!」

 

 耳元で自分の名前を呼び続ける声と、ぽたぽたと顔に跳ねる水の感覚に、レイトはゆっくりと目を開いた。


「あ……!!」


 汗と涙と鼻水で顔をぐっしょり濡らしたリシュアの驚く顔が目の前にあって、そこから色々な液体がぼたぼたとレイトの顔めがけて落ちたり垂れたりしている。


「……おはよう……ぶへぁっ!?」


 どう返事をしていいものかと、とりあえず目覚めの定番の挨拶をしたレイトは、元魔王の放った強烈なビンタに、もう一度あの真っ白な精神世界とやらに逆戻りしそうになった。


「なぁーにが「おはよう」よ! 私がどれだけ心配したと思ってるのよ! 出血は止まらないし、呼吸はしてないし! 心臓は止まってるし! というかそれ以前に体の中ぐっちゃぐちゃだし……。ほんと……もう死んじゃったんじゃないかって……。そんな私の苦悩も知らないで、第一声が「寝坊しちゃったぜ」みたいなノリの挨拶ってなんなのよこのバカァっ!」


「わ、悪かったって……だから襟掴んで揺さぶるのやめろ……ぐえっ」


 急に襟から手を離された反動でレイトは後頭部を軽く床に打ち付けて悶絶する。


「ったく……心配して損したわ。ほら、身体がどうにもないのなら、早くあんたが救った人たちにカッコいい立ち姿でも見せたら?」


「あ」


 気が付くと先程まで牢に囚われていた人たちが全員レイト達の周りに集まって、心配そうなまなざしでレイトを見つめていた。


「……レイトさんにリシュアさん。それに兵士の方々、私達を救っていただき本当にありがとうございました……なんとお礼をすればいいのか……」


 人々の集団の中から杖をついた白髪の男がゆっくりと歩み出て、深々と頭を下げて言った。


「い、いやそんな、お礼なんて……」


 慌ててレイトも立ち上がり、こんな時どう振舞えばいいのだろうかと困惑した結果現れたぎこちない笑みとともに頭を下げる。


 素直に誇らしげに振舞うべきか、それとも謙遜すべきなのか。そんな迷いを消し去るように、グランがレイトの隣に歩み寄り、ドンっと強く肩を叩いて笑う。


「何を言っているのだレイト殿。其方とリシュア殿が我が主を助けてくれていなければ、我々はそもそもこの戦場に立つことさえ叶わなかった。今は謙遜などすることはない。それほどの働きをお二人は為されたのだからな」


「グランの言う通りよレイト。文字通り命がけで勝ち取った勝利なんだから、今の一瞬くらいあんたのその短い英雄譚を誇ったところで、誰も文句垂れやしないわよ」


「お、おぅ。……そういやあのヴァルネロの方はどうなっているんだろ……う?」


 話を変えようとヴァルネロの話題を振った途端、周囲の住人達が一斉にざわつき始めた。


「……?」


「……実は……」


 周囲の空気の変化に戸惑うレイトに、住人の一人の女性がおずおずと口を開いた。


「……皆さんがここに来る前、先程のジーラフという男が、牢から一人、アリサという少女をどこかへ連れ去っていったんですが……その、アリサは両親と早くに死別してからというもの、ヴァルネロ様自らが実の親のようにかわいがって育ててきた娘なんです。彼女が連れ去られたということはつまり……」


「……ヴァルネロとの戦いを制するため、彼の動きを封じるための人質ってわけか……確かにあいつにとって人質ってのはもっとも効果的でしょう」


「……それじゃあやっぱりヴァルネロ様は……!」


 リシュアの言葉に女性は両手で顔を覆ってうずくまる。


「まだそんな最悪の結末を考えるのは早すぎるわ、お嬢さん。あいつはそんな人質突き付けられたくらいでなんの策もなしに両手を上げて白旗あげるほど甘くはないから。それでもまだ心配なら……私達で上の様子を見てくるわ。ね、レイト?」


「あぁ。わかった」

 

 有無を言わさぬにっこり笑顔でのぞき込んでくるリシュアの圧力にレイトは本能的にブンブンと首を縦に振った。その横で、グランが言う。


「私も同行しよう。敵はかつてのヴァルネロ様の一番弟子。いざというとき戦える人数は多いほうがいいだろう。残りの兵達は民を護衛しながら城の外へ脱出を。伏兵がいるかもしれん、くれぐれも注意をしてくれ」


「「「は!」」」


 グランの命令に残りのヴァルネロの兵達は一斉に行動を開始した。住人たちを取り囲むような陣形で部屋からゆっくりと出ていく。


「.お三人方、どうかヴァルネロ様とアリサのことをよろしくお願いします」


 兵の間から幾人もの住人が顔を出し、皆口々に同じことを言いながら深々と頭を下げた。


 「さて、我らも行こう、と言いたいところだが……その前に一つだけ確かめておきたいことがある」


 住民たちが全員部屋からいなくなってから、グランはレイトの方に向き直り、口を開いた。


「グレンはあのジーラフを遥かに凌ぐ実力の持ち主。人質などという卑劣な手段を使わずとも、その実力はヴァルネロ様のそれに並ぼうかというレベルだ。そんな敵を前にして、レイト殿は剣を構え、まっすぐ対峙する覚悟はおありか」

 

 槍を肩に乗せながら、グランは真剣なまなざしでレイトを見つめる。先の戦いから見て、単純な剣の実力においてレイトはグレンの足元にも遠く及ばないのは明白だった。が、グランはそのことを知ったうえで、敢えてレイトの戦いに対する姿勢を。実力差を覆しうる何かを持っているかどうかを確かめておきたかった。


「そうだな……これが覚悟なんていう立派な物かは分からないけど、一つ言えるのは、もうさっきみたいな逃げ腰の戦い方で相手から舐められるのはうんざりだ。今度はもう一度あの魔法を使ってでも、最後まで逃げずに勝ちに行きたい。それだけは確かだ」


「……舐められるのはうんざり、か。ハハハ、その意気や良し。いいだろう! それでこそ私も全力で力を貸せるというものだ!」


 高らかに笑ってグランは勢いよく槍の柄で床を叩いた。


「では改めて、行こうかお二人とも!」


 そう叫ぶグランの声が威勢よく地下に響いた。








 







 


 









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