雪と悪魔と辺境の村
初めまして。お出汁といいます。今回、ずっと頭の中で妄想していた異世界ファンタジーものを投稿しようと決め、書き始めました。できる限り間を空けずに投稿していきたいと思います。
レイト=ローランドは降りしきる雪の中、寒さも忘れて一人道の真ん中で立ち尽くしていた。
別に道に迷って途方に暮れていたわけではない。暖炉に使う薪をとるために、冬場はほぼ毎日通るなじみの道だ。目を閉じていてもぶつかることなく進んでいけるのではないかとレイトはひそかに自負しているほどの道である。が、今日は少しばかり事情が違っていた。
多分誰だってこの状況なら立ち尽くす。いや、多分どころか絶対だ。行って帰ってくるまでの間に、突如雪道の真ん中に真っ赤な特大サイズの花が咲いていたら、誰もが立ち止まって目を擦るに違いない。
勿論、そんな花はあるはずがなく、近づいてみて明らかになったその正体は全く別物だった。
刺さっていた。というよりは埋まっていた。深紅のドレスを身にまとい、悪魔っぽい翼と尻尾を生やした青白い肌の何かが、翼の先と下着丸出しの下半身だけを雪上に突き出すという、冗談みたいなポーズで。
なるほどたしかに遠巻きに見ればドレスと垂直に突き出た足で、丁度花のように見える。
「……おーい」
突き出た足を軽く突いてみる。返事はない。
「あのぉ……」
今度は軽く抓ってみる。やっぱり返事はない。
「さすがに無視するわけにもなぁ…………」
上半身はどうなっているのだろうかという好奇心にも少し背中を押されたレイトは、雪の上に突き出た両足を掴み、
「よいしょォ!!!」
と、思い切り引っ張り上げた。
ズボォッ
雪をまき散らしながら盛大に引っこ抜かれた彼女の全貌が露になる。魔族の寿命などレイトは知らないが、とりあえず見た目から判断すれば目の前で雪まみれ逆さ吊りの状態の悪魔は人間でいうならせいぜい十八くらいの、腰まではありそうな長く美しい白銀の髪をもつ、全身雪まみれで白眼を向いて気絶しているところを差し引いても、かなり美人の部類に入る、整った顔立ちの少女だった。
「うーん……どうしたもんかな」
両手に採集した薪用の枝を持ち、とりあえず背中に引っこ抜いたばかりの少女を背負ったレイトはそんな独り言を呟きながら、重たい足取りで自宅のあるソルムの村への道を再び歩き始めた。
少女の容姿はどこからどう見ても悪魔とかそこら辺のいわゆる人間に害を及ぼすと言われる種族、魔族のそれだ。そんな少女を村に連れて帰ったのがバレればどうなるかなど、考えるまでもない。翌朝には村中がパニックの渦のど真ん中だ。
とはいえ、種族は違えど女の子を冬の森に放置するという選択肢はレイトには選べなかった。再び雪に植えてなかったことにする、というワケにもいかず、後々置き去りにしたことを恨まれて襲い掛かられでもすればたまったものではない。
つまるところ一番平穏な行動は、村人にばれないように自宅へ連れて帰り、傷を治して早急にお帰りいただくことだ。
「まぁ、家には俺一人だし、一日二日置いておいてもバレたりはしない……か?」
ちなみにこの時のレイトの若干パニック状態の頭の中には、この魔族の少女が回復した途端にお礼代わりに襲い掛かってくる。という発想はなかった。
* * *
「……これでよしと」
無事に見つかることなく連れ帰った少女を客室のベッドに寝かせ、暖炉に火を入れたところで、ドッと疲れが押し寄せてきた。抗いがたい睡魔に身を任せ、レイトはそのまま少女の眠るベッドに背中を預けて座り込むと、ものの一分と経たないうちに眠りへと落ちていった。
翌朝。
レイトは頬に走った痛みで目を覚ました。
「いでででででででででで!?」
頭上から伸びた手が、レイトの左頬をつねり上げている。その手にそって真上を向くと、ベッドの上に胡坐をかいてレイトをのぞき込む少女の視線にぶつかった。
「おはよう。人間さん」
ルビーのような澄んだ深紅の瞳でレイトを見つめながら少女は言う。
「……おはよう。元気そうで何よりだ。小さな魔族の人」
少女の手を頬からはがしながらレイトは答えた。
「小さなは余計だけど、あなたのおかげで助かったわ、人間さん。礼を言うわ。さすがの私でも、あのまま放置されてたら間違いなく凍え死んでたから」
「…………そりゃどうも。ところで、あんた、いったいどういうわけであんな森の中で妙な芸術作品みたいな姿になってたのか説明してほしいんだけど」
「んー……話せば長くなるんだけど……」
少女は目を閉じてしばらく唇に指をあてて考えるそぶりを見せた後、カッと目を開いてこう言った。
「とりあえず朝ごはん食べてからでもいい?」
一瞬おとずれた何とも言えない静寂な空気の中、少女のお腹がぐぅと鳴った。
* * *
数十分後、パンと厚切りのハムに野菜スープという素朴な朝食を終え、二人は向かい合うようにして座り、食後の紅茶を啜っていた。
「なかなかに美味しい朝ごはんだったわ。人間。あなたの料理の腕、うちの料理長にも引けを取らないんじゃないかしら。あのスープなんて特に美味しかったわ」
「まぁ、一人で暮らしてると家事のスキルは嫌でも身につくものだしな。というか、そろそろ人間人間呼ぶのやめてくれないか。俺にはレイトってちゃんとした名前があるんだけど?」
「あら、これは失敬。名前聞くのすっかり忘れていたわ。私の名前はリシュア=ヴァーミリオン。リシュアでいいわ。どうぞよろしく。レイト」
「おう。よろしく」
ヴァーミリオンという響きに何か忘れているような気がしながら、レイトはそう返した。確か、死んだ親父が語っていた人物の名がヴァーミリオンだったはずなのだが、それがいったい誰なのか、肝心な部分が靄に隠れて思い出せない。
「ところでレイト。ここはいったいどこなの?」
「ん?なんだよ、ここがどこかも知らないで飛んできたのか。ここはソルムの村だ」
レイトの回答、ソルムという村の名にリシュアはしばらく上を向いてなにやら考えを巡らせたらしい後で、若干引き気味の表情を浮かべた。
「……ソルムって、あのミラネア皇国の辺境も辺境、ド辺境のあのソルム?」
「なんかえらくディスられた気がするが、まぁそのソルムで間違いない」
リシュアの言う通り、ソルムは辺境も辺境、深い山を越えた先にポツンと現れるド辺境の小さな村で、村人もたびたび自嘲的にネタにするのだが、いざ外部の人間から面と向かって言われると軽く額に青筋を浮かんでくる気がした。
が、そんなレイトの様子をリシュアは気にするそぶりも見せず、何やらガックリと肩を落としている。
「マジかぁ……くそぅ、ガルアスのバカ野郎め、これまた随分と飛ばしてくれたじゃない……」
そんな独り言をブツブツ言いながら、そのままリシュアはテーブルに突っ伏した。そうしてしばらく突っ伏した後、唐突に立ち上がり、トボトボと玄関へと歩き出した。
「お、おい。どこ行くんだ。その姿じゃ村人が怖がって騒ぎになるだろ。あとついでに俺が村社会的に死ぬし……」
「大丈夫よレイト。何も騒ぎを起こすつもりなんてないから。数時間なら変身魔法でなんとかなるし」
慌てるレイトをよそに、リシュアはフフと笑って、聞き取れない声で何か呪文のようなものを唱えた。
その途端、リシュアの体を薄っすらと黒い瘴気のようなものが覆ったかと思うと、みるみるうちに紫がかった青白い肌は雪のような透き通る白に、銀白色の髪は艶やかに流れる黒髪へと色変わりし、特徴的な翼と尻尾は宙に解けるように消えていく。
ものの十秒も経たないうちに、レイトの目の前には絵に描いたような美しく可憐な黒髪ロングの少女が佇んでいた。
「ちょっと外の空気を吸ってくるだけよ。この姿ならなんら問題ないでしょ?」
「あ、あぁ。まぁその姿なら……ってもういねぇや」
レイトが言い終わる前にリシュアは開け放たれたドアと流れ込んでくる冷気を残し、すでに目の前から消えていた。
「寒……」
レイトは小さく身震いを一つして、いそいそと朝の食器を片付けに戻った。
大量の食糧やら雑貨やらを抱え、引きつった笑みを浮かべたリシュアが戻ってきたのはそれから数時間後だった。