剣と師弟と勝利の棺
地下より上ること数十メートル。ヴァルストル城最上階の王の間に、鋭い剣戟の音が響いている。
剣を振るうは二人の将。四帝ヴァルネロ=ヴィルバッハと魔王軍幹部グレン=ライトロードである。
「ッラァッ!!」
「……!」
咆哮と共に叩きつけるように振り下ろされたグレンの剣をヴァルネロはただ無言のまま刃で受け流し、そのま力に乗るように袈裟に斬りつける。が、しかし
「甘ェ!」
ヴァルネロのカウンターとも言える斬撃を、ほんの数ミリのところでグレンは躱し、そのままバックステップで距離をとる。そして瞬時に追撃してきたヴァルネロの横薙ぎの一閃を受け止める。
既に二人が最初に刃を合わせてから四半刻ほど経過しているが、互いに一太刀も浴びせ浴びることなく斬りこんでは躱し、躱しては斬りこんでの繰り返しを続け、ただ時間だけが過ぎていく。
「ったく、わからねぇ人だなァ。俺はあんたに何十年と剣の道を師事してきたんだ。……あんたがそうであるように、俺だってあんたの剣筋と癖は知り尽くしてるんだぜ」
距離をとったグレンが挑発するように言う。が、彼の言った事はおおむね正しい。
まだ魔王ルドガー=ヴァーミリオンがその名を世に轟かせるよりも前から剣術指南役としても高名だったヴァルネロに最も長く師事し、最も多くの技術を学び、そして彼の教え子の中で最強と言われるに至ったのはグレン=ラインロードである。
ゆえに二人はこと剣術においては互いの戦い方を熟知しているといっても過言ではない。
流水の如き剣捌きで敵を翻弄する柔の剣を使うヴァルネロと、とにかく力で押し通す剛の剣を使うグレン。一見、柔よく剛を制すヴァルネロが圧倒しそうなものだが、ヴァルネロの剣を熟知しているグレンに限りそれは無かった。
ヴァルネロがグレンの剛を柔で制する剣なら、グレンの剣はヴァルネロの柔を剛で突き通すのだ。
柔と剛の均衡は未だ崩れず、互いに一切引かない斬り合いが続く。
「ハッ……!」
今度はヴァルネロの方が床を蹴り、一瞬でグレンとの距離を詰め、彼の腹部目掛けて神速の刺突を繰り出す。が、刃が届くより数瞬早く、グレンは剣を回転させ逆手に持ち直すと、まっすぐに迫りくるヴァルネロの刃の腹に力任せに自分の剣の刃をぶつける。
「ハァッ!」
ギィィィン! と刃と刃が火花を散らし、弾かれて軌道のズレた刺突が脇腹を掠めていく。
躱された刺突は虚空を突き刺し、ヴァルネロには大きな隙が生じる。が、グレンは敢えてその隙に追撃をせず、サイドステップでヴァルネロから距離をとった。
「フ、今の隙を見逃すとは、詰めが甘いんじゃないのか? グレン」
「よく言うぜ、俺の追撃まで読み切っての刺突のくせによ」
ツゥと冷や汗がグレンの頬を一筋伝っていく。あの刺突の時、剣を握る右手とは逆、ヴァルネロの左手に小さく黒色の光が宿っていたのをグレンは見逃してはいなかった。ヴァルネロの隙はあくまで罠。もし罠を見抜けず追撃していれば、それがヴァルネロをとらえるより早く、彼の何かしらの魔法攻撃でグレンは致命的な傷を負っていたはずだ。
現に、隙を作った本人は、一切の動揺もなく、悠然と剣を構えている。
「ったく、流石は剣帝とさえ言われた男だ……熟知しているとはいえ恐ろしい戦い方しやがる……ぜッ!」
「敵とはいえ元教え子にそう言われるとは、中々うれしいものがあるな!!」
今度は二人がほぼ同時に床を砕くほどの力で蹴り、散った破片が落ちるより早く刃と刃が交わった。
この一撃を境に二人の戦い方はガラリと変わった。打っては躱しの、ある意味静ともいえるやり取りは消え、ただひたすらに互いの剣を打ち合わせ続ける、そんな動の戦いへと変貌している。
ギャイン!! ギィン!
未だ戦いの熱は冷めることなく無限に膨らみ上昇し続け、戦闘の激しさも否応なく跳ね上がっていく。
上位の魔族同士の渾身のぶつかり合いに空気がビリビリと震え、窓の硝子にはひびが入る。もはや並の人間はおろか、上級魔族でさえ剣閃を視認できるかどうかという、それほどの戦い。極めに極め、剣術の神域に至った二人の戦いがそこにはあった。
ヴァルネロはグレンの剛剣の力を器用に受け流し、逆にその力を乗せて鋭い一撃を振るう。戦い方が変われど、依然として互いに一太刀も浴びることのないまま激しい剣撃の応酬が続く。まだ二人に疲労の色は見えない。
が、このまま永遠に決着のつかないかのような戦いの流れを大きく変えたのはグレンだった。
「こんな互角の戦い続けても、いつまでたっても決着はつきやしねぇ……。いい加減飽きてきた。あんたもそうなんじゃあないか」
激しい斬り合いの中、突然グレンがそう吐き捨てた。
キィンッ! とわざと刃を弾かれながらグレンは大きく後ろに飛び、玉座の隣に立てられた黒い棺に手をかける。表面に金の十字架の装飾が施されている以外は何の飾りっ気も魔力の反応もない、ただの黒い棺。それが今、ギィと重々しい音を立てて開いていく。
「お前、いったい何を……」
未知の魔法か何かかと警戒するヴァルネロに、グレンはニヤリと笑って言った。
「クク……さぁな。ただ、この中にあるのはあんたにとっての致命傷。それを確実に与えるモノってことは確かだ」
棺の蓋が完全に開かれ、内にしまわれたモノの姿があらわになる。
ブロンドの長い髪をした綺麗な少女が両手と両足に枷を嵌められ、猿轡と目隠しをされた状態でそこにいた。
「な……貴様ぁアァアアアァァァ!!」
今まで全くの焦りも動揺も見せなかったヴァルネロが、初めて怒りに体を震わせ声を荒げて叫んだ。
「おっと、動くなよ。あんたが一歩でも俺に近づけば、こいつの手足を順番に斬り落として殺す。それが嫌ならさっさと剣を捨ててその場に跪け」
既に刃を少女の左腕にあてがいながら、グレンは笑う。
「くそ……いいだろう……その代わりその娘を、アリサを解放しら……」
アリサと呼ぶ少女を見つめながら、ヴァルネロは手にした剣をグレンの足元に滑らせ、ゆっくりと姿勢を低くし、跪く。
「ハハ、本当にたかが人間一人のために剣を捨てるとはなァ! そこまで馬鹿とは思っていなかったぜ!!」
棺にもたれかかり、跪いたヴァルネロを見下す。その顔は単なる勝利だけでなく、自分の手でかつての師を超え、殺せることへの悦びにあふれていた。