人魔の城
「……はい?」「何て?」
あまりにも唐突な、唐突過ぎるラウラからの提案にリシュアは素っ頓狂な声を上げた。隣で彼女らの会話を聞いていたレイトもたまらず聞き返した。
「? 難しい話じゃない。君達に、この皇国を治める役目を担ってくれないかと、そう聞いているんだが……」
さも当然の事、とでも言いたげな顔でラウラは微笑を見せた。
「あの様子だと、城はガルアスとやらの新たな魔族軍の手に落ちているだろう。となると、私の父も、姉や兄たちも生きてはいるまい。そうなると、ヴァンガルドの生き残りは私だけという事になるが……、残念ながら私はこの国の頂に立つような人間ではないし、立ちたくもない。という訳で、王としての経験があるリシュア君。君に託そうという考えに至ったわけだ。何か問題あるかい?」
「あのねぇ、問題しかないわよ。確かに私は王だったけど、魔族の王よ? 魔族が人間を治めるなんてこと、この国の人達が許すと思う?」
「それはこれから始まる戦いで示せばいいさ。もし君が嫌なら、隣にいるレイト君を王にして、君はその補佐というのもいいだろう。そして私は新たな軍を率いて剣を振るう。これ以上ない将来の構図だよ」
そう言ってラウラはニッコリと笑った。笑ってはいが、細めた瞼の向こうには真剣な目つきが覗いている。
「いやいやいやいや……、それを王族の貴女が言っちゃだめだろ…」
「王族だからこそ言っている。娘として言うべきではないのかもしれないが、父ジークは王の器ではない。何時如何なる時でも自分の身が一番。民の命よりも金が大事で、歪み切ったプライドの塊。その父が今回死んだのならば、それはそれで結構。この腐敗した王政を立て直すことを考えればいっその事一族ではない誰かを王に迎え入れるのも大いに有効だと思ってね」
「「…………」」
二人は何も言い返せなかった。確かに彼女の、ラウラの発言には筋が通っている。だが、それでいいのか。「ミラネア皇国の王になる」。おそらくラウラにしても熟考の末の提案であろうが、二人にとって、その事を決断するのはあまりにも重い事だった。
「ま、今すぐにじゃなくていい。もし父や私の兄や姉が生きていたのなら、残念ながらこの話は無かったことになる。全てはこの戦いが終わってからじっくりと考えてくれ」
彼女の言葉には有無を言わせぬ迫力があった。
「さて、未来の話はここら辺にしておいて、今の話に戻ろうか。現在運用できる我が軍勢は約二千。内三百人強が遠距離からの支援攻撃を得意とする魔砲兵。騎兵が二百騎に残りが歩兵だ。ベルク同様に魔族に恨みを抱いている者も少なからずいるが、果たしてどういう布陣が最適なのか、互いの軍師同席のもとで話し合いたいところ……」
何かを察したような様子で、ラウラは言葉を止めた。そのままチッ、と小さく舌打ちをしながらクリスタリア城の方を睨みつけて、腰に佩いた長剣の柄に手を置いた。彼女の纏う雰囲気が一気に変わった。
「どうやら敵は我らに話し合いの時間も与えたくないらしいな……!!」
その言葉に、レイト達も何が起こったのかを理解した。
「リシュア様!! 結界の内側から死霊兵が湧き出してきやがった!!」
突如としてレイト達の目の前に魔法陣が現れ、その中から慌てに慌てた声が響いてくる。一呼吸遅れて魔法陣の上に一人のガーゴイルが跪いた姿で現れた。旧魔王軍四帝の一人、岩帝のキャラコである。
「キャラコ!! 無事だったのね!!」
「ああ。逃げ足と身体の硬さだけは魔王軍の中でもトップだからな……! ガレリアの奴は突破口が無いか、空から偵察に向かっているが……。と、あんたが噂の千剣姫かい?」
興奮気味で一通り報告を終えたキャラコは、ようやくリシュアの隣に立つラウラの姿に気が付いたようだった。
「ああ。魔族にまで名を知られているとは光栄だよ。できれば今日に限らず良好な関係でいたいものだがな」
「ハハッ。こんな状況とはいえ、まさか人間側からそんな台詞が出るなんてな。先代が聞いたら手放しで喜んだろうに」
何気なく。本当に何気なくキャラコが口にした言葉。それをリシュアの隣で聞いていたレイトは不意に胸の奥がざわつく感覚を覚えた。無論、理由は分かっている。
(だ、そうだけど、ご本人としてはやっぱり嬉しいのか?)
(状況が状況だけに、そう簡単に喜べはしないだろう。全てはことが片付いてから、ゆっくりと語らうとしよう)
口ではそう言いながらも、頭の中に響くルドガーの声色は少し明るい気がした。「状況が状況だけに」。本当にそうだ、とレイトも思う。だからこそ、既に幕の上がったこの戦いに何としてでも勝つ。勝ってリシュアと共にこの国、この大陸、この世界に平和をもたらさなければならない。
「どうした、レイト君? やはり緊張しているか?」
知らず知らずのうちに険しい顔をしていたらしい。
「いや。まぁ、確かに緊張していないって言えば嘘にはなる。実際この規模の戦争は初めてだから。だけど、今は緊張以上にガルアスを倒したい。その気持ちの方が勝ってるんだと思う」
「レイト、あなた……」
「ふ。それを聞いて安心したよ。だとすれば役割は決まったな。レイト君、そしてリシュア君。この戦いの主役は君達二人だ。ガルアスとかいう外道を倒す役目を君達に任せたい。おそらく私では奴を完全に殺すことは不可能だろうからな……」
「それは一体どういう……?」
「いや、少し考えていてな。なぜガルアスはあれほど強固な結界を城に張っているんだろうかと。まるで何かの時間稼ぎでもしているんじゃないかとね。そこまで考えてようやく思い出したよ。クリスタリア城が建つのはかつて我が先祖たるアーサー・ヴァンガルドが始まりの魔族リムと対峙した場所。彼は聖剣と聖痕をもってリムと熾烈な戦闘を繰り広げたが、結局リムを完全に葬り去ることはできなかったと聞く。戦いの末に聖剣の力によって封じられた奴の魂はおそらく今も城の地下深くに存在している筈……」
「ガルアスの目的はリムの魂との融合か……!! あいつ、なんて馬鹿げたことを考えてんのよ……!」
「ヴァンガルドの血を引いているとはいえ、既に聖剣は失われ、聖痕の力もアーサーのものと比べれば弱い。リムの魂と融合したガルアスを封じ込めるのは不可能に近いとみていい。となれば、後は魔王たるリシュア君の力に頼る他はあるまい。始祖とはいえリムは元人間。奴を完全に倒すことができるとすれば、それはもう、純粋かつ高貴な魔族の血を持つキミしかいないんだ」
「……確かに。魔族としての力はリムよりも今を生きる私達の方が上。だけど、問題はあの結界よね……」
リシュアが見上げる先、クリスタリア城に張られた結界は未だ煌々と輝いて、その存在を見せつけている。用意周到なガルアスのことだ。あの結界が単純なものではないことぐらいは想像に難くない。よくよく思い返してみれば、魔王城にいた頃、ガルアスはやたらと結界術の書物を読み漁っていたような気もする。
「ああ、リシュア様の言う通りだ。あの結界はやべぇ。何百何千の術式を使って組み上げられているってだけでもキツイのに、基礎部分に元々城に張られていた魔族殺しの結界を流用されているとなれば、もうお手上げだぜ? 試しに剣で斬ってみたが、触れた瞬間に刃が蒸発しやがった」
腰の鞘から剣身の九割ほどが欠けた剣を抜いて見せながら、キャラコは溜息を吐いた。
「とんでもないわね…………。ただでさえ複雑な術式に、魔族殺しの力。魔族と人間の両方の魔力を含有しているとなると、本当に私達じゃ打つ手がないわよ。定番の突破法なら最大火力の魔法をぶつけてこじ開けるのが一番だけど、それも何処まで通じるか……」
まさに手詰まり。レイトにしても戦闘力自体はかつての自分をはるかに超えているとはいえ、流石に結界を破る術は知らない。自慢の幻影外套もここでは活躍できそうもない。
「…………」
と、一同が結界を見つめながら黙り込んでいた時だった。
「突破法はある。お前達にはな」
背後から聞き覚えのある声がした。いつの間に現れたのか、どす黒い魔法陣の上に黒色のローブに身を包んだ男が、ガルアス率いる現魔王軍四将の一人、ブラックロータスのアルヴィースが腕を組んで佇んでいた。