皇女の提案
「いやはや、まさか自分自身の城を攻める日が来ようとはな……」
「ええ、まったくです。こんなことになるんなら、隊長の部屋の武器コレクションも全部船に積み込んでおくべきでしたね……」
クリスタリア城の異変の報を受け、本隊を残して転移してきたラウラとベルクは、転移の魔法陣から出るのも忘れ、天に聳える漆黒の結界を見上げていた。リシュア達の発見から数時間が経過していたが、結界は特に広がることも無ければ、そこから何かしらの攻撃を仕掛けてくるということも無く、ただ不気味に城を取り囲み続けている。
「二人共、よく来てくれたわ。「まずは紅茶でも」と言いたいところだけど、そう悠長には構えていられないわ」
「ハッ! 誰が魔族の淹れた紅茶なんざ飲むグゥ!!」
ラウラがベルクの口を塞いだ。
「失礼。うちのベルクは根っからの魔族嫌いなんだ。今のはまぁ、彼なりの挨拶とでも受け取ってもらえるとありがたい」
「隊長! 俺は挨拶なんざする気はなむがぁッ!?」
言い終わる前に、ラウラの手刀がベルクの首筋に炸裂した。どうやら二度目は許されなかったらしい。
顔面から地面に倒れ伏したベルクを後目に、ラウラは苦笑いを浮かべた。
「重ね重ねの無礼を許してほしい。船でも話したが、こいつは心に深い傷を負っている」
「ええ、無理もないわよ。むしろ私の力不足で一部の反人間派の者たちを制御しきれなかった私のせいでもあるんだから。戦いを終えて落ち着いたら、改めて謝罪しなきゃね」
結界の張られたクリスタリア城を見上げながらリシュアが口にした言葉に、ラウラは目を丸くした。
「魔王の口からそんな言葉を聞けるとは……。やはり君は王の資質を持っている」
「え? 何言ってるのよ。悪いと思ってるなら謝るのが当然でしょ。「王と言えど、過ちは認めて謝れる子になりなさい」って、父から何度も教えられてきたし」
「その当然が案外できないものだ。特に権力を持つとな。…………」
そう呟いて、ラウラはリシュアの顔をまじまじと見つめた。獲物を狙う獣のように鋭い視線に、リシュアは心の奥底を覗き込まれているような気がした。
「あの……どうかしたの? 私の顔に何かついてる?」
「いや。気にしないでくれ。顔には何もついてない。傷一つない綺麗な顔をしている」
「きれっ!?」
まさか同性からそんなことを言われるとは。予想だにしない台詞にリシュアは思わず顔を赤くした。
「実際綺麗だよ。全身の傷を鎧と化粧で誤魔化している私とは大違いだ……っと、私が言いたいのはそういう事じゃないんだ。君に一つ提案をしたくてね」
「提案?」
「ああ。君、いやレイト君や他のメンバーにとっても悪い話じゃないと思うんだけどね」
ラウラの視線が一瞬クリスタリア城の方に向き、また、リシュアを見つめる。そして彼女は暫く目を閉じた後、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「君。この国の王になるつもりはないか?」