戦火の産声
「ど、どどど、どうして!? あの城には強力無比な退魔の結界が張られている筈なのに……!!!」
既に半分壊れかけている入り口のドアを完全に蹴り飛ばして外に飛び出したリシュアは、天を貫く漆黒の柱を前に、開いた口が塞がらない様子だった。
リシュアが驚くのも無理はない。何しろフラムローザ内に潜入しているヴァルネロから受けた昨晩の定時連絡では特に異常があるような報告は無く、そもそも彼女が口にした通り、ヴァンガルドの家系が住み、守ってきたクリスタリア城は、おそらくこのミラネア皇国において最も魔族を拒絶する場所なのだ。下級魔族ならば触れた瞬間に燃え散る程の聖なる退魔の結界が展開されたクリスタリア城。その内部から魔王軍が現れるなど、一体だれが想像できるというのか。
* * *
「誠に申し訳ないっっ!!! 四帝たる私がいながら、奴らの一手目を見抜けなかったこと、腹を切って詫びるしか……!!」
レイト達の仮拠点の中に、跪き、悔しさを滲ませたヴァルネロの声が響く。
「もう済んだことよ、ヴァルネロ。別にとやかく言うつもりはないし、そもそも切る腹を持ってないじゃないのあなた」
邪悪に変貌したクリスタリア城を眺めながらリシュアが言った。
「あの城には代々ヴァンガルドの家に伝わる退魔の結界が展開されているはず。だから、私達魔族の感知魔法が通用しなかったのは、どうしようもない事なのよ」
そう。どうしようもない。
しかし、リシュアは口でこそ諦めの言葉を発しながらも、キッと唇を噛み締めた。
その自分達では「どうしようもない」結界を、かのガルアスは突破しているのだ。少なくとも、今この時点において、戦略面でガルアスはリシュアを上回っている。
……まさか奴がここまで力を付けているなんて。
鉄の味のする現実を前に、リシュアが決断を渋るだけの猶予など存在しない。なぜガルアスがクリスタリア城に籠城するような真似をしたのか、一体彼が何を企んでいるのか。それはリシュアにも分からない。ただ、漆黒に包まれる城を目にした瞬間から、得体の知れない嫌な予感がリシュアの脳裏に張り付いて離れない。
ヴァルネロ曰く、障壁の展開と同時に城下町全体に特殊な魔法陣が敷かれ、住民たちは皆、一斉に昏倒してしまったという。
大規模な幻術で皆夢の中か、或いは何かしらの死霊魔術で魂を抜かれたか。
いずれにせよ、リシュア達にとって猶予などは無いことは明らかだった。
……もう、今更奇襲がどうとか、ガルアスを倒すのは私だとか、そんなことを言ってられる場合じゃないわね……。
口の中に滲む鉄の味。リシュアは今までの自分の甘さを痛感していた。もはや誰が魔王軍を倒すかどうかなどは問題ではないのだ。一刻も早くガルアスを討たねば。それこそ全種族の融和という彼女とルドガーの悲願の成就は二の次でいい。
「リシュア、ここからどうするんだ? あの様子だと城下町の人達は…………」
「ええ、分かってる」
険しい表情のレイトの言葉を制し、リシュアは部屋に戻るや否や、未だ跪いたままのヴァルネロに
「ヴァルネロ、貴方の兵はすぐに動かせる? 城下町に展開された魔法の影響は受けていないかしら?」
「はっ。我が死せる同志の仮面舞踏会は健在。バルバロッサを除く残りの四帝、キャラコとガレリアは城下町近くの廃屋にて、障壁の変化を監視しております」
「……分かった。それじゃあ、ヴァルネロ。とりあえずキャラコ達をここに呼び戻してちょうだい。その間に私はリョウジに頼んでレミィ達と千剣姫に連絡を入れてもらうわ。レイト。貴方も、すぐに戦えるように心と体の準備をしておきなさい。……全員が揃う前に戦いになるってのは想定外だったけど…………」
深呼吸を一つ挟み、禍々しく輝く城を一瞥し、リシュアは告げた。
「これより、皇都中心部、クリスタリア城を攻略し、全力をもってガルアスを討つ!!!!」