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魔王軍を討つ為に(後編)

 「皇都が襲撃される……か……」


 リシュアから告げられた内容にラウラは目を閉じて再びコーヒーのカップに口をつけた。


「魔族の者からそういう事を言われたとき、普通ならばその発言自体を罠とみるべきだろうが、今の君から一切の悪意を感じられないあたり、襲撃については信じてよさそう、いや、信じなければならないな」


「流石は皇女様。話が早くて助かるわ。私達が見た皇都の現状からするに、貴女と貴女の兵士達が国を離れるのを見計らって魔王軍は動き出したと考えるのが一番しっくりくる。多分、配下の魔族を皇軍の兵に化けさせ、村を襲わせたんだと思うわ。失礼は承知の上で言うけど、ヴァンガルド帝……貴女の御父上は国を統べる王としては最悪の部類に入るわ」


 よりいっそう険しい表情になって、リシュアはラウラに真っ直ぐ言った。


 まだ彼女が魔王の椅子に座っていた頃、自分自身と父、ルドガーの悲願である「全種族の融和」に挑む際、まず真っ先にぶつかり合うことになるであろうミラネア皇国の内情について部下に調べさせたことがあった。


 世界に初めて誕生した魔族、リムを倒し、このミラネア皇国を築き上げたアーサー・K・ヴァンガルドの末裔にして、第76代目皇帝、ジーク・E・ヴァンガルド。彼の素性はリシュアの想像以上に黒く、欲望に満ちたものだった。


 彼の行動理念に在るのはひとえに金。金。金。あらゆる判断において、真っ先に天秤に乗るのは金であった。極端な話、人を救って1000ラルドを受け取るか、人を殺して1500ラルドを受け取るか、などという岐路に立った時、一切の迷いなく、殺人(1500ラルド)を選ぶような。そんな人間であった。


 もっとも、そう言った狂った思考はジークの先代、先々代から既に芽吹いていたようだったが、なんにせよ、そのような思考の持ち主が皇帝であれば、当然国は腐る。賄賂はつきもので、それこそ、金さえ出せば半ば国から公認された形で村々を略奪することさえできた。要するに、金のあるものは手厚く保護され、無いものは放置という、圧倒的な格差社会が、皇国、特に皇都フラムローザ周辺では顕著だった。


 これでは他種族の融和など夢のまた夢だと、部下の報告を聞いた当時のリシュアは唇を噛んだ。が、しかし、だからと言って戦争を起こせば、それこそ元も子もない。「しばらくは様子見ね」と、魔王軍側からこれと言った動きを見せることなく時は過ぎ、反乱を経て、リシュアは今ここにいるのだ。


 そして、そのことを調べ上げた部下というのが、何を隠そう、リシュアを魔王の椅子から叩き落したガルアス本人だった。こと戦争に関しては参謀並に頭の切れるガルアスである。そんな彼が、政治の腐敗という、今のミラネア皇国における最大の弱点を見逃すはずはない。


 もうこの瞬間にも魔王軍が皇都を蹂躙していても……おかしくはないわ……。


 リシュアは再び、唇を噛んだ。 


「まぁ、それは事実。どう捻じ曲げたって否定はできない。それほどに日頃の父の言動や政策は目に余る部分があった。もっとも、それを止められずに行くところまで行かせてしまった私も同罪だが……」


「その考えを持っている時点で、貴女は現皇帝とは違っているわよ。第一、もしも貴女が父親と同じような性格の持ち主なら、私達はわざわざこんな海のど真ん中までやって来てはいないわよ」


「……ははは、それもそうか。それで、私達はどう動けばいい。今この船は皇国から遠ざかる潮流に乗っているんだ。今すぐに引き返して、最短の航路をとったとしても、一週間はかかる。それまで魔王軍が動かない保証などないのだろう?」


「まぁ、ね。でも、その点は大丈夫よ。この船団の兵士全員を皇都まで転移させることのできる転生者を私は連れてきているから」


「転生者……龍の上にいた、あの男か。神の使いとも称される転生者を既に仲間に引き込んでいるとは、流石は本物の王の器という事か……。まぁ、なんにせよ、大規模な転移魔法が使えるのならば話は早い。早速兵士全員に伝達して、戦いの準備をさせねばな」


「そうしてもらえると助かるわ。私達は一度大陸に戻るけど、貴女にはこの航海を続けておいて欲しいの。もしも魔王軍側に、千剣姫とその軍が戻ってくることを悟られれば、どんな対策をされるか分からない。それに、攻撃自体を見送るなんてことになれば、もうこちらから魔王軍を叩くチャンスは失われてしまう。だから貴女と貴女の兵士には、魔王軍が動き始めてから、奇襲という形で参戦してもらいたいの」


 リシュアの言葉に、ラウラは小さく唸って目を閉じた。そして、言う。


「……確かに、君の言いたいことは分かる。今此処で潰さなければ、民達は常に魔王軍の刃に怯えて暮らさねばなるまい。それは私としても避けたい。そしてそのためには奇襲が最も確実であることは私とて分かっている。だが、魔王軍が動いてから、我々が皇都に転移するまでの時間をどうやって凌ぐ。正直、皇都の衛兵の練度では到底魔族相手には歯が立たないはずだ。であれば民衆の命をどう守る。その案を聞くまではこの作戦を認めるわけにはいかない」


「その点は問題ないわ。魔族の中には未だに私に仕えてくれている者達がいるわ。数だけで言えば魔王軍の足元にも満たないかもしれないけれど、貴女が来るまで皇都の人々を守り通すに足りるだけの力を持った者達よ。彼等を皇都に忍び込ませて、何か異変が起きれば即座に対応できるようにしておくわ。それに今、私の仲間二人がさらなる増援を呼びに動いてくれているの。だから、貴女は落ち着いて刃を研ぎ澄ませておいて欲しいの」


「なるほど……。確かに抜かりはない……か。念のために君に仕える部下の魔族には一目会っておきたい……というのが私の願望ではあるが、ここは君を信じて待つとしよう」


 そう言って、ラウラは微笑みと共にリシュアに手を差し出した。


「ここから先は私にとっても未知数な戦場になりそうだ。人と魔族の共同戦線、新しい時代のためにも、よろしく頼むよ」


「ええ、もちろん」


 彼女の微笑に、同じく笑みで答え、リシュアは差し出された手を握り返した。人と魔族、相反する種族の「王」の血を引く二人の手が繋がった瞬間、それを横で見ていたレイトは、胸の奥で言いようのない熱い感情が湧き上がるのを感じた。そして、すぐにこの感情が自分の中にいるリシュアの父、ルドガーのものであると直感する。


 彼、先代魔王ルドガー=ヴァーミリオンが生涯成しえなかった「全種族の融和」、その第一歩を娘であるリシュアが成し遂げた瞬間だった。







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