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謁見は突然に(後半)

 「さぁ、行くわよ。皆、覚悟をよろしくね!!!」


「「「応!!!」」」


 リシュアの掛け声一発、バルバロッサはさらに高度を下げた。水面ギリギリの場所を、波しぶきを浴びて飛ぶ。船上からの迎撃はまだ、無い。


 …………攻撃してこないのか……?


 既に先頭を行く旗艦は目と鼻の先、ここまでくればレイトにも船上の兵士たちの様子は、その表情まではっきりと確認することが出来る。皆、剣や弓を片手にこちらをじっと睨みつけている。だが、あくまで武器は持っているだけで構えている者は視認できる限り一人としていない。まるで最初からこちらに敵意の無いことが分かっているかのように。皆、緊張の面持ちで接近する自分達の姿をただ見ている。


「船の横に着ける……! 振り落とされないよう、お気を付けて!!!」


 バルバロッサがそう叫んだ。彼の言葉に全員が背中に生える太い刺状の鱗にしがみつく。


 直後、これまで船の舷側に向けてほぼ直角に飛んでいたバルバロッサが、身体を船主方向へ、つまるところ船の進行方向と平行になるように向けた。急な方向転換に、バルバロッサの体躯は上に乗るレイト達を大きく振り回しながら空中を横滑りし、翼の先端で、舷側を少しばかり抉り取って、ようやく安定を取り戻した。


 甲板からはいったい何事かと、数名の兵士たちが焦った様子で手すりから身を乗り出して、海面近くから上昇してくるバルバロッサとレイト達の姿を見下ろしている。


 兵士たちが上で、レイト達は下。攻撃を加えるならばこれ以上は無い絶好のタイミングに、いつでも障壁を展開する準備を整えたリョウジが、ゴクリと唾をのんだ。


「気を抜かないでよ。不意打ちってことも考えられるんだから」


「わ……わかってるよ……!」


 身体を焼くような緊張感に包まれながら、バルバロッサは三人を乗せて上昇を続け、甲板の位置を越えて止まった。相変わらず攻撃は無い。


「本当に僕は此処で待機していていいんだね? 二人とも……」


「ええ、もちろん。でも、警戒だけは解かないでね。さぁ、レイト。いよいよここからが本番よ」

 

「ああ。ここまで来たからにはとことん付き合うさ」


 レイトとリシュア、二人はは立ち上がり、そして――――


「お二方、相手はかの千剣姫、くれぐれも気を抜かぬよう、お気をつけて……!」


 バルバロッサの言葉に背中を押されるように、甲板へと飛び降りた。


「…………あまり歓迎されている雰囲気ではないわね……」


「……当たり前だ。どう見ても普通は襲撃としか思えない登場の仕方なんだからさ……」


「でもこの方がカッコいいでしょう」


 甲板に降り立った二人を、兵士たちがぐるりと取り囲む。ある者は、さながら獣のような鋭い視線を向け、ある者は困惑した様子で腰に下げた剣の柄の上で手を泳がせている。攻撃を仕掛けてくる様子こそ無いが、なんにせよ二人が招かれざる客であることは間違いないのだ。


 そんな兵士達の頭上から、


「なんだなんだ、全員浮足立ちやがって。てめぇらそれでもラウラ様直属の兵士かよぉっ!!!」


 と、荒々しい声が降り注いだ。


 頭上を仰ぎ見ると、船の中央に聳える一番背の高いマストの天辺から、一人の男がその身を空中に躍らせるところだった。

 

「これはこれは、賑やかな船だこと」


 呑気に呟くリシュアの目の前に、男は甲板の床をぶち抜きそうな勢いでズゥンと音を立てて着地した。


「「「ふ、副隊長ぉ……!!」」」

 

 どうやらこの軍の副隊長らしい男の登場に、リシュアとレイトを囲む円の半径がざわざわと広がる。


「いやはや、すまねェな、客人だってのに、ウチの兵共が右往左往しちまってよ」


「構いやしないわよ。魔族が人間にどう見られているかってことぐらいは弁えているから」


 黒く剣山のような髪型をした、筋骨隆々の男。二メートルはあろうかという長身もさることながら、背中にクロスさせるように背負った二本の漆黒の大剣が、何よりもレイトの目を引いた。刀身だけでレイトの身長ほどもある巨剣である。本来ならば両手剣として扱うべきものが二本。予備として持っているのか、はたまた二刀流なのか、どちらにせよあれほどの巨剣を二本背負って平気な顔をしている男が、只者ではないことは確かだ。


 おまけに。


 ……こいつ、リシュアを殺す気で……!!


 その表情こそ、歯を見せて豪快な笑みを装っているが、皮一枚剥いだ下からは空気が震えそうなほどの殺気が滲み出している。一瞬でも隙を見せれば、途端にリシュアは襲われるだろう。


 当然、それほどの殺気はリシュアとて感じ取っているはずだが、彼女はじっと、男の顔を見つめている。


「それで、人間を引き連れた魔族の客人がこの船にいったい何の用なんだ? 姫様は通すようにと言ってたが、流石に用件を聞かずにホイホイ行かせるわけにはいかねぇんだ」


 リシュアとレイトを交互に睨みつけて男が告げる。彼の内で殺気がゴボゴボと音を立てて湧き上がっていくのが、レイトにははっきりと感じ取れた。リシュアの返答しだいでは、仕掛けて来る。そう直感する。 


「……そうね。強いて言うなら、あの国(ミラネア皇国)を救うための相談、かしら」


「ほぅ?」


 瞬間、男の中で、殺気が猛烈に膨れ上がり、爆ぜた。


 ……来る!!!!


 そう感じ取った途端、レイトは半ば無意識に、あるいは本能的に、その手を腰のスミゾメに掛け、抜刀した。否、してしまった。


 その動作を、日を受けて輝く白銀の刀身を見て、男はニヤリと笑った。


「レイト! 今すぐ剣を納めなさい!!!」


 なぜか、リシュアが慌てて叫んだ。


 リシュアは何を言ってるんだ? 目の前に今にも襲い掛かってきそうな奴が…………って……え?


 彼女の発言から数瞬遅れて、レイトはその言葉の真意と、自分のたった今犯した過ちに気が付いた。


 男は殺気を放っただけで、一切動いてはいない。背中の大剣に触れる事さえなく、ただその場に突っ立っている。


()()()()()()?」


 そう。この場で剣を抜いたのはレイトだけ。今この状況だけを見れば、レイトだけが一方的に敵対の姿勢を見せたことになる。それを、男は狙っていたのだと、気が付いたところで既に遅い。


「はぁ……。客人だと思っていたんだが。どうやら違ったようだ。もてなそうとしている相手に剣を抜いたんだ。そんな奴を姫様に会わせるわけにはいかねぇなぁ……」


「ッ……」


 それが芝居だというのははっきりしている。実際、今しがたの殺気は本物だったのだ。しかし、それを証明する方法などない。ただ突っ立ている男に、剣を抜いた。その状況だけで十分だった。


「そして、そんなことをする奴は、俺が責任を持って排除しなきゃなぁッ!!!!」


 瞬間、初めて男の手が、背中の大剣の柄に触れた。左右の手で、二本の柄を握る。二刀流。


「やはり魔族は何処まで云っても魔族ってことだなぁっ!!! それに従ってる人間も同罪!! 今ここで、その首斬り取ってやらぁ!!!!!」


 再び、男の殺気が爆発した。今度は演技ではない。正真正銘本気でリシュアとレイトを殺すために、抜刀した。二振りの漆黒の大剣が、日を遮って影を作る。


 いったいどれほどの鍛錬を積めば、そこまで辿り着くことができるのか。男はまるで木の枝でも振りかぶるかの如く大剣を軽々と、それぞれ片手で振りかぶり、二人へ大きく一歩踏み込んだ。一本はリシュアを、一本はレイトを狙い、振り下ろす。


 横目でリシュアを見る。動かない。リョウジの援護を信じているのか、あるいは死を受け入れているのか、否、彼女がこんなところであきらめる筈はない。何かこの状況を打開する未来を確信しているのか、とにかく、彼女は回避もせず、迫る刃を見つめている。


 ……こうなったら、あいつを斬ってでも……!!


 なんにせよ、ここで二人共棒立ちで斬られるだけというワケにはいかない。何かあれば彼女を護るのが自分の役目だ。今、幻影外套(ファントム)を使えば男の大剣よりも先に、スミゾメの刃が届く筈。


 だが、それでいいのか。此処で応戦すれば、間違いなく交渉は決裂する。それどころか、皇軍に牙を向いた者として、追われることになる可能性もある。


 …………でも、今はこれしか……!!!


 腕に、脚に、全身に力を込める。この一瞬だけ、誰よりも速く……!!


 あとコンマ数秒で、どちらが血を見せるかが決まる。そんな刹那の時間を


「二人とも、よせ」


 凛と鋭い女の声が斬り裂いた。


「チッ……隊長か…………!!」


 その声が聞こえた瞬間に、振り下ろされた大剣がピタリと静止した。もう十センチも下がっていれば、リシュアの頭は真っ赤な花を咲かせていただろう。


「言ったはずだ。彼女らは私のところに通すようにと」


 声の主は船尾側の船室からゆらりと現れた。大剣の男を除く船上の兵士たちが一斉に船縁に整列し、敬礼する。


 中央にヴァンガルド家の獅子の紋章を刻む白銀の鎧を身に着けた、一人の女騎士。腰のあたりまで伸ばした艶やかな金色の髪を揺らして歩くその姿は、気高く、そしてどこか聖母のようなオーラを纏っている。


 それが、ミラネア皇国第三皇女にして、千剣姫、ラウラ・F・ヴァンガルドの姿だった。


「いや、俺も最初はそのつもりだったんですけど。いきなり剣を抜いてきましてね……!!」


「……下手な嘘は止めろベルク。私の船室に伝わる程の殺気を振りまいておいて、いきなりもなにもないだろう。それに、私が止めていなければ斬られていたのはお前の方かもしれなかったのだからな」


「な…………」


 ベルクという名らしい、大剣の男は、アレだけの実力でありながら、千剣姫には敵わないらしく、悔し気な顔でレイトの方を睨みつけた。相変わらず今にも飛び掛かりそうな殺気だった。


「とりあえず、ベルク。お前は暫く船室で謹慎だ。さて、お二方。わざわざこんな大海の真ん中までやって来るとは、よほどの話がありそうだ。国を救う為という発言も気になる。とりあえず、話は私の部屋で紅茶でも飲みながら、どうだろう」


 ベルクにそう言い渡してから、第三皇女ラウラは優し気な笑みを湛えてリシュアとレイトにそう提案した。





 


 


 


 





 


 

 



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