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謁見は突然に(前編)

 「で……さ、一つ聞きたいんだけど、どうして俺達はわざわざ空を飛んでるんだ?」


 真正面から吹き付ける突風と横殴りの雨に吹き飛ばされぬように踏ん張りながら、レイトは何食わぬ顔で隣に座るリシュアに聞いた。


「どうしてって、こっちの方が迫力あるじゃない。ほら、いかにもすごい奴らがやってきたって感じでしょう? それに、いきなり船上にテレポートしたんじゃ、驚きのあまりこっちが一言喋る前に斬りつけられそうだし」


 皇都フラムローザ近郊の村でのやり取りから小一時間。リシュアとレイト、そしてリョウジは今、四帝が一人、銀龍バルバロッサの背にしがみつき、空を覆う分厚い黒雲の下、どこまでも広がる海の上にいる。


 目標は外海遠征へ向かう千剣姫率いる船団。転生者リョウジの千里眼に従って、最短経路たる直線ルートでバルバロッサはその巨大な銀の体躯で空を裂いて飛ぶ。


「本当にこれで最後の頼み事なんだよね……?」


 二人の前に座るリョウジが振り返って、疲れ切った声色で言った。リョウジの疲労も無理はない。現在進行形で彼が発動し続けている千里眼はただでさえ魔力消費が激しく、おまけにバルバロッサの背に乗って飛び立つ直前まで、行き場を失った農民達のアイゼンへの輸送に、避難先となる桜花への連絡と、なんやかんやで十回以上、転移魔法を発動していたのである。


「当然よ。この作戦が上手くいったら、後は冒険を続けるなり、転生前の記憶を活かして一儲けするなり、あなたの気の向くまま、どうぞご自由に。ありがとう、そしてサヨナラと言いましょう」


「そうなったら、まずはどこか南の島で一か月くらいだらだらのんびり過ごしてみたいかな」


「あー、それ、私もやってみようかしら。でもまぁ、そのためにも、まずはこの交渉をやり遂げなきゃね」


「ああ。交渉の場までは、このまま行けば後数分で辿り着くはずだよ。僕も出来る限りのことはするけど、船に降り立ってからのことはリシュアとレイトの交渉にかかってるからね」


「もちろんよ。何としてでも千剣姫を説得しなきゃ、私の命運も、皇国の命運も尽きるんだから。無理やり幻術の中に嵌めてでも連れて帰るわよ」


「お三方、目標が姿を現したようだ。いやはや、流石は誇り高き皇女様だ。天までが彼女には微笑を見せるようだ」


 バルバロッサの言葉に、三人は進行方向を凝視した。天が微笑むというその言葉通り、どす黒い黒雲と叩きつけるような豪雨が唐突に消えた。頭上には透き通るように青い空、眼下には穏やかに小さく波を立てる碧い海。まるで結界でも張ったかのように、半径数百メートルはあろうかという巨大な円形の領域の内側だけが、不自然に晴れ渡っている。


 その円形の中心に、十数隻の船団が見える。


「……あれが千剣姫とその兵団…………。流石ね……」


 二列の複縦陣で進む大型船の先頭に、ひときわ目立つ巨大な帆船。遠目からでもはっきりと感じ取れるほどの威厳と気迫に満ちたあの船こそ、皇国最強とも謳われる「千剣姫」ラウラ・F・ヴァンガルドが乗船している船であることは、バルバロッサを含め全員が直感した。


「それじゃ、私達は上空から優雅に登場と行きましょうか。バルバロッサ。あの先頭の船の横に着けてもらえる?」


「承知。だが、向こう側からの攻撃はどういたす。ドラゴンが向かってくるとなれば迎撃に動くのが人間の常だろう? 魔弾なり魔弓なりを撃ってくる可能性は高い」


 流石にあの数の船から攻撃されれば躱しようがない。


 そう告げながらもバルバロッサは急激に高度を下げ始めた。同時に飛行速度が上昇を始める。船団の姿は瞬きするたびに大きくなり、先頭を行く旗艦と思しき船の姿をはっきりと捉えることが出来た。


 金色のマストをいっぱいに張り、船首には金色の獅子の彫刻を抱く巨船。その甲板上には多数の兵士が立ち並び、明らかにレイト達の方へ武器を構えている。


「その時はリョウジに強っ力な障壁を張ってもらうから大丈夫よ。さぁ、皇女様に謁見と行こうじゃないの!」


「御意……! しっかり背中に摑まっていてくだされ!!!」


「えぇぇええええ……また僕ぅぅぅぅ!?」


 リョウジの悲鳴を置き去りにする勢いでバルバロッサは今一度翼で大きく空を打ち、加速した。


 船団との距離は既に五百メートルを切り、船上の兵士たちの姿がリシュアの目にはっきりと映った。


 兵士たちは憎悪と少しの恐怖をもって自分達へ突っ込んでくる巨大な銀龍を睨みつけてはいるが、攻撃へ動く気配は無い。


 そんな彼らの様子をじっと見つめながら、リシュアが唐突に


「あ、レイト。船に乗り込むのは私とあなたの二人だけだから、いざという時は剣を抜く準備もしておいてよ……!」


 と。予想だにしない予定を告げた。


「はぁ!? 聞いてねぇよそんな話!!!」


「そりゃあ、言ってないもの、そんな話。今考えたんだから」


「相手はあの千剣姫達だぞ……? リョウジみたいな転生者ならまだしも、俺達二人であの軍勢相手に戦ったとして勝ち目なんてあるのかよ?」


 敵がただの人間の軍勢なら、リシュア一人でもなんとかなるだろう。とはレイトは思う。だが、今から向かう先にいるのは千剣姫。退魔の聖痕を身に刻み、魔族の間では魔族殺しと恐れられる存在。というのはリシュア自身から聞いた話だ。当然彼女も千剣姫の強さは把握しているはず。


「バカね。何も最初っから戦争をしに行くわけじゃないのよ? なんていうか、こう……もしもの話よ。私達は交渉の為にここまで来たんだから」


 リシュアはあくまで自分の力でこの交渉を成功させようとしているのだ。レイトは彼女の言葉の内にそういう意思の断片を見た。


 リョウジという、おそらく千剣姫でも敵わない、この世界における最強のイレギュラーが交渉の場にいれば、千剣姫を含め、兵達はリシュアには手出しができない。そうなれば交渉がリシュアにとって有利となるのは明白だった。だが、それではリシュアの目的は果たされない。それで交渉が成功したとしても、その成功がリョウジの存在によって生み出されたものという可能性は残り、彼女の描く未来を邪魔する枷となる。


 ゆえに、交渉の場にはリシュアとレイトの二人のみで行く。転生者を味方につけているという事実は携えれど、決してその場に彼を連れない。あくまでも、人間と魔族という、相反する種族同士での交渉をするために。


(……なぁ、ルドガーさんよ……。あの千剣姫相手に、俺とあんたの全力を出せば、どれだけ渡り合える)


 レイトはまっすぐに船団を見据えるリシュアの姿をその視界に納めたまま、内に宿るルドガーに聞いた。船にリョウジが同行しないとなった今、もしもの時、リシュアを護る役目はレイトにしか果たせない。


(……私は直接かの千剣姫を見たことは無いが、ヴァンガルド家が受け継ぐ聖痕相手となれば、今の私と君では、接近戦はもって三分といったところだ)


 船までの距離は百メートルを切った。 

 


 



 







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