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魔王軍の罠

 「千剣姫を呼び戻すって、いったいどうやって……? 直接船に乗り込むにしたって、いくら何でも危険すぎる……!」


 予想だにしないリシュアの提案にレイトは当然の如く聞き返した。何しろ千剣姫と彼女の軍勢は今、だだっ広い海の上だ。皇国内にいるのならまだしも、何の目印も手掛かりもない海を征く彼女らを見つけるのは、それこそ千里眼でもない限り不可能だ。


 仮に発見できたとして、突然飛来してきた魔族から「魔王が国を攻め落とそうとしているから戻れ」などと忠告されたところで誰が信じるものか。今目の前に座り込んでいる農民ですら、誤解を解くのに十分近くかかったのだ。それが今度は国を守る兵士とその頂点に立つ騎士となれば、誤解を解く云々のまえに剣を抜かれかねない。


「あなたが今心配していることはよく分かるわ。人間が、ましてや一国を守る兵士たちが魔族の話に耳を貸すはずなどないって。でもね……」


 それでもやるのよ。


 遠くに霞む皇都フラムローザの方を見て、リシュアは言った。


「レイト。私達の目指す世界は何だっけ?」


「そりゃあ、全種族の共存できる世界だけど……」


「そう。そうよね。それならやっぱりここは私が交渉の先頭に立たなくちゃいけない。それに、魔王軍との戦いには少なからず人間の兵力も必要になってくるから、今のうちに皇軍最強の千剣姫から欠片でも信用を貰っておくのは大きなアドバンテージになるはずよ」


「まぁ、話は分かるけど……」


 リシュアの話は現状と、そしてこれから先に確実に起こる戦いを考えれば最善の策である。魔王軍が本格的にこの国の侵略に動いてしまえば、魔族に対する憎悪と敵意は今以上に燃え上がるのは明白。そうなってしまえば、千剣姫とその軍勢を相手にするリシュアの交渉の成功率はほぼゼロになるだろう。


 逆に今、これから起こりうることを千剣姫に伝え、魔王軍による被害を押さえることができれば、リシュアは少なからず「人間側の魔族」として認知されるはずだ。人と魔族の間で数多の屍と瓦礫によって築かれてきた壁がそう簡単に崩れるとは思えないが、それでも彼女の目指す世界は大きく現実味を帯びるだろう。

 

 ……だけど、危険すぎる……。


 改めてそう言おうとして、レイトは口を噤んだ。「わかっているわ」と、自分を見つめるリシュアの目が静かに告げている。危険は百も承知。それでも私は行く。先の世界へ進む為に。


 彼女の覚悟は本物なのだ。魔族として、人から憎まれる存在であることを熟知したうえで、それでもあえて刃の前に飛び込む覚悟。そこまでの意思を見てしまった以上、レイトはもう「やめろ」とは言えなかった。


「あんたら、さっきから一体何の話をしてるんだ? 戦いはまだ序章だとか、魔王軍だとか。ここ数日の戦いは皇軍の、もといヴァンガルド帝の暴虐が原因なんじゃないのか!?」


 リシュアとレイトの会話に完全に放置状態だった男がしびれを切らして聞いた。


「ええ、違うわ。これは罠。魔王軍が皇都と周囲の村々に撒いた罠なのよ。あなた達村人も、皇軍も、その罠にまんまと嵌まってしまったというワケ。最初に村を襲撃したのは皇軍の兵士に化けた魔王軍の魔族だったんでしょうね……」


「そ、そんなことをいまさら言われたって、知るかよ……!」


 リシュアの発言に男は立ち上がり、彼女の胸倉をつかみそうな勢いで詰め寄って叫ぶ。


「あの時襲ってきたのが魔族だったとしても、俺たちにとっては皇軍の兵士にしか見えなかったんだからどうしようもねぇよ! 税は重いし、皇都の奴らからは貧乏人呼ばわり。普段のあの扱いの果ての

襲撃だ。武器を取らないほうがどうかしてるんだよ……! それでもあれか、これから起こる戦いは俺たちのせいだって言いたいのかよ!!」


 感情をそのまま溢れさせる男に、リシュアは静かに首を横に振る。


「いいえ。あなた達に非は無いわ。全ての悪はこんな卑劣な策を打った魔王軍と、反乱に達するまでの不満を溜め込ませ続けた国の政策よ。村人達は悪くない」


「…………あんただって魔族だろ。魔王軍とやらの仲間じゃないのか」


「いいえ。むしろ私達はこれから魔王軍を打ち倒すためにここまで旅をしてきたんだから」


「……未だに信じられねぇが。その言葉が真実だとしたら、魔族にも変わった奴がいるんだな」


「ま、父親譲りだからね。だけど、残念ながら私達にはまだこれから起こる戦いそのものを止める力は無いの。遅かれ早かれここら辺一帯は戦場になってしまうわ。だから、あなたはこの事を生き残った人達に伝えて、早いところ遠くに避難したほうがいい。もし皆が海を渡ってもいいと言うのなら、避難先を紹介することも出来るから」


「……それはありがたいが……、あんた、何者なんだ? ただの冒険者がここまで親切にしてくれるとは思えねぇが……」


 感謝の言葉を述べながら、最後に教えてくれと男は聞いた。彼の言葉にリシュアは暫く空を見上げた後でレイトに見せた覚悟を目に宿し、男の顔を見据えて告げた。


「リシュア・ヴァーミリオン。偽りの魔王を倒してこの国を救う、変わり者の魔王よ」







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