揺らぐ皇国
翌朝。レイト達はアイゼンの入り口にいた。昨晩の宴会でアイゼンの漁師達と酒を酌み交わしていた桜花の鬼たちは、朝日よりも先にアイゼンを出航して、今はもういない。
レイト達を見送るべく、ギアンをはじめ、町の漁師達が四人の前にずらりと並んでいる。
「いろいろとお世話になりました……!」
四人を代表して、リシュアが深々と頭を下げた。
「いやいや、こちらとしても、久々の客人で新鮮な気分だった。また気が向いた時にでも訪れるといい」
「ええ、是非」
「それで、其方らは此処から何処へ向かうつもりだ。皇都の方へ向かうのなら、今は止めておくのが吉と思うが……」
「皇都行きを中断…………それはいったいどういう意味なんです?」
思案顔のギアンの言葉に、リシュアは聞き返した。途中で桜花への旅を挟みはしたが、アイリスアイスを出発して以降、四人の本来の目的地は皇都フラムローザだった。今フラムローザ行きを諦めるとなれば、ここまで歩いてきた街道を引き返すか、道なき道を進むしかない。
「あれは、丁度二、三日前からだったか……皇都周辺の村から次々に反乱の火が上がり始めてな……」
おかげで今、皇都は大荒れらしい。と、ギアンは溜息混じりに言った。
「詳しい話は分からんが、おそらくは第三皇女が外海へ遠征に出発したことが原因だ。皇国最強と謳われる千剣姫が率いる最強の兵団が不在の今こそ反逆の好機と。村人達はそう考えたのだろう。元々今の皇帝の政策は農民達にとって負担が大きいゆえ、溜まりに溜まった不満が爆発したのかもしれん」
「……そ。噂には聞いていたけど、皇国が揺らぎ始めているっていうのは本当だったのね。この町は大丈夫なの?」
「ああ。この町は漁業と貿易でそれなりに豊かだからな。それに、いざとなれば桜花へ逃れることも出来る。それで、どうする? しばらく様子を伺うというのであれば、集会所のあの一室に寝泊まりしてもらっても構わんが」
ギアンの提案にリシュアは静かに首を横に振った。
「いえ、お言葉はありがたいけど、こんな状況だからこそ私達は先に進まなきゃならないので……。最初の目的通り、フラムローザを目指して進むことにします」
「そうか。ならばもう引き留めはせんよ。其方らの旅路に幸あるようにと祈るばかりだ」
「ええ。その気持ちだけで十分です。それでは」
もう一度深く頭を下げて、リシュアはサッと踵を返して歩き出す。ギアン達の方から街道へ続く林道へと向き直ったリシュアの顔は妙に険しかった。彼女は何か嫌な予感を抱いている。レイトはそう直感した。
* * *
林道を進み、街道へと抜ける。アイゼンを出発してから既に十五分ほど。その間リシュアはずっと険しい顔をしたまま、何かをブツブツ呟きながら三人の前を一人スタスタと歩き続けている。
「なーあぁー、さっきから一人でブツブツ言ってないで、私達にも説明してくれよぉー……」
遂にしびれを切らしたライナが聞いた。
「え? ああ、ごめんなさい。どうかしたの? ライナ」
「どうかしたの? じゃねぇよぉ……。さっきからブツブツ言ってるし、だいたい、どうして内戦の起きかけてる場所に自分から飛び込もうとしてるのか、教えてくれよ……」
「ああ、そのことか。確かに、今の状況を考えれば、普通の旅人なら皇都を目指すなんて馬鹿な真似、しないわよね。下手したら戦いに巻き込まれてあの世行なんてこともあり得るんだから」
「だろ? それならどうしてその戦いの中に突っ込もうとしてるのさ。まぁ私は巻き込まれても死なないけど……」
「魔王軍が動き出す可能性があるからよ」
リシュアは一言、苦虫を嚙み潰したような顔をして言った。
「私の知る限りガルアスは相当の慎重派なのよ。じっくり作戦を練って、できるだけ自軍の被害を押さえたうえで勝つ。そういうタイプの男よ。思うに、あいつにとって一番の障害は千剣姫、ラウラ=F=ヴァンガルドと、彼女の率いる兵団でしょう。皇国の所有する兵団の中で群を抜いて最強と謳われる兵団に加え、退魔の聖痕を有する魔族殺しである千剣姫を相手にすれば勝利は難しい。たとえ勝てたとしても、その被害は甚大になることは間違いないわ」
「ということはつまり……」
ここまで説明されればレイトにもリシュアの危惧していることがはっきりと見えた。ガルアスが最も恐れる存在は今、皇国を離れ外海への遠征の最中。反乱を起こした人々以上にこの状況を好機とみているのは魔王軍だろう。
「考えてみれば私が追放されてから四帝の街が襲撃されることはあっても、それ以外の町に魔族が攻め入ったという話は一切聞かなかったけど、あいつが千剣姫のいないこの状況が訪れるのを待っていたとすれば納得がいく。おまけに反乱まで起きて、皇国の防御はかなりもろくなっている筈。間違いなくあいつは動くわ。だからこそ、私達にはもう寄り道をしている余裕は無いのよ」
長くまっすぐに伸びる街道のその先を見つめて、リシュアは言った。




