ここまでと、これからと
「いやぁ、それにしても大きな船団だったわねぇ。流石は皇国の誇る千剣姫・第三皇女ラウラ=F=ヴァンガルドの率いる最強の兵団ってところかしら」
蒸気船から桟橋へと架けられたタラップの上を歩きながら、リシュアが何気なく言った。
桜花での魔王軍襲撃事件から既に一週間。計画していた修行はレイトの強化魔法の制御と、そのさらに上をいくファントムの体得を、レミィとリシュアの二人の妖術の修得をもって終了し、たった今港町アイゼンへと帰還したところだった。
街を封じていたあの氷は消え去り、自然に降り積もった雪で白く化粧をした家々の屋根を、海の向こうに傾きかけた太陽がオレンジ色に照らしている。
「皆さん、お帰りなさい。無事で何よりだよ!」
桟橋へと降り立ったレイト達をニライが満面の笑みで出迎えた。その後ろには町の長老たるギアンをはじめとして、数週間前にレイト達の東方行きをサポートしてくれた町の船乗りたちが整列している。
「よくぞ戻られた、冒険者の方々よ。その様子では求める物は得られたと見えるが、果たして其方らの今回の旅の成果、いかほどか」
フォッフォッフォと、目を細めて、ギアンがレイト達に聞いた。
「えぇ。おかげさまで。少なくともここを出発した時よりはずっと成長できたと思うわ。長老さん」
老人の言葉に、本来の姿のままのリシュアが進み出て答えた。
「おぉ……それはよかった。ところで冒険者の皆々。今日はこれからどうするのだ? 既に日も暮れかけているし、其方たちさえよければ今晩はここに泊ってはいかがだろうか。丁度桜花からの品も運ばれてきておるから。今夜は一つ、其方らの活躍を肴に宴でも……どうじゃ?」
「「「「ぜひ!」」」」
ギアンの提案に、リシュア達四人はほとんど同時に手を挙げた。四人の横を、アイゼンと桜花の船乗り達が大小さまざまな積み荷を肩に担いで通り過ぎていく。
「よろしい。それではニライ。積み荷の運搬は他に任せて、お客人達を案内してくれ。集会所の奥の大部屋が空いているはずだ」
「あ、わかりました! それでは皆さん、案内しますね」
ギアンの呼びかけに応じたニライは、小走りでレイト達の前にやって来ると、嬉しそうな顔で早速四人の先頭に立って町の中へと歩き出した。
「それにしても、町はすっかり元通って感じね。あの後は特に襲撃されたりはしてないの?」
ニライの後を追って町の中を歩きながら、ふと、リシュアは聞いた。
「ええ、今のところは一度も。といっても、もともと大陸内の他の街との交流も薄くて、半分忘れられたような街なので、普段から襲撃なんてことは起こらないんですけどね。港を覆っていた氷も、出航した次の朝には殆ど溶けてなくなっていたみたいですし」
町人の救出の際にライナがぶち抜いた家々の壁もすっかり修復され、今となっては襲撃されたこと自体が嘘のようにも思える程だった。
「それにしても、あの船を盗んだ奴ら、結局何が目的だったんですかね……」
「そこなのよねぇ……。あの船で桜花に侵入して、戦闘になりはしたけど、別に本気で攻め落とそうっていう雰囲気ではなかったのよね。結局城や城下町には何一つ被害は出ていないわけだし……」
そう言いながら、リシュアはチラリと横目でレミィの方を見た。無論、彼女は知っている。全てではないにしろ、魔王軍が四将を引き連れて桜花にやってきた理由の一つ。すなわちブラックロータスの人間を滅ぼす為であるということを。
だが、それをレミィに明かしてもよいものか。特に彼女にもう一人の兄、レスティがいたことや、彼がレミィの為にブラックロータスを潰そうとしていること。あの案件に、レミィの過去が深く関わっていることは火を見るよりも明らかなのだ。
……まだ、時期じゃない気がするわね……
リシュアはレミィから視線を戻した。レスティから聞いた話を彼女に明かすのは、すべてが決着してからにしよう。今、レミィの心に新しい重荷を載せるわけにはいかない。
そう、今はまだ隠しておこう。ブラックロータスの裏で動き出している計画など何も知らず、ライナと何やら楽し気に会話をするレミィの姿に、リシュアはそう思った。




