影問答(前編)
(さて、と。あんたの方から正体をバラしてきたんだ。今回は何から何まで包み隠さず話してもらうぞ)
控えめな波の音以外は音の無い、誰もいない砂浜に腰を下ろし、レイトは自分の中の影に語り掛ける。今まで精神世界で会った時は、あれこれと理由をつけてその正体を隠してきた影だが、先のギムレーとの戦いの最中、彼は自らの正体をルドガー=ヴァーミリオンだと告げた。
ルドガー=ヴァーミリオン。リシュアの父親にして歴代最強と謳われた魔王。そして、レイトの父親であるブランとの酒の席で飲酒をしすぎた挙句に死んだという、正直なところ強いのか弱いのかよく分からない存在。
聞きたいことは山ほどあった。そもそもこの影が本当にルドガー=ヴァーミリオンであるのか、そして、どのタイミングで自分の身体の中に入り込んだのか。その目的は何なのか。
(率直に聞くけど、まず、あんたが魔王ルドガー=ヴァーミリオンだという証拠は? リシュアと一緒にいる俺を油断させるためにそう名乗っているってことも考えられる。次に、あんたの正体が何であれ、どうやって俺の中に侵入したのか。そして、今まで強化魔法とかファントムとか、いろいろと力を貸してくれる、その目的は何なのか。とりあえずこの三つ、答えて欲しい)
(クク。いいだろう、レイト。君はあのギムレーとかいう四将との戦いの中で私の出した条件をクリアしているわけだからな。まず第一に、私が本物のルドガー=ヴァーミリオンかどうかという問いだが………………………………いや、うん。何を話せばいいんだ? 何を話したら信用という結果を得られるんだ、私は? 我が娘の恥ずかしい過去でも話そうか?)
ルドガーを名乗る影は、のっけから慌て始めた。ギムレーとの戦闘の時に妙にクールだった口調も、精神世界で喋っていたようなフランクなものに戻っている。
…………流石にこの質問は厳しいか………………。
影の慌てっぷりに、レイトは思った。考えてみればこの質問に答えはない。リシュアの口から実際のルドガー=ヴァーミリオンについて深く語られたこともなく、そもそもルドガー本人について知らなさすぎるのだ。
(あー、ごめん。やっぱりいい。話さなくていい。そもそもルドガーの事を知らないし、リシュアの過去の秘密を知ったことが何かの拍子にあいつに知られでもしたら殺されそうだし。それに、その慌てた様子だけでも、とりあえず嘘はついてないってことは分かるよ。とりあえず今は、あんたが本物のルドガー=ヴァーミリオンだっていうことにしよう。二つ目の質問に答えてくれ)
(ふむ。信じてくれるだけありがたい。では、二つ目の質問についてだが。これは私がルドガー=ヴァーミリオンであるという前提での話になる。結論から言おうか、レイト。君の腰の魔剣。それがすべての始まりだったのだ)
(え? いや、でも最初にこのスミゾメを渡されたときには中身は空だったはずだけど……?)
レイト自身、スミゾメの「死者の魂を取り込んで形を変える」能力を知った時、スミゾメに宿っていた何者かの魂が自分の中に入り込んだという可能性を考えはした。 だが、ソルムでスミゾメを受け取った時、その刃は今と変わらずなんの飾り気もなかった。もしもあの時点で魔王の魂が宿っていたならば、それこそ転生者のリョウジが背負っていた魔剣のような禍々しいフォルムになっていてもおかしくはない。
(まぁ、君の疑問も分かる。実際君が故郷を旅立った時、私はその剣ではなく、既に君の中で眠っていたのだからな)
(は!?)
予想外の一言に、レイトは思わず立ち上がった。スミゾメに封印されていた魂が乗り移ったのなら分かる。しかし、ルドガー(自称)はレイトがスミゾメを手にするより前に既にその身体に宿っていたというのである。
少し理解に近づいていた真相が再び遠くへと走り去っていく気分だった。まさか魔王ルドガーの生まれ変わりが自分だとか、そんなスケールのぶっ飛んだ話ではあるまい。
(ああ。驚くのも無理はないな。此処からは三つ目の質問の答えにも絡む、少し長い話になるのだが……)
突然の事実にごちゃごちゃと掻き回されるレイトの思考をよそに、ルドガー(自称)は何かを懐かしむような穏やかな口調で語り始めた。




