魔法と犠牲と新たな覚悟
「!!!?」
軍の先頭で敵を斬って道を開くヴァルネロは、城内へと続く扉まで残り十メートルを切ろうというところで上空に異様な空気を感じた。目の前に突っ込んできた敵兵一人を両断し、一瞬だけ視線を上空に向けた。そして驚愕する。
城の前の戦闘領域とその周囲の居住エリア、その全てを覆ってなお余りあるほどの巨大な魔法陣が空に展開され、不気味な赤黒い光を急速に強めている。
(なんという愚かな真似を……グレンめ、味方の魔族ごと我らを殲滅するつもりか……!)
ヴァルネロは空に浮かぶあの魔法陣をよく知っている。
『裁きの光』。魔法陣の展開範囲内に無数の魔力の柱を落とし敵を排除する、はるか昔に黒魔術師が開発した対軍殲滅魔法である。
が、槍の如き細長い陣形で進むヴァルネロ側に対し、この魔法攻撃はあまりにも無駄が多い。それどころか、ヴァルネロ達の左右に展開するグレン側の魔族をも大量に巻き込むことは必至。むしろ魔法陣の大きさからしてそちらの被害の方がはるかに大きい。
(……上手くいったとしても、おそらく私の軍の九割以上はこの攻撃に巻き込まれる……。だが、何としてもあの二人だけは守らねばなるまい)
幸い、レイトとリシュアの傍には自分の兵の中でも特に巨漢のオーガ、ギリアム=モーガンの姿が見える。
(皆、すまない)
目の前に飛び掛かってきた敵兵を斬り払いながらヴァルネロはこれから再び死にゆくであろう部下達に心の内で静かに謝意の言葉を綴り、扉の方を向いたまま叫ぶ。
「全軍、死にたくなければただひたすらに前へ飛べ! それとモーガン! 二人を頼むぞ!!!」
突然の敵将が発した命令にグレン軍の兵達がなにごとかと困惑するなか、ヴァルネロ軍の兵達は瞬時に状況を把握し、一瞬の躊躇いも戸惑いもなく、全員がほぼ同時に地面を蹴って扉もとい城内目掛けて半ば突進するかの如く跳躍した。ただ一人、ギリアム=モーガンを残して。
ギリアムはヴァルネロの命令を聞くのとほぼ同時に、自分に任された大命を理解し、手にしていた身の丈ほどもある大剣を地面に突き刺して、傍で戦うレイトとリシュアに視線をやる。
命を賭してこの小さな二人を無事に城内へとたどり着かせること。そのことにギリアムは一切の躊躇はない。むしろ心優しいヴァルネロが、胸を痛めるのではと、そちらの不安のほうが強いほどだった。
(一度は死んだこの体で、これほどの大役を任されるとは、なんと光栄なことか……!)
ギリアムは決意とともに二人へ声をかけ、返事を待たずに行動を開始する。
「お二人とも、少し手荒になりますが、我慢してください」
煌々と光を放つ魔法陣の下でギリアムは小さく頭を下げると、その巨大な両手にそれぞれリシュアとレイトを掴むと、そのまま両腕を後ろに引き、投擲の姿勢へと移行する。
「うわ、何するんだいきなり!?」
「まさか私たちを投げ飛ばすつもりなの!?」
慌てる二人にギリアムは牙を見せて笑うとそのまま扉へと二人を投げ飛ばした。
「あ……」
直後、裁きの光は発動し、幾本もの眩く無慈悲な光の槍となって地面へと降り注いだ。
拳を胸の前にやり、小さく頭を下げて二人を見送るギリアム光の柱に呑まれて消えていくのをレイトは見た。
* * *
「お二人とも無事か?」
「まぁ……なんとか」
「翼がなかったら頭から今度は石に刺さるハメになってたわ……」
それぞれどうにか無傷で城内へ転がり込むことに成功した二人は、ヴァルネロの手を取って立ち上がる。
周囲では既にライトニングフォールから逃れたヴァルネロの兵達が城内を守る敵兵との戦闘を開始しているが、二人の背後、バラバラに壊された城門の扉の向こうには息のあるヴァルネロ、グレン両軍の兵はほとんどおらず、息のある者にしても、既に戦闘続行が不可能な状態で地面に転がり呻いている。
「……この様子だと、あの魔法から生き延びた我らの兵はおそらく百にも満たないか……」
三人へ斬りかかってくるゴブリンを両断しながらヴァルネロは言う。
「なぁ……あの魔法はいったい……?」
「『裁きの光』。はるか昔にどっかの黒魔術師が開発した戦争用の広域殲滅魔法の一つよ……。威力も攻撃範囲も最強クラスの魔法だけど、その攻撃範囲の大きさゆえ、味方の巻き添えを防ぐために、本来は友軍の存在しない場所で使うべき魔法。さっきみたいな両軍が存在する状況で使用するなんて、向こうの将はよほどいかれてると見えるわね……」
「私の兵はたとえ死んだとしても何度でも召喚することができるが、向こうの兵はそういうわけにはいくまい……」
そう言いながら剣を構えるヴァルネロの両肩がカタカタと震えている。
「リシュア殿、レイト殿。お二人は手筈通り囚われた住民の解放にあたってくれ。私はこのまま敵将グレン=ライトロードを叩く」
その言葉に、十数名の兵が二人の元に駆け寄り跪いた。
「我らが案内致します。さぁ、こちらへ」
「あ、あぁ。ありがとう」
「それじゃ、ヴァルネロもやられないようにね?」
「当然だ。お二人共、そして我が兵達よ。どうかこの街の民をよろしく頼む」
深々と頭を下げたヴァルネロは、残った兵を率いて駆け出し、その背中達はすぐに城の奥へと消えた。
「じゃあ、私達も行きましょうか。レイト。覚悟はいい?」
「ああ、正直なところはできちゃあいないけど、してやるさ」
そう返事をして、レイトは手の中の剣を、勇者と呼ばれた父の形見を今一度強く握りしめた。