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最強の拳

 「いい加減にしろよ…………もう少しでお前の後ろの奴を殺せるってのに…………一度だけじゃなく二度までも……! 僕の気持ちも考えろっ! さっきからイライラして仕方がないんだよ!!」


 ロンディルシアはもう我慢の限界だった。自慢のオリジン・アーツの猛攻を散々防がれ、ようやくレミィの魔力切れで勝利を掴んだと思ったその矢先、今度は魔法を使えないくせに防御力だけは圧倒的なエルフの登場。オリジン・アーツを使えないレミィと、魔法を使えないライナという欠陥だらけの二人が、魔法使いとして完璧な自分と対等に対峙していることさえ、今となっては激しい怒りの炎となって燃え上がる。


「殺す……殺す殺す殺す殺す殺す!! この一撃で、今度こそ完全に殺してやる……!!!」


 殺意に満ちた目で二人を睨みつけ、ロンディルシアは両の掌を向ける。鮮やかな深紅の筈だった二つの第三の眼は赤黒く変色し、制御しきれず魔法の形に中途半端に錬成されたマナをその表面から蒸気機関のように噴き出している。


 誰が見ても異常。もはやロンディルシアは正気ではなかった。


 本来ならばロンディルシアが扱えるオリジン・アーツは風と炎の二属性。しかし、今彼の両手から溢れ出しているのは、どす黒いエネルギーの塊にすぎない。属性は無く、殺意と憎しみと怒りという負の感情の集合体が、第三の眼から流れ出し、巨大な黒い光球を形成する。


 感情をエネルギーにするという点では、ロンディルシアも無意識のうちに妖術の領域に片足を踏み入れていた。だが、レミィがタツミから学んできた本来の妖術とは感情を自在に制御し、イメージ通りに魔法を練るもの。ロンディルシアのそれはただ単に負の感情の爆発。暴走と言う表現が正しい。


「ライナさん。多分今までのどの一撃よりも強力な魔法が、来ます」


 ロンディルシアの前で無尽蔵に高まり続ける黒いエネルギーを見て、レミィは言った。おそらくロンディルシアの体内の魔力回路は既に限界を迎えている。だというのに、彼はまだ、マナの吸収と変換を止めようとはしない。あるいは自分では止められないのか。そのどちらにしても、眼前で成長を続ける漆黒の光球の破壊力が尋常ならざるものであることは、周囲の空気が軋むような悲鳴を上げていることからしても明らかだった。


 流石のライナでも、あの一発を止めることは難しいかもしれない。レミィの脳裏にそんな不安がよぎった。そんな不安を感じ取ったのか、ライナはレミィの方を振り向いて笑う。


「安心しろよレミィ。この先もしかしたら、私の鎧を越える凄い奴が出てくるかもしれない。だけどな、あいつだけには絶対に負けねぇよ。散々お前のことを罵倒して、油断して、それで勝てなかったらイラついて喚き散らすような、ちょっと特別な魔法が使えるだけの奴に負ける気はねぇ。だから、レミィ。私を信じろ。私もお前を信じる。だから、ここは一発ドでかいのを決めてやろうぜ……!」


 ライナの言葉は不思議と力があった。彼女の声を聴いているうちに、不安が消えて行くような、そんな力が。


「は、はい……!」


 ロンディルシアに勝って、自分自身の因縁の一つにケリをつける。自分一人では難しいことでも、ライナと一緒なら、やれる。今度こそロンディルシアに勝てる。その為に、私は私の最大限を出し切ろう。


 腰を落とし、攻撃に備えるライナの背後で、レミィは手を合わせイメージを練る。二人の前ではロンディルシアの黒い光球が全てを飲み込むように膨張を続けている。その黒い塊、負の感情の塊を貫き弾き飛ばす一撃をライナの姿に重ね合わせ描き出す。


 浮かんだのは虎。力強く大地を蹴り、襲い掛かる敵を凪倒し、雷の如く勢いで疾走する一頭の気高き虎の姿。脳裏に描き出したそれを、魔力に織り込み錬成する。


「彼方に轟く雷の咆哮。大地を駆ける疾風の獣。今此処に、砕けぬ闘心身に宿し、邪悪を穿つ閃光と成らん……!」


 レミィの胸の中心からバリバリと幾筋もの雷光が迸り始めた。彼女のイメージとライナへの信頼が織り込まれた魔力が、脳裏に思い描くその形を顕現させてゆく。


「殺す殺す殺す殺す…………! 今すぐ死んでしまえぇぇぇぇぇっ!!!!」


 魔法の完成自体はロンディルシアが一足早かった。血管の筋を額や腕に浮かべ、憎悪にまみれた叫びと共に、ロンディルシアがその負の感情全てを詰め込んだ漆黒の光球が放たれる。


 それと同時に、


「レミィ。こっちも行くぜ……!!」


 ライナが地を蹴り、駆け出した。この地で会得した魔力操作を応用し、足裏の魔力をばねのように伸縮させて加速する。一歩、二歩、三歩。進むたびに彼女の身体は風へと近づいていく。


 そんなライナの遠ざかっていく背中を見つめながら、レミィも遅れて魔法を完成させた。


 そこに在ったのは一頭の巨大な雷の虎。レミィのイメージすべてを流し込んだ渾身の魔法が、目の前に顕現していた。


「ライナさん。今の私の全力を全てあなたに託します。…………受け取ってください!!!!」


 魂を込めた叫びに、雷の虎は天を仰ぎ咆哮し、一筋の閃光を残しライナへと大地を踏み砕き、駆けた。


 虎は一跳びでライナに追いつくと大きく口を開け、彼女の身体をその身の内へと取り込んだ。本来なら取り込まれた瞬間に感電死するはずの魔法も、ライナには関係ない。むしろ虎を構成する魔力がある種の加速装置となって彼女の背中を押す。


「受け取ったぜ、レミィ!!! これが私達の渾身の一撃だ……!!」


 全身に雷を纏わせて、ライナは金色の疾風となって光球のど真ん中へと真正面から突っ込んだ。


「死ね……死ねぇっ!!!」


 薄汚い言葉を呪詛のように吐きながら、ロンディルシアはその手を離れてもなお、光球へと魔力を流し続けていた。限界を超えた魔力回路の使用によって体内の血管は次々に弾け、表皮にはいくつものあざが生まれていく。これ以上は魔法使いとして、そして人としての死を迎えると体が悲鳴を上げ続けるが、半ば精神の壊れたロンディルシアは止まらない。憎しみと怒りによって痛覚は麻痺し、半分消えかけた意識の中で、それでも二人を殺すために止まらない。


 魔法の威力だけで言えば、全力のレミィのそれをはるかに上回っていたかもしれない。出来損ないの魔法使いと、魔法の使えないエルフ。それぞれが単独なら、勝機は十分にあったかもしれない。だが、今彼が対峙しているのは一人と一人ではなく、二人で一人の魔法使い。力だけの負の感情では決して突破できない最強の魔法使いだった。


「!?」


 唐突に、光球が弾けた。アレだけの憎悪を込めて、魔力を流し込み続けた究極の一発が、呆気なく内部からあふれ出した雷に飲み込まれて消えた。彼の消えかけていた意識は一気に覚醒し、またしても破られたのだと直感する。そしてその直感は直ぐにさらなる憎悪を呼び覚ます。


 もう一度。もう一度。もう一度。殺す。殺す。殺す。


 渦巻く感情のままに、もう一度オリジン・アーツの発動へと入る。


 だが、それだけだった。二発目を撃つ時間など微塵も存在しない。わずかに残った理性が自分の置かれた状況を理解したときには既に遅い。地面を踏み砕くほどに力強く踏み込み、握りしめた右の拳を大きく引き絞ったライナが目の前にいた。


「よぉ。あの森ではぶっ飛ばせなかった分、しっかり喰らってもらうぜ……!」


 死刑宣告のようなライナの言葉に、ロンディルシアは本能的に魔法障壁を展開するが、そんなものはライナにとっては無意味。


 刹那。レミィとライナ、二人の思いが宿り、雷を纏った拳は障壁を一瞬で粉砕し、金色の光の尾を引いてロンディルシアの左頬へと突き刺さった。


 

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