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二人で一人の魔法使い(後編)

 「よぉ。大丈夫かレミィ。結構ピンチだったみたいだけど、間に合ってよかったよかった!」


 次々と飛来する魔法の槍を気にもせず、人影の正体であるライナはレミィの方を振り返ってニッと笑う。槍はその身に宿した炎と風で彼女の衣服を斬り裂き燃やしていくが、その穂先が彼女の身体に達することは無い。ライナが纏う強固な魔力の鎧の前ではオリジン・アーツであっても無力。無数に放たれた槍のたった一本すら、彼女の皮膚を破ることは叶わず、パリンパリンと軽い音を立てて砕け散っていく。


「クソッ!! またお前かよ! 魔法が効かないだかなんだか知らないけど、今いいところなんだから引っ込んどいてよ!!」


 心底嫌そうな表情を浮かべ、ロンディルシアは右手を大きく振り上げた。瞬間、今度はレミィの背後に巨大な紅蓮の魔法陣が構築される。目の前のライナは三属性のオリジン・アーツの同時攻撃でもビクともしないということは、以前の森での戦闘で経験済み。加えてアルヴィースの話ではエルフのくせに魔法の類が一切使えないと聞く。ならば彼女という肉の盾が無い後方からならば今度こそレミィを殺せるはずであると、ありったけの魔力を流し込む。


 術者と魔法陣の間に距離があるせいで百パーセントの威力は発揮できないが、それでも今のボロボロのレミィの様子からして、一発当たれば勝負がつく。


「え……?」


 殆どゼロ距離に近い空間に突如として現れた魔法陣。防御結界が使えないことはもとより、これほどの近距離なら、どう足掻いても躱すことすら不可能なのは明らかだった。


 前面はライナという最強の盾が立ち塞がってくれているが、背後はどうしようもないほどに無防備。背中で急激に膨らんでいく魔力と熱量の感覚に、レミィは今度こそ死を覚悟せざるを得なかった。


 だが、レミィの背中に起こっていることを知ってか知らずか、ライナはロンディルシアには聞こえない小さな声で静告げた。


「大丈夫だレミィ。あの魔法使いには私達を倒せねぇからよ……!」


 そして、ライナは両手を胸の前でバンと激しく打ち合わせた。彼女の動作とほぼ同時に、レミィの背後から灼熱の魔力の奔流が溢れ出し、炎の濁流となって二人の姿を飲み込んだ。


「…………はは、はははは。今度こそやった! ようやくあいつを殺せたんだ!」


 激しく渦巻き火の粉を散らす炎の波を前に、ロンディルシアは小さな子供のように飛び跳ねて、全身から喜びを溢れ出す。無論、あのエルフの方はこの炎の中でも無傷で生き残っているだろうが、せいぜいあの出来損ない(レミィ)の付属品的立ち位置に過ぎないようなエルフが一人生きていようが死んでいようが関係なく、今はレミィの死の手応えだけで十分だった。


 一番の懸念は、今の炎でレミィの死体が完全に灰と化してしまっていることだったが、元よりオリジン・アーツの使えない出来損ないの眼なら、回収できなくてもいいやと自分で自分を納得させる。


「まったく、あそこまで抵抗されるとは思ってなかったけど、やっぱり僕の方が強いってことだね……!」


 わざとらしい大声で自分を賞賛しながら、ロンディルシアはパチンと指を鳴らした。途端、魔力の供給が絶たれた炎は風に吹かれた木の葉のように舞い上がって大気の中に溶けて消えていく。


 消えゆく炎の奥には腕を組み、仁王立ちする一人の人影。


「でもやっぱりあいつにはこれも効かないのか。今度はあいつも殺さなきゃね」


 口では残念そうに言いながらも、ロンディルシアにとっては想定の範囲内。念のために張った感知魔法網にもレミィの魔力は反応せず、今度こそ勝ったと改めて確信する。ようやく目的の一つを達成できて、後はアルヴィースの加勢にでも行こうかと、そんなことをロンディルシアは思いながら、薄れゆく炎に背を向け歩き出す。


「待てよ。どうしてもう勝った気になってるんだ? 勝手にレミィを殺した気になってんじゃねぇよ。まだ勝負はついてないぜ」


 歩き始めたロンディルシアの背中にライナがそう声を投げつけた。


「……は?」


 彼女の声に面倒臭そうに振り返って、ロンディルシアはそんな声を上げた。


 完全に炎の消えた目の前で、やはりライナは無傷で立っていた。それはいい。幾分かの悔しさは否めないが、それは予測済みの結果だった。だが、ライナの後ろからレミィが姿を現すという結果は彼にとってあり得ないはずだった。


「なんで……。一体どうして!! 背後からゼロ距離でのオリジン・アーツだぞ! どうやって防いだんだ! そこのエルフ、お前か!? でも、お前は魔法を使えないはずじゃないのか…………!!!」


 今度こそはと、ようやく得られた満足感をまたしても完膚なきまでに叩き潰され、ロンディルシアは涙混じりに喚き散らしながら、今度は二人の頭上に巨大な魔法陣を構築し、雷の雨を落とす。


 もはや魔力の制御も何もなく、ご機嫌斜めで泣きわめく赤子のように出鱈目に降り注ぐ雷の柱が地面を抉っていく。それでも、その雷の猛襲の中でライナとレミィは無傷だった。二人に向けて降り来る雷は、全て身体に触れる直前に弾かれ消える。


「確かに、お前の言う通り私には魔法は使えない。今までの私なら、この魔力の鎧で守れるのは私自身だけだったさ。だけど、それは嫌だ。私はもう一人じゃない。レミィがいてリシュアがいてレイトがいる。いざって時に私一人が助かったって意味がない。だからこの島で探してたんだ。魔力回路がぶっ壊れている私にも皆を守れるやり方を…………!」


 ダンッ! 


 ライナが足を踏み鳴らす。瞬間、嵐のように降り注いでいた雷が、魔法陣ごと一瞬の内に弾け飛んだ。


「!?」  


 魔法陣が消し飛ぶ瞬間、ロンディルシアはその目ではっきりと見た。エルフの身体から膨大な量の魔力が溢れてドーム状に膨らみ、頭上に構築された魔法陣を弾き飛ばした瞬間を。


「これが今の私の答えだ。魔力を魔法に変換できないのなら、魔力を魔力のままで操る練習をすりゃあいいだけの話。これがあれば、皆を守れる。私の魔力を纏わせれば、もうお前の背後からの卑怯な一撃はレミィには効かないぞ……!」


「バカな……!! そんなことはあり得ない……!」


 ロンディルシアは叫んだ。自分の目で見たとはいえ、今目の前でエルフがやってのけたことはあり得ないことだった。


 魔力と言うのはそれこそ空気のような物、それ単体では実体がなく、体内の魔力回路を通して魔法という形を与えることで初めて物理的な力を持ち、自在に使うことができるようになる物。


 それを目の前のエルフ、ライナは形を与えるという動作をすっ飛ばして、大量の魔力をそのままで放出し、魔法陣を弾き飛ばしたのだ。魔力回路が壊れているというライナの話が真実なら、その回路自体が魔力を変換せずに扱えるような変異を遂げている可能性もあるが、今それを確かめる方法はない。


 唯一分かっていることと言えば、ライナがいる限り、この戦いでレミィを殺す難易度が恐ろしく跳ね上がったことぐらいだった。


「ライナさん。どうしてここに?」


「ん? ああ、それがさ、襲撃の話を聞いて私とカムイのおっさんも谷から引き上げる都有だったんだけど、いきなり白いコートを着た男がやって来てさ、今私達がいるこの場所まで走れっていうんだよ。「レミィを守りたかったら今すぐ行け!」ってさ。で、嘘ついてるようには見えなかったからそいつの言う通りに全力でここまで走ってきたら、丁度お前がピンチだったってわけだ」


 今度は魔弾に切り替えた魔弾の連打を鎧で軽く受け流しながらライナが言う。


「白いコートの男……? 誰なんでしょう」


「さぁな。ま、今考えても答えは出ねぇさ。それより、まずはあの気の狂った野郎をぶっ飛ばすのが先だぜ」


 ライナは魔弾の向こうのロンディルシアを睨みつけた。


「でも、私には彼を倒すだけの魔法は……」


 たとえ防御の役目をライナがすべて担ってくれたとしても、今の自分に撃つ魔法はロンディルシアの魔弾を打ち消すところで終わり、彼自身には届かないだろうとレミィは思う。心のどこかに根を張る優しさをどうにかしない限り、彼を倒すに至る魔法は撃てるはずがない。


「知ってるさ。お前があの魔法使いを傷つける事をどこかで躊躇ってるってのも、全部あの白いコートの奴から聞いてんだ。残酷になり切れない限り勝てないってさ。でも、それならそれでいいじゃないか。私がここにいるのは何もお前の盾になるためだけじゃない。お前の剣にだってなるつもりなんだ」


「え……」


「お前はすごい魔法の使い手だけど、戦闘には向いてない。私は戦闘には慣れているが、魔法を使えない。それならレミィ、お前の魔法で私が戦う。そうすれば、あいつをぶっ飛ばせる。今日から私達は

二人で一人の魔法使いだ……!」


 そう宣言し、ライナは両の拳を構えた。筋肉質なライナの背中が、レミィはいつも以上に大きく見えた。




 




 







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